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ヘイト・アーマー ~Hate Armor~  作者: 山田擦過傷
4月 ティリヤ犯罪史
50/189

47話 ~影像~

 

 特殊個体(エスペシャル)


 黒い森(ボステ・ネグロ)影像(ドッペル)


 エスペシャルの中でも異質な魔物。

 あらゆる姿へ変身することができる。

 その能力を使って人間に化け、街や村などの共同体(コミュニティ)(まぎ)()み殺人を繰り返す。

 変身前の姿を見た者はいないとされている。

 正体を見破ることは困難であり、現在確認できている人間との相違点として、頭蓋骨(ずがいこつ)の中に脳が無いこと、秘跡(ひせき)や魔法が使えないことが挙げられる。

 出現報告はごく(まれ)である。





「噂は聞いてると思うが、数か月前からこの領地全体で犯罪が多くなってる。


 殺人、堕胎、傷害、暴行、脅迫、監禁、誘拐、強姦、侮辱、窃盗、強盗、恐喝。


 大抵はすぐに因果関係が分かるんだが、(いく)つかは解決できていない」


 4人が向かい合って座る馬車の中、ヒルさんは淡々とした口調で話している。彼の隣に座るボス氏は憮然(ぶぜん)とした態度で、隣のアイシャさんは真剣な表情で頷いていた。


 犯罪か……

 その単語を聞くとどうしても僕がこの世界に来てすぐに遭遇した、あの出来事を思い出してしまう。

 大広場の露店に突っ込む馬車。頭の無い御者。こちらを見つめる呪いの鎧。


「その中でも、ある連続殺人に領主は頭を抱えてる。被害者同士の繋がりは薄く、凶器は身の回りにあるような農具やナイフ。どの被害者も抵抗した(あと)がほとんど無くて、遺体は背骨のあたりが(ひど)く損壊している。ほぼ間違いなくドッペルの仕業だ」



「街がそんなことになっていたなんて…… あまり、実感はありませんでした」

 若干の悔悛(かいしゅん)を含んだ言葉が出る。


 首を横に向け、(ほろ)の隙間からゆっくりと流れる街の景観を見遣(みや)る。明るい陽光に照らされた路上は、活気があふれているように見え、その生活が魔物に脅かされているようには見えなかった。


「この街は人が多いし商売も盛んだ。酷え目に()うのは全体の一部。その他大勢は関係無く過ごせる。気が付かなくても無理は無い。


 だが、このままじゃ死体が増える一方だ。放ってはおけない」



 僕の隣にはアイシャさんが座っている。この街の教会で暮らすアイシャさんが。

 増えていく被害者の中に、自分の知っているひとが、いつか入るかも知れない。


「何か、そう……目星のようなものはあるのですか?今、ドッペルについて分かっていることなどは?」

 アイシャさんが質問を飛ばすと、ヒルさんは(よど)みなく答える。


「うん。どうやら、ドッペルは人間の記憶を"知る"ことができるらしい。その能力があるからこそ、ヤツは完璧に人へと化けることができる」


「態度や話し方、思い出まで真似できるのですね」


「ああ。そしてヤツは自分にとって都合の良い人間を殺すと、そっくりそのまま入れ替わる。その人間が暮らしている環境を利用して次の獲物を探すんだ」


「愛する隣人が魔物かも知れない。恐ろしいことです」

 アイシャさんは祈るように手を組んで、少しだけ(うつむ)いた。


「……そのドッペルの性質を考えると、この街で暮らす全員が怪しい。こうして話をしてる俺がドッペルかも知れない」


 ヒルさんの言葉に全員が黙ってしまい、馬車の車輪と(ひづめ)の音だけが聞こえた。目の前で話す彼が、今、僕たちを(だま)しているかも知れない。それはこの馬車に乗る4人全員に言えることだ。


