表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘイト・アーマー ~Hate Armor~  作者: 山田擦過傷
5月 グレイヴ・ワン
69/189

66話 襤褸を纏った騎士

 

 濃密な夜が、辺りを包んでいる。

 昼間空を覆っていた乱層雲が、地まで落ちてきたようだ。


 林の中に見える(ほの)かな灯り。それに誘引される蛾のように歩を進める。

 がしゃがしゃという、鎧がぶつかる音を聞いた男たちが、焚火を離れ、松明(たいまつ)得物(えもの)を手にして取り囲んできた。


「何だ……てめえは……」

 警戒と狼狽(ろうばい)()もった眼でこちらを見上げ、呟いた。


 大きく3歩踏み出し――


 拳を握る――


 殴られた男が鈍い(にぶ)き声を発した。男たちは瞬時に戦闘態勢に入り僕の着る鎧に武器を振り降ろす。



 1対6だ。

 日が暮れたあとに現れた謎の襲撃者を、一方的に仕留(しと)められると思っているのだろう。いや、襲撃者という格好良いものではなく、どちらかと言えば不審者だが。


 僕は今、呪いの鎧の上から()びついた甲冑を着、襤褸々々(ぼろぼろ)のローブを纏い、両腕にはくたびれた鎖を巻いているのだ。


 そんな大柄で怪しげな人物が野営(キャンプ)中にのっそり近付いてきて、鉄塊のような腕で殴りつけてきた。たとえこいつらが盗賊でなかったとしても攻撃を浴びせるだろう。


 前傾になって攻撃を両腕を上げてガードする。鉄と鉄がぶつかり合う音は止まない。


 全く効いていないが、反撃の隙は無くやられっぱなしだ。


 だが、問題ない――



 ビュンッ、と夜風が(うな)った。

 盗賊のひとりが、ぱたりと倒れた。


 赤褐色のぼろを纏い、闇の中をコウモリのように動きながら、鎖分銅(くさりふんどう)で意識を刈り取る錆びついた甲冑。


 彼の振るう鎖分銅が生き物のようにうねり、ひとりの鎖骨を砕いた。


 後を引く悲鳴が闇に響いた。

 敵に動揺が広がる。

 反撃開始だ。



 鎖をグルグル巻きにした両腕を、ただ振る。

 パンチなんて上質なものじゃない。フックなんて上等なものじゃない。


 どうせこの重量を制御などできないのだ。

 呪いの鎧、錆びついた鎧、くたびれた鎖。

 その重さを乗せて、ただ振るう。


 派手に暴れる僕に注意を取られた相手を、もうひとりの甲冑が倒していく。

 6人いた相手が、あっという間に減っていく。


 最後のひとり。

 逃げようとする男の足に鎖分銅が巻き付き転倒した。甲冑を着たまま跳躍(ちょうやく)した彼の(かかと)が、がら空きの背中に叩きこまれる。


「終わった、か――ご苦労さま、ヘイト」


「……何使っても強いんだね。ヒルは」


「どんな武器も、基礎は同じなんだ。今度教えてやるよ」


 ヒルはそう言いながら、ロープで気絶した盗賊たちを縛り上げていく。


「さて、ここからが本番だな」


 作戦の第一段階は無事完了した。

 次は。






 数日前に(さかのぼ)る。

 僕とヒルのふたりはとある村の地区教会に来ていた。ごくありふれた石造りの小さな教会。()いて特徴を上げるとすれば、右腕に短剣を持つ古い石像があるくらいか。長い年月のせいか、左腕と頭を失っている。


