表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘイト・アーマー ~Hate Armor~  作者: 山田擦過傷
1月 召喚
6/189

5話 この街とこれから

 

 

「さて――」

 バースィルさんが切り出す。


「ササキ・ヘイト様、このたびは我らがこの世界、我らが街、ティリヤに来て下さり誠にありがとうございます。”教会”一同ヘイト様を心より歓迎いたします」



 おおうおおおおうううおおおおおお。


 改めてそう言われてしまう。

 社交辞令かもしれないが、こんなに丁寧に感謝されたことのない僕は困ってしまう。こちらを真っすぐに見るその視線は怖い、僕はそんな感謝されるような人物ではない。


 か、隠れる場所は……無いか。


「ヘイト様はこれからどうなさいますか?」

 バースィルさんはニコッと笑って、この街についての説明を始めた。


()ず、この街は大きく三つの派閥に分かれております。

 一つは、我々教会。我らが主の教えを広め、人々を導くことを使命としています。エルザが言ったように医療なども担っております。


 一つは、国会。国王陛下のおられる王都はこの街とは別にございまして、国王陛下に特権を与えられた貴族たちがおります。国政を担い、税金や街の管理、法整備、軍事などを司っております。


 一つは、商会。商人を始め職人、農民など最も多くの者が所属しております。黒い森や魔物との戦いを担ってくれているのも彼らです」



「魔物との戦いは、軍が担当するのではないのですか」と僕は素朴な疑問を口にする。


「軍は北方諸国や南東の国との折衝で忙しく、基本的には魔物との戦いに手を貸しません。せいぜいが街道や外壁の警備程度です。お恥ずかしい話ですが、神敵である魔物ではなく人同士で争っているのです。


 我々も協力を惜しみませんが、黒い森の木々を伐採をしなくてはなりませんから。木こりの技術が必要不可欠なのです。そういった意味でも商会の皆様が戦ってくださっています」


 折衝とオブラートに包んで言っていたが、彼の言い方から察するに武力を伴うものだろう。この世界にも戦争があるのか、軍はそちらで手一杯だと。

 しかし”派閥”と聞いてギスギスしているのかと思ったが、国会は別として、教会と商会は協力関係にあるようだ。


「使徒様方は、どこかの派閥に所属し暮らしていく方が多いですね。

 お恥ずかしい話ですが、教会は人手不足が慢性化しております。我々に協力していただけるなら非常に助かります。

 ですがアイシャが言ったように、そうなさらなくとも構いません。

 ヘイト様が帰られるまで、可能な限り生活の手助けをさせていただきます」


 贅沢は出来ませんがね。とはにかみながら言う。


「そうですね。少し街を見てみたいと思います。それから決めてもいいですか」

 街はあとでもいいし、彼らを疑っているわけではないが、少し考える時間が欲しかった。


「もちろんです。今すぐ決める必要はありません。決めたことを我々にお話しくだされなくとも結構です」と言ってくれる。ありがたいことだ。




 そのあとこの街で生きていく上での注意を受けた。


 人の安全や財産に危害を与えたり、法に抵触する行為は自粛すること。

 使徒は厳しく罰せられないらしいが、当然のことだ。だがこの国の法律を知っているわけではないし、文化の違いもあるだろう。気を付けなければ。


 暗い路地など危険な場所に近づかないこと。

 ここは日本ではない。治安が悪い場所もある。自ら身の安全を脅かすような行為は避けるべきだ。

 礼節を(もっ)て接してくれている彼らに迷惑はかけられない。


 日が暮れたら家の中に(こも)り、外を出歩かないこと。

 この世界は電気が無いようだ。日が沈んだあとは闇が街を包む。

 篝火やロウソクなどは焼け石に水なのだろう。宿に戻れなくなっては大変だ。

 先程と一緒で安全面からの注意だ。


 あとはお金を大事にすること、尊大な態度は控えることなどを聞き。


「あとは才能(レガロ)についてですが――」


 そのとき鐘が鳴る。バースィルさんは何か言いかけて口を閉じた。


「ふむ、いつの間にかそんな時間か」


 塔の天辺(てっぺん)にあった鐘は、時間を知らせるもののようだ。


「夕暮れまで少し時間があります。どうでしょうヘイト様、街に興味がおありのようですし、アイシャを付けさせますから、日が沈むまで街を歩いてみてはいかがでしょうか?」

「ああ、はい是非そうさせていただきます」

「暗くなってきたら、今日のところは教会にお戻りください。最後に――

ヘイト様の一年が、実り多きものであることを祈っております」

 彼はそう言って教会での話に一旦区切りをつけた。

 





