3話 神
「ヘイト、佐々木竝人」
ピ。 ピ。 ピ。
規則的な電子音が聞こる。
ベッドに仰向けで寝かされているようだ。バネのテンションは丁度よくて、身体に負担が掛かることはない。
ボーっとしていて。意識がはっきりしない。
血液が水銀か何かになったようだ、だるさが酷くて動けない。
自分の名前を呼ぶ声に反応し、なんとか重い瞼を開けると、
すぐそばに男が立っている。
大柄で禿頭、肌の色はコクタンのような濃色だ。
明らかに日本人ではない屈強な男が、
サングラス越しに、苦虫を嚙み潰したような顔でこちらを見ている。
なんだかとても不機嫌そうだ――
ピ。 ピ。 ピ。
ベッドの周りに設置された機械群から規則的な電子音が聞こえる。
「佐々木竝人、日本人、17歳。間違いないな」
と男は問う。
ああそうか。僕はこのあいだ17歳になったんだと考える。
はい。と答えようとするが、僕の口からは微かな息が漏れただけだ。
如何にも身体が重い。
気分も鬱屈としていて、何もする気が起きない。
男は深いため息をつき、自分の禿頭を撫でながら、やれやれとでも言うように首を振った。
オーマイガーって感じだ。
「俺は……そうだな……人間の言う神ってヤツだ」
男は言いよどみながらもそう切り出した。
”我が大いなる創造主よ”、と言うより、”大いなる創造主”その人だった。
……彼の自称だが。
ピ。 ピ。 ピ。
どうやらここは病室のような場所らしい。
僕は何か怪我をしたのだろうか、割れるような頭痛がして、記憶を探ることは出来ない。
記憶どころか、痛くてもうめき声ひとつ出てこないのだが。
男は板切れを持っている。タブレット端末、それかカルテのような。
カーゴパンツに半袖のシャツ、それとサングラスというラフな格好だ。
袖からよく鍛えられた筋肉が主張している。
格好と相まってとてもじゃないが医者には見えない。
まあ神様にも見えないが……
男は近くの椅子に座り、板切れを見ながら、一呼吸おいて、
「お前にはこれから異世界に行ってもらう――詳しいことは、行ってから現地の案内人に聞け」
唐突にそんなことを話した。
話の内容が理解できない。
ボーっとした意識のせい、だけじゃない気がする。
しかし話の内容をよく吟味するのも億劫だ。
ピ。 ピ。 ピ。
規則的な電子音が聞こえる。
だるさの支配する身体を柔らかいベッドが支えている。
男はおもむろにサングラスを外した、
視線はこちらに真っすぐ向かっていて、目が合う。
真摯な瞳だ――
強い知性を感じる――
狂気など欠片もない――
不思議と、僕がこの男に感じていた胡散臭さや、不信感は一瞬で払拭されてしまった。
何の保証もないのだが……
「一年間よく考えて過ごせ」
彼の口調は子供に言い聞かせるかのようだったが、まったく不快感を感じなかった。
はじめに彼に見て取れた不機嫌さは消え失せている。
気のせいかもしれない、彼は、理由は全く分からないが、不機嫌だったのではなく。
僕を心配していたのか、とそう思った。
「ヘイト、無茶するなよ」
彼は話をそう結んだ。
その言葉を最後に、強烈な眠気が襲い、重い瞼を閉じた。
一カ月前にあった理解を超えたできごと。
それが僕が持つ最後の、そして最新の記憶だ。