 今回の件に関わるのはヒルだけだったのだが、手伝いを頼まれて僕も付いてきたのだ。できるだけ内密に動きたいのだと言う。


 木の講壇(こうだん)に司祭は立っていない。居るのは村長の男性だ。白髪交じりの髪、年季の入る日焼けした顔には苦悩が見て取れる。


「村に伝わる秘宝の槍を、守ってもらいたい」


「それがこっそり俺を呼んだ理由か」


 村長は目を伏せて頷く。


「始めは、村の蔵が荒らされていた。それから猟をしに林に入った奴が、人の居た痕跡(こんせき)を見つけた。そして、ついこの間、村の人間が誘拐され、殺された」


 ヒルは沈黙で返す。


「秘宝が狙われていると思ったのだ。商会に少なくない金を払って護衛を依頼し、派遣(はけん)されてきたのがあの"比類なき槍(グレイヴ・ワン)"とかいう連中だ」


「解決しなかったんだな」


 ああ、と村長はため息交じりに言う。


「滞在中の素行(そこう)はまあ、最悪ではない。盗賊と比べてだが。


 ――しかしな。夜な夜な村人の目を盗んで何かを探している」


 村の周辺には盗賊が活動した(あと)、派遣されてきた護衛も何かを探している。

「グルだな」


 おそらく、その盗賊と護衛は裏で通じている。結託(けったく)して村の秘宝とやらを探しているのだ。農民を攻撃する者も、それを守る警備会社も、どちらも敵。酷いマッチポンプだ。


「存在自体を隠してたんだろ?どこから漏れた?」


「すまない。おそらく孫だ。あの子が幼い頃、少しだけ話したことがある。

 金を欲していたのだろう。王都へ行きたいと、このまま農民は嫌だと言っていた」


「身内か、世知辛(せちがら)いね。で、その秘宝はどんなもので何処(どこ)にある?」


 村長は唇を噛む。

 話すかどうか迷っているのだ。今の状況は口を滑らせた結果だから。


「相談してくれたのは良いんだ。でも、このままじゃ……知っていなきゃ守れるものも守れない」


「6代に渡り守ってきたのだ。村を救った使徒様に頂いたのだ。私の代で失うわけには……」


「手放せば楽だったろうに、今まで頑張ってきたんだな。


 この隣に居る方は使徒様だ。誓って裏切らない。一緒に守らせてくれ」


 村長は顔を上げ、僕と、それから朽ちた石像を見る。

 そして迷いを振り切るように口を開いた。


「秘宝の名は、"薙ぎ倒す槍(ロンゴミニアド)"。隠してある場所は――」




 地区教会を後にし、人目を忍びつつ一度村を離れる。少し遠くの、革鎧のようなものを身につけている人影が、じっとこちらに目を向けている。派遣されてきた護衛の誰かだろう。


 内密にする理由が分かった。事情がどうであろうと、すでに護衛を雇っている状態で別の人間を雇っても商会に対し(かど)が立つだろう。それに、商会の重役であるシリノと事を構えると状況が悪化しかねない。


 そして、連中と僕たち顔を合わせても良いことは無いのだ。

 僕たちが村の周辺にいることを知っている人間は少ない方が良い。だからふたりだけでこっそりと行動する。


「ヒル。秘宝って」


「ま、聖遺物(レリキィア)だろうな」


 村の北にある洞窟まできて、ごつごつとした地面に座りささやかな焚火を見ている。完全に自然の中だ、人気は無い。


「使徒が元の世界に還るとき、世話になった農民にレガロを贈るのは良くあることだ。本来の使い方をしなくても、飢饉(ききん)とかで生活に困ったら売り払えってな」


「一生遊んで暮らせるって……」


「ああ。大抵はすぐに教会に納めるか、誰にも知らせず秘匿(ひとく)する。100%強盗に()うから」


 教会や国会に納めれば、税金の免除など様々な恩恵(おんけい)が受けられるそうだ。

 農民の家は簡素にできている。鍵が掛かっているお宅には出会ったことがない。高価な物を保管するには難易度が高い。


「この領地には使徒が行き来する聖域がある。人知れず聖遺物が眠っていてもおかしくない。シリノは大規模侵攻で10本以上の武器を失ってるし、補填(ほてん)しようとしてるのかもな」