 自信を持ってドッペルじゃないと言える人間は、自分だけ。自分だけはそうでないと言えるが、それを他人に信じてもらえない場合もある。

 その考えに至った時、強い不安に襲われて沈黙を破ってしまった。


「この4人だけでやるんですか?」

 街の安全を脅かす魔物を狩るというのは賛成だ。しかし、現実な問題として可能なのか、とても困難なことに思える。僕に、そんな難しいことができるのだろうか。


 ヒルさんは首を横に振った。

随分(ずいぶん)前から領主は街の衛兵と役人を総動員しているし、夜間外出禁止令を出して、昼間でも3人以上で行動するように布告(ふこく)した。俺たち自警団も各地で情報を集めてる。それに使徒(アポストル)たちにも協力をお願いして、独自に動いてもらうことになった」



 彼が話し終わるかどうかのところで馬車が止まった。ヒルさんに(うなが)されて降車する。長いこと揺られていた気もするが、まだまだ日は高い。


 目に入ったのは街の外壁だ。

 街を囲っている石の壁には、アーチ状の門と小ぶりな守衛所が造られている。荷物を持って手続きを待つ人の列と、その周りにいる数名の衛兵が見えた。衛兵のひとりもこちらに気が付いたようだ。


「ヒル、首尾(しゅび)は?」


「残念ながら良い報告は無い。そっちは?」


(ここ)を通る農村の連中に各村の様子を聞いているが、それらしい殺しの話は聞かない。他の門に詰めてる衛兵も同じだ」


「村には戻ってない――」


「多分な。まあ、入ってくれ、ドミンゴを見た奴にも来てもらった――どうぞ、使徒様もこちらへ、狭い所ですが」



 案内されて簡素な守衛所へと入る。6畳ほどの広さがある長方形の部屋だ。壁には武器やら備品やらが並べてあって、奥にもうひとつ扉が見える。


 部屋の中央には木製の長テーブルと椅子が置かれていて、ひとりの衛兵が座っていた。衛兵に向かい合って僕たち3人も席に着く。盗賊のボス氏は馬車に置いてきた。



 軽く自己紹介をしてヒルさんが質問を始める。


「調子どうだ?」

「ええ……」


「もう何度も聞かれたと思うが、ドミンゴについて聞きたい。良いか?」

「大丈夫です」


 ヒルさんが話しかけると、彼はぽつぽつと言葉を返す。こちらを見る衛兵の全身からは悲壮感(ひそうかん)が漂っている。


「ドミンゴは街から南東にある村で暮らしてました。私の親戚にあたります。


 数か月前の侵攻作戦で黒い森に入った時、部隊からはぐれてしまってそれきりだと、人伝(ひとづて)に聞いていました。しばらく顔を合わせていなかったので、残念に思っていたんです。


 それから数週間して、突然村に帰ってきたと聞きました」


「黒い森からひとりで帰ってこられた、か」


「はい。奇跡(きせき)だと。主のご加護があったのだろうと、安心しました。思い返してみれば、それからです。領地の南東で妙な殺しの噂を聞き始めたのは……」


()ったヤツが分からなくて、その地域はかなり疑心暗鬼になってたようだな」


「私もそう聞いてます。ドミンゴを最後に見たのは、私が門の警備で立ってた時です。久しく顔を見ていなかったので、無事を喜んで少し話をしました。そのあと規則通り荷物を確認し、税を取って通行証を発行し、街へ通しました」


何時頃(いつごろ)の話だ?」


「4カ月前の中頃です。門を開けてすぐ、早朝でした」


「昨年末か、気になったことは?」


「手続きも態度も問題ありませんでした……でも」


 それまで冷静に答えていた彼の態度が崩れてくる。視線は落ち、泳いで、表情は(けわ)しくなっている。ヒルさんは相手の口が開かれるのをじっと待っている。



「でも……普通でした」


「普通?」


「はい。私は、あいつが黒い森ではぐれたことも知ってる。あいつの村で何人か死んだことも。その中に、あいつの兄弟がいたことも聞いてた。なのに『大丈夫か?』って聞いたら、『問題ないよ、ありがとう』って。そんなはずねえのに……」


