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ヘイト・アーマー ~Hate Armor~  作者: 山田擦過傷
5月 グレイヴ・ワン
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73話 その墓に入る者は ―Ⅲ―

 


 暗い森が広がっている。


 深海の圧倒的な水量が光を吸収してしまうように、深すぎる森も太陽の恩恵を呑み込んでしまうのだろうか。


 どこまでも暗い森が広がっている。


 木々は競い合うように天に伸び、その枝葉は空を覆い隠している。


 日没にはまだ時間があるが、すでに周りを歩くシリノの手下と、木こり達の姿は闇に紛れ始めていた。

 各々の持つ松明の明かりが、汚れた装備とうんざりとした表情を、おぼろげに照らしている。



 魔物の波状攻撃が厳しいのはいつも通りだが、例月の侵攻作戦と比べて警戒を強くし、ゆっくりとした進軍を心掛けてきたため作戦は順調だ。戦闘部隊の雰囲気は最悪だが、余裕を(たも)ち続けられている。


 敵の攻撃を退(しりぞ)けたあとのちょっとした(なぎ)の時間。次の襲撃があるまでにこびりついている血と(あぶら)(ぬぐ)って、態勢(たいせい)を整える。


 伐採部隊が撤退を開始する合図である1回の破裂音が鳴ってから、しばらく()っていた。



「――『必ず、かの邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)の王を除かなければならぬと決意した』、かなあ」


「なんだ?それ」


 国語の教科書に()っていた一説を呟くと、隣を歩いているヒルが反応した。

 昔読んだ小説、と返す。


「ふぅん。どんな話なんだ?」


「とある男がキレて、悪い王様を殺そうとして死刑を宣告されてしまう。でも男は妹の結婚式に出たかったから、親友を人質(ひとじち)として差し出して猶予(ゆうよ)をもらう。


 3日以内に男が王の前へ戻ってくれば、親友は助かるってことなんだけど、悪い王は人間不信だから、男がこのまま逃げると(たか)(くく)っている」


「思い切ったことする男だな。それからどうなったんだ?」


「男は数々の災難に見舞われて、クタクタになって(あきら)めそうになるんだけど、それでも走って、自分のための処刑場に辿(たど)()く。


 男は死を覚悟しながら親友のために戻ってきた。美しい人間性を目の当たりにした王は改心して、男を許した。


 ――確かこんな感じの話だったような」


「なるほどねえ。今の俺たちと似たような状況ってわけか」


 頷きで返答する。


 これから作り出す演劇の筋書き(シナリオ)に共通点を感じたから、戦地にいながら昔読んだ小説なんぞを思い出したのだろう。



 自警団(ヒル)傭兵(シリノ)が演じる、このお話のフィナーレ。


 始まりは2回の破裂音――伐採部隊が撤退を完了した合図が鳴り響き、僕たちが参加している戦闘部隊の撤退が始まってからだ。


 合図と共に、警戒していた赤い鎧の集団が突如(とつじょ)として現れる。彼らはかつて王都に混乱をもたらした巨大な地下組織だ。


 襲撃を受けて赤い鎧の集団と交戦状態に入る。何とか木こり達を逃がすことができたが、シリノの傭兵とヒル、それと僕は黒い森に取り残されてしまった。


 街を(ねら)う敵と相対(あいたい)し、取り残された者たちは協力し、死力を尽くして戦う。


 その結果、赤い鎧の集団を全滅させることに成功するが、傭兵部隊も全滅。残ったのは赤い鎧の残骸(ざんがい)と傭兵の死体。そしてボロボロになった僕とヒル。


 その後、シリノの秘書であるファウストさんが、シリノ一派が教会の宝物庫から盗み出した聖遺物(レリキィア)の隠し場所を国会に伝える。手勢を失い告発されたシリノの罪は明らかになった。


 ヒルは約束を果たし、捕らわれた仲間たちの元へ帰ってくる。


 かくして"グレイヴ・ワン"は墓の中へと入った。


 そんな(シナリオ)を、ここからここで作り上げなければならない。




 十数匹の狗に襲撃される。盾を構え横陣を組んだ木こり達が突撃(チャージ)を受け止め、ヒルと狗の群れに飛び込んで両手に持った斧を振るう。(いま)だ腕は重いが、雑に武器を振り回すくらいはできるようになった。


「来るかな、イェンマ」

「来るな。タイミングを見て俺の暗殺でも指示されてるよ」


 木こりが咆哮(ほうこう)を上げて狗を殺し始めるタイミングで、こそっと話をする。ヒルが断言したのを聞いて、僕は腰の(さや)とナイフホルダーに触れた。



 作戦を言うのは簡単だが、実現させるとなると幾つか問題を抱えていた。


 まず、木こり達は確実に中継基地まで逃がさなくてはならない。


 自警団を助けようと木こり達はいきり立っている。俺たちも一緒に戦うと言ってくれている。その信頼は身に染みるほどだが、こんな命懸(いのちが)けの茶番に彼らを巻き込むわけにはいかない。


 森に入る前、()()あったときは、ヒルのことを僕に任せて撤退して、伐採部隊にいるローマンさん、フベルトさん、フェルナンドさんらと共に態勢を整えるようにお願いしている。