 村長は使徒に対する恩義から贈られた聖遺物を隠し続けてきた。今はそれをシリノに狙われてしまっている。


「どう守ろう?」


「そうだな。じゃあ、構図を変えよう――」



 シリノの計画では、村を襲う連中は敵、村を守る連中も敵だ。

 このままじゃ村人を皆殺しにして探すも、村を絞り上げて探すも自由。


 そこに僕とヒルが正体を隠して盗賊を襲い、こいつらがやろうとしていたことを引き継ぐ。



 今、

 村を守るのが、敵。

 村を襲うのが、味方。


 作戦の第二段階決行は、明日の夜。

 もちろん。村のひとたちに危害を加えてはならない。


 僕たちが倒した盗賊、それに村に派遣されてきた護衛は、適当な寄せ集めのようだ。いざとなればトカゲの尻尾切りで(るい)が及ばないようにしている。


 そいつらを比類なき槍(グレイヴ・ワン)のひとりが率いて、指示を出している。そのリーダーだけが要注意人物だ。


 連中を倒して仕事と計画を破綻(はたん)させ、シリノの戦力を削り、奪取した秘宝はほとぼりが冷めるまで預かり、村長の元へと返す。


 僕とヒルが勝てば良い話だ。





 今夜も酷く暗い。


 ろうそくや薪がもったいないから、村の人々は日が暮れれば床に()く。家屋から漏れる灯りがないから、どこから農地でどこから民家なのか判別できない。足元に何があるかすら分からない。


 村があるはずの方向にじっと目を向けていると、キラリとオレンジ色の光が見えた。光はゆっくりと弧を描くように動いている。


「よし、合図だ。始めるぞ」


 隣から声と鉄を打つような音が聞こえた。

 あの光は村長からの合図だ。ヒルは火打石で(おこ)した火を矢に移す。


「気をつけて」

「そっちもな」


 短い会話をして、村に向かって歩き出す。

 頭上を火矢が走って行った。1本、2本が地面に刺さり、3本目が村長宅敷地にあるボロボロの小屋に撃ち込まれる。置いてある藁束(わらたば)に火が移り、すぐに燃え上がり出した。