「先程二時の鐘が鳴りましたから、夕暮れまではあと二、三時間でしょうか。広い街ですので、あまり多くは見れませんが、ご案内させていただきます」

「はい、よろしくお願いします」


 銀色の貨幣――銀貨というやつか――を六枚ほどお小遣いとして貰い、アイシャさんと並んで街を歩く。貰ったお金の価値は分からないが大事にしよう。


 


 街を案内してもらいながら、異世界に来た、というより中世にタイムスリップした。といった印象を受けた。まあ中世といってもその言葉が指す範囲は広いし、そもそも史実とどれだけ同じか分からないが。



 この街の領主がいる領主館。


 商会の本拠地、商業会議所。


 教会に近いところから、街の主要な施設を案内される。

 馬車が通るような主要道路は大きいが、それ以外は曲がった細い道が無数に通っている。

 パリや京都市のように直線の道で区画が分かれているわけではない。

 さらに二階以上の建物が多いので、広く見渡せるものでもない。

 まるで迷路だ。アイシャさんが道案内をしてくれなければ、あっという間に迷子だろう。

 17歳にもなって迷子は嫌だな、と思う。


 ひと通り施設を見終わり、屋台と人々がひしめていてる大広場に出る。

 アイシャさんが言うには、この大広場は市場になったり、お祭りの会場になったりするらしい。


 日が傾き少し薄暗くなってきたようだ。

 そういえば、こちらの季節はどうなっているのだろう。元の世界と同じであれば冬だが。

 外套を着ている人も見受けられる。いつも着ている学校の制服では少し肌寒さを感じてしまう。


 広がる影が街の温度を奪っていく――




 店じまいを始めている屋台もあるが、せっかくお小遣いを貰ったのだし何か買い物してみようか。貨幣価値にも慣れておく必要があるだろう。

 屋台のひとつに差し掛かる。雑貨屋だろうか、装飾品や日用品など色々なものが所狭しと置いてある。

 

 アイシャさんの口調は常に丁寧だが、大分砕けてきたというか、こちらへの遠慮のようなものは少なくなっている。人と自然に距離を近づけていくのが巧いのだ。

 見習いたい技術だが、僕には一生できないような気がする。


 せめて何かお礼の品を贈ったりして、コミュニケーション能力向上に努めてみようか。

 

 彼女にとっては仕事とはいえ、こうしてお世話になっているのだし。




 女性と二人で街を歩いているのだし……








 ――?

 ――おあ?


 僕が――女性と――?


 二人で――歩いている――?


 誰が――誰と――何してる――?


 まずい、これは非常にまずい。


 この僕が、こんな奇麗な人と並んで街を歩いているなんて。


 これまでは好奇心が勝っていて、そんなことを考えることはなかったが。

 今更ながら尋常では無い状況に置かれていることに気づき、戦慄してしまう。


 彼女の方に目線を向けると、同じ高さにある目線とかち合ってしまい、慌ててそっぽを向く。


 手汗が、手汗がヤバい。


「ヘイト様?どうかなさいましたか?」


「い、いえ。なんでも。そうだ、今日のお礼に何かお贈りしましょうか?」


 と、とにかく何か話題を――


「いえ。私たちは装飾品などは。でもご厚意を無下にするのも――あ、じゃあドライフルーツとかなら食べちゃえばいいし……」


「ドライフルーツですね。ちょっと買ってきます。待っていてください」

 

 そんなやり取りをして小走りで別の屋台に行く。

 贈り物なのだから一緒に行って選べば良いのだが、僕にはそんな余裕などなかった。


 果物屋の屋台を見つけて近づく。ここでも売っているだろうか。

 いらっしゃい。と店のおばさんが軽く挨拶をする。

 