「そうか」


「申し訳ありません。あそこで止めてれば――」


「相手は神敵だ。そう簡単にはいかないさ。お前を(うら)んでるヤツはいないよ」


「……そう、でしょうか」

 絞り出すように言葉を吐く衛兵は、下を向いて両手で頭を抱えている。傷の痛みを(こら)えているような、そんな風に見えた。


 それから何点か質問して、僕たちは守衛所を後にすることにした。話が終わって席を立つときに衛兵に話しかけられる。それまでとは対照的な、思い切ったような大きな声だ。


「ヒル、アイシャ、ヘイト様。頼む。あの化け物を殺してくれ」


「任せろ」

 とヒルさんは短く、きっぱりと言った。





「南東の村の周辺で起きた殺しは、ドミンゴが黒い森から帰ってきたあたりで始まった。そして、あの衛兵が見た4カ月前くらいに止まったと聞いてる。ドミンゴの姿を見たのはそれが最後だと言っていたし、街の外で殺しが再開したってわけでもなさそうだ。


 街で他の人間に入れ替わって、まだいるな」


 馬車に戻るなりヒルさんは口を開く。今の状況を僕たちに言い聞かせているのだろう。以前から情報を集めていたと言っていたし、ヒルさん自身はすでに先程の話を知っていたのかも知れない。



「これから、具体的に、どうドッペルを探していくんですか?」


 現状、ドッペルのいる場所は街に限定された。だがこの広い街から、1匹の魔物を特定するのは困難に思える。ヒルさんには方針が決まっているのだろうか。


「そうだな――ドッペルの今の見た目がどうであれ、相手は魔物だ。本能に従って保身と捕食をする獣に近い。そんな獣を狩る時に重要なのは、まず獲物の習性(しゅうせい)を知り、存在した痕跡(こんせき)を見つけることだ」


「習性と痕跡……」


「そう。ドッペルが人間を殺した時、そいつに入れ替わる時だけ、身元が分からないように、死体の隠蔽(いんぺい)を図ったり損壊する行動を取ることが判明してる。死体が出てきたのにそいつが街を歩いてたら、すぐにバレちまうだろ?」


「確かに」

 あれ、あいつ、この間死ななかったっけ?なんてことは、そうそう無い。


「で、だ。街の遺体安置所で働いてる検視官に頼んで、ここ数ヶ月に出た妙な遺体の検死結果をまとめて貰った。理由はまちまちだが、4人、身元が不明の遺体が出ているそうだ」


「……その4人が、もしくは何人かが、ドッペルに襲われて入れ替わった?」


「そうだ。もし、その中で今も()()()()()()()がいたら?」



「そのひとが……ドッペル」

 隣に座るアイシャさんがハッとしたように言う。


 死体があるはずの人間を見た。それが幻覚や見間違いでないとしたら化け物だろう。


「俺たちはこれからその4人が死んだ理由と、どこの何奴(どいつ)なのかをハッキリさせる。関係ないのを(はぶ)いて、そいつらの周辺を洗えば、ヤツの影を踏めるかも知れない」


 入れ替わる時、遺体に一手間加えるのが習性で、遺体そのものが痕跡か。


 4人を殺めた犯人の中に、ドッペルがいる。ともすれば4つの殺人事件を解決しなくてはいけないから、時間はかかってしまうだろう。だが、広い街を闇雲に探すよりは幾分かマシに思える。急がば回れということか。



「……やめるか?」


「え、何でですか?」


 僕が自分の両膝(りょうひざ)を眺めながら考え込んでいると、そんな言葉をかけられたので首を起こした。ヒルさんはこちらを覗き込むように見ている。急に何を言うのだろう。


「1日2日じゃ終わらないし、キツいものを見るかも知れない。それでも続けるか?」


 そういえば、僕は自分の口から"やる"と言っていない気がする。自分でも不思議だがすっかり参加するつもりでいた。


 きっと、皆が躍起(やっき)になって魔物を探している中で、僕だけぼうっとしていたくないのだろう。余計な罪悪感を感じたくないのだ。こんな保身的な考えは不謹慎だと思うが。


 いつものように消極的な、どうしようもなく後ろ向きなやる気が()いている。


「えっと、その、途中でダメになるかも知れないですけど……力になれる範囲で、協力したいです……」


 ははは、とヒルさんは笑う。そして、


「お前らしいな。でもありがたいよ。


 良し。じゃあ早速行動開始といこう。最初は"御者の首無し死体"だ」


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