 誰もいないことは打ち合わせ済みだ。


「火事だああぁぁ!!」

 村長が大声を張り上げる。

 木造の小屋は煌々(こうこう)とした(あか)りを発しだし、大きな篝火のようになる。


「早く起きて逃げろ!盗賊共が襲ってきたんだ!北の洞窟まで走れ!松明を忘れるな!」

 必死で叫び続ける村長の声に、徐々に村が慌ただしくなる。女性の悲鳴や男性の大声、それに子供の泣く声が聞こえ、松明がちらほらと北に向かって動く。


 それが僕から逃げていくように見え、恐がらせてしまって申し訳ない気持ちが()いてくる。


 ……()(かく)、彼らはこの村で暮らしている。土地勘があるから、あのくらいの灯りがあれば上手く避難できるだろう。


 だが、余所者(よそもの)の護衛たちはそうもいかない。


 襲ってきているのは仲間だと思っているはずだ。警戒も薄いだろう。夜闇を(いと)い篝火のように燃え盛るぼろ屋に集まってくる。



 夜の(おり)だ。


 がしゃがしゃと、鎧を鳴らし。

 がちんがちんと、鎖を巻いた両の拳を打ち付けながら、ゆっくりと近付く。


 及び腰で槍を構える男の、見開いた目が、こちらを見付けた。

「おい、ひとりか?こんなの聞いてないぞ」

 僕のことを仲間だと思っているのか、震えた声で話しかけてくる。



 右腕を引き、がら空きの(あご)に向かって拳を振り上げる。


 言葉にならない呻き声を発して、男が沈む。

 まずはひとり。


「おい、本物の賊か?」

「知らねえけどよ!敵だ!ボサっとすんな!」


 踏み込んできた男の振るう槍が鎧の隙間に直撃した。

 狙いは的確。腕は良いのだろう。だが効かない。


 両腕を高く上げ、合わせ(ダブルスレッ)た拳(ジハンマー)を丸まった背中に叩きつける。

 ふたり目。


 相手をまっすぐに見て、両拳を打ち鳴らし、ゆっくりと近付く。

「く、来るなっ!」

 男たちは、ゴリラと同じ檻に入れられたかのような表情(カオ)を浮かべている。


 ひとりを除いて。



「邪魔だ、退()いてろ」


 巨大な斧に、炎が灯った。


 他の3人を下がらせ、こちらに近付く禿頭(とくとう)の大男。炎に照らされた顔には不敵な笑みが浮かんでいる。両手で持っているのは、全長が2m近くありそうな象牙色の斧。


 木こり達の仕事道具とは違う、戦って敵を倒すための戦斧(バトルアクス)


 魔斧(まふ)、"ギータの牙"。それを操るのは比類なき槍(グレイヴ・ワン)のひとり、名はレング。


 盗賊と護衛のうち、ただひとりの要注意人物。



「おらァ!!」

 大胆に踏み込んだレングが豪快に武器を振る。

 速い。反応が遅れた――


 爆発音と衝撃。

 重い二重の甲冑が宙に浮いた。

 すぐに後方の地面に叩きつけられる。


 地面に両腕を着き顔を上げると、フルスイングした後のレングがニヤついてこちらを見ている。

 溶断された鎧の一部が地面に落ちた。呪いの鎧が表出している。普通の人間なら今の一撃で終わっているだろう。


何処(どこ)の誰だか知らねえが。その鎧、溶かして棺桶(かんおけ)にしてやるよ」



 こいつは強い。

 あの範囲(リーチ)相手に殴りでは()が悪い。腕に巻いてある鎖を解き、手甲(ガントレット)の着いた手で握る。


 ギータの牙がさらに燃え上がる。レングは一歩一歩こちらに近付いてくる。


「ッ!」

 間合いに入った巨体に鎖を(むち)のように叩きつけた。風を殴る音と共に左肩に当たった鎖が、ニヤけ笑いを消す。

 もう一発。


 ギータの牙から爆炎が放たれた。

 閃光が視界を真っ白に染め、爆圧が身体をグラつかせる。


 支えを失った身体が地面に叩きつけられる。目くらましからの足払いか。咄嗟(とっさ)(ひざ)を着き重い身体を起こそうとすると、高く振り上げられた斧が見え身体が緊張で硬直する。

 まずい――


 頭上で組んだ腕が衝撃に()かれ、腕と肩の隙間に灼熱の刃先が叩きつけられた。どうにか倒れずに済んだが、鎧に食い込んだ刃から炎が噴出し、押し込まれ、左腕を地面に着く。


 鍛冶場の炉に叩きこまれたみたいだ。


 レングはギータの牙を跳ね上げた。衝撃に耐えかね、たまらず仰向けに倒れる。

 次は(とど)めを刺してくる。危機感が身体を動かそうとするが、右半身が動かないことに気付いた。


 鎧が溶解し、関節部が埋められているのだ。

 本当にまずいな――


「まだ動けるのか、タフだな。てめえ化け物か?」


 勝利を確信したレングは、火傷(やけど)のできた顔をニヤつかせながらそう言う。


 ゆっくりと、巨大な斧が振り上げられる。

 僕はその姿を、ただ見ている。


「だが、これで終わりだ。死ね」



 その時、


 鎖分銅が、敵の太い足首に巻き付いた。


 レングの表情が引き締まる。振り向き、ギータの牙で足元を(さら)って鎖を溶断した。


 切れた鎖が夜闇に吸い込まれていく。


 安心感で笑い出しそうだ。


「遅かったね」


「ハハハ、そう言うな。村長がしつこくてね」


 夜の中から、"薙ぎ倒す槍(ロンゴミニアド)"を(たずさ)える、襤褸を纏った騎士が現れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