 店頭の端に目的の物が並んでいるのを確認し、

 これで買えますか。と銀貨を一枚差し出して聞くと。

 はいよ。と小さな木箱に色々なドライフルーツを入れてくれる。


 この木箱で銀貨一枚か。

 これだけじゃ物価はまだ分からない。


 少しだけ精神が安定した。

 買い物を終えてアイシャさんの方へ戻ろうとすると。

 ――ふと、目を引くものがある。




 隣の屋台だ。武器屋だろうか。店の看板のように立っている物。


 黒を基調とした全身鎧だ。でかでかと「在庫処分!!金貨一枚!!」と、鎧の首から下げられた木札に書いてある。


「にいちゃん、にいちゃん。見てってよ」


 こちらに気付いた屋台のおじさんに呼ばれ、光に寄せられる蛾のように近づく。


「にいちゃん使徒さんかい?」


「はい、なんで分かったんですか?」


「見ねえ顔だもん。来たばっかりかい?」


「はい、今日来たばかりです」


「そりゃあめでたいね。話せて光栄だ。ナイフなんかどうだい?安くしとくよ」


 そんな会話をしながらも、どうしても鎧のほうを見てしまう。


 門を守っていた兵士の甲冑とは意匠が異なる。


 人骨のようなフレームに板金部品が複雑に組み合わさっている。


 部品どうしの隙間からはだぶついた生地が覗いていて、着用すれば肌が見えることはないだろう。


 顔を覆う総面には十字に隙間(スリット)が走っていて、90度右に回転させた十字架のようだ。


 美しい造形なのだが、


 中世欧州のような雰囲気のこの世界から()()()()()


 異質、そんな印象を抱かせる。



 何故か鎧が、その面のスリットからこちらを見ているような気がする。


 中身は空のはずなのに――


「にいちゃんこれが気になるのかい?金貨一枚だが、もっと安くするよ。分割払いでもいい」


 はあ。と気の抜けた返事をしてしまう。会話に集中できない。どうにも注意を引く鎧だ。


 金貨一枚は高いのだろうか。なんだか木札といいおじさんの言い方といい、たたき売られているような気がする。


「ヘイト様?」


 戻るのが遅かっただろうか、様子が気になったのか。

 アイシャさんに呼びかけられる。


「あ、いや、これ」

 僕が鎧を指さすと――


「うん?屋台で?全身甲冑が金貨一枚……これ、呪われているんじゃないですか?」

 とアイシャさんは言った。


 呪い、呪いか……確かこの世界にも呪いがかかっていると。

 太陽が雲に隠れたのか、大きな影が広場を包む。

 


「アイシャ、そりゃないぜ。営業妨害だ」

 あちゃーといった具合でおじさんが頭に手を当てて言う。


 知り合いなのか、アイシャさんが有名人なのか。

 彼女にうろたえていた先程までの自分は、いつの間にか居なくなっている。




 ――がら


「使徒様に呪物など売りつけないでください。

 ヘイト様、全身甲冑は安くても金貨三十枚はします。こんなに安売りされて、売れ残っているのは呪われているからです。着用してしまえば脱ぐことが出来なくなりますから。教会で解呪すれば脱げますが、たくさんお布施を頂いております。ですから決して手を出してはいけません」


 とぶすりと釘を刺す。

 自分でも気づかないうちに、何故か購入に前向きになっていたようだ。

 寒さからか、背筋がゾクリとする。






 ――がらがら


「背格好は丁度よさそうだし、試着してみるか?」

 おじさんがとぼけたようにそう言う。


「私の話聞いてましたか?」

 アイシャさんむっとしてがおじさんを見る。


「行きましょう。ヘイト様」

 アイシャさんに、手を引かれて、

 後ろ髪を引かれるような。

 ああ手汗が。

 鎧が。鎧が十字の隙間から。

 だめだ、集中できない。思考がまとまらない。







 ――がらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがら



 大きな音が聞こえる。何の音だろう。聞き覚えがあるような。

 そうだ、石畳を馬車が走る音だ。この街に向かうあいだ僕も聞いていた音だ。

 しかし覚えているものよりもかなり激しい。





 そう思って音がした方に目線を移すと――


 遠くで、馬車が屋台に突っ込んでいくのが見えた。

 馬車が勢いを伴ったまま横転し、巻き込まれた屋台が倒壊する。

 耳をつんざくような悲鳴が大きな広場を満たした。

 何人かが広場から逃げ出す。 



「え?」



 一瞬だけ見えた、馬を操る御者――



 首の上にあるはずの頭が――



 無かった――?




 何が起きたのか分からず唖然としていると、


 いち早く我に返ったアイシャさんが、


 借りていきます、と鋭く言って店頭に置いてあったナイフを持って騒ぎの方に走り出した。

 人ごみに紛れ、あっという間に見えなくなってしまう。

 

 ありゃ魔物か?とおじさんが心ここにあらずといった風に言う。


 魔物?僕には見えなかったが。


 アイシャさんが走っていった先に、魔物が?


「アイシャさん、大丈夫なんですか?」

 そう聞くと。


 はっとして、

「いや今日ここには戦える奴なんて……やばいな」


 そんな、どうする、どうする、アイシャさんが……

 僕は……使徒で……でも僕は戦ったことなんて……

 魔物は、人を、殺めてしまうのだと……

 一瞬見えた頭のない御者が……




 ――鎧が。

 鎧がこちらを見ている気がする。



「おじさん――」

 迷っている暇は無い。

 急速に思考が纏まる。



「試着、出来ますか?」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