 大規模侵攻作戦の話をして一応納得はしてくれたが、細心の注意が必要だ。



 次の問題として、20人から参加している"ネグロン家の剣(アルマ・デ・ネグロン)"と"比類なき槍(グレイヴ・ワン)"の傭兵は全滅させなくてはならない。


 赤い鎧の集団とヒルが通じていると目撃者が出てしまえば、これまでの苦労が水の泡だ。シリノを孤立させるという意味でも、この森から生きては返さない。


 目撃者と言えば、空から見守ってくれている"鳳凰(フォンファン)"もそうだ。シンイーさんに危害を加えることは有り得ないが、彼女の眼を(くら)ませる必要がある。



 そして、イェンマ。

 指名手配されていて侵攻作戦には参加していないが、こちらを(うかが)っているはずだ。何を考えているかさっぱり(つか)めない。一番の懸念点(けねんてん)、相手方が持つ不気味な切り札(ジョーカー)だ。


 イェンマが姿を現した時、僕が奴の相手をする。




 黄色の(カイトシールド)を持った傭兵が狗の突進をあっさりと受け止め、その隙にアーヴァインが素早く槍を突き出して的確に絶命させる。


 黐竿(パパゲーノ)が振られ白い粘着物が()かれる。脚を取られた狗を、別の傭兵が大鎌の聖遺物を振るって殺していく。


 死んだ狗の血液を弾倉に入れた傭兵が、別の狗に向けてピストル(ウェルテル)を撃ち込む。血の銃弾を受けた敵は、周辺の狗と共に倒れる。


 それぞれの得物(えもの)を持った傭兵たちが、特に苦労することもなく魔物を殺していった。



手応(てごた)えがねえなあ。こんなもんか」


「赤鎧が出ればちょっとは面白かったかもな」


「魔物に喰われたんだろ」


 どこかから、そんな笑い混じりの会話が聞こえてきた。


 日は落ちる寸前だ。傭兵たちの気が抜けていくのとは対照的に、僕は暗澹(あんたん)とした気持ちになってくる。

 きっと、もう間もなくだから。



 ――そして、火蓋(ひぶた)が切られる音が聞こえた。

 バアン、と残響を引く破裂音が二度、森に鳴り響き渡る。



「自警団の代表さんよ。残念だったな」

 傭兵のひとりがヒルに(から)みだした。他はそれを見て嘲笑(あざわら)っている。


 僕は黒い影と同化した地面をじっと見てから振り返って、できるだけ大きな声を出す。

「木こりの皆さんは先に中継基地へ帰って、状況を伝えてください。僕はもう少し辺りを調べて、それから殿(しんがり)になります」


「それは分かるんだが、ヘイト。でもよ――」

 木こり達は後ろ髪を引かれているようだ。森に残る僕と、このまま手ぶらで帰るヒルを心配している。



「裁判であんだけ啖呵(たんか)切ったのに。『我らが街に誓おう!』だったか?」

 冷やかしが聞こえ、ちらと後ろに視線を移すと、ヒルの後ろ姿が見える。傭兵たちは微動だにしない彼に意地の悪い笑い声を()びせている。



 僕は木こり達に近付き、ひとりひとり背中を押しながら帰り道の方を向かせて、


「僕は死にませんし、ヒルもきっと守ります。だから今は撤退してください。すぐに追いつきますから。お気を付けて」


 木こり達と傭兵たちの間に距離を()()()


「あんたの負けだ。終わりだよ。街に戻って処刑される自警団(お仲間)の顔でも見に行こうぜ」

 絡んでいた傭兵が(あざけ)りながら、後ろからヒルの肩を組む。





 風を裂く音が(かす)めた。


 火矢だ。燃えた矢じりが乾燥した茂みに落ちると、()ぐに火の手が上がり始める。矢が飛んできた方向に顔を向けると、そこには弓を構えた赤い鎧が立っている。


 ひとりやふたりではない。

 すでに15名ほどに囲まれているのを分からせるように、わざとらしく身体を動かしてから、


「逃げてッ!」

 木こり達に向かって叫ぶ。



 目線を巡らせる中、僕には見えた。


 ヒルの背中から爆炎のような殺気が放たれるのと――


「いいね。敵が絶望する顔を見るのはとても良い」


 彼の右手に仮面が収まっているのが。



 次々と放たれる矢は、ひとには当たらず火種を作り続ける。森林火災は半円状に退路を燃やし、その炎と煙は枝葉と共に空を(おお)う。そして炎の先には、赤い鎧の集団が弓を構えている。


 まるで木こり達と傭兵を隔絶(かくぜつ)する檻のように。



「早く!!――走ってッ!!――走れッ!!」

 ここにいてはいけないのは本当だから、必死で声を出し、逃げるように呼び掛ける。木こり達は悲痛な表情を浮かべたが、一斉に背中を向けて走り出す。


 振り向く。

 何が起こっているのか戸惑(とまど)う傭兵たちのなか、ゆっくりと仮面をつけるヒルがいた。



 赤い鎧――


 変身する――


 傭兵が呆気(あっけ)にとられて肩から手を離し、後ずさる――


 赤い馬は、振り向きざまに、マチェーテを振るい、


 いとも簡単に男の首が飛んだ。



「死ぬのはお前たちだけどな」



 呼び掛けるように、赤い鎧から声が届いた。


「キツかったら眼ェ(つむ)っててもいいぞ。ここからは"ヒル"じゃない。神伐の悪魔が四騎士、人類を滅ぼす"赤い馬(メフィストフェレス)"の戦いだ」


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