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ヘイト・アーマー ~Hate Armor~  作者: 山田擦過傷
3月 大規模侵攻作戦
36/189

33話 3月9日 合同訓練 ~抱擁、幽鬼~

 


 馬車が停まり、慣性が前後に身体を揺らす。


「着いたな」

 とディマス伯爵が呟くと、教授とラロさんが、揺れる胃袋の中にある吐瀉物(としゃぶつ)行先(ゆきさき)を求めて、馬車から(もつ)れるように出ていった。できるだけ遠くでスッキリして頂きたいものだ。


 足元に気を付けて馬車を出ると大きな野営地に到着していた。木が伐採されているから、枝葉が無く青い空が見える。

 黒い森の中に作られた野営地にしばらく滞在して、訓練をするようだ。



 野営地に到着したタイミングは馬車によってバラバラで、僕たちより先に到着した馬車の一団は、すでに荷下ろしなどの準備を進めている。


 車列の後方を進んでいた一団はまだ到着していない。僕たちと同じように魔物の襲撃があったのだろう。フェルナンドさんやメサさんが乗っているはずだから、数匹の魔物であれば退(しりぞ)けられるはずだ。


 彼らと合流するまでには時間がかかるだろう。物資を運ぶ馬車も多く、全員が(そろ)わないから訓練は明日からだ。荷降ろしをするだけでも日暮れまではかかる。



 故障していた右腕は動くようになってきているので、伯爵たちと別れて荷降ろしの手伝いをする。小型の(たる)を抱えて倉庫に向かうと、中から水音が聞こえた。中身は飲み物だろうか。


 野営地を見渡しながら歩くと、司令部、見張り(やぐら)、倉庫、工房、酒保(しゅほ)、野戦病院などが確認できた。設備は一通り揃っているようだ。木材はほぼ無限に使えるからか、テントと言えどしっかりとした造りのものが多い。


 気になるのは、どこかから怒号(どごう)や戦闘音が聞こえることだ。黒い森の中だけあって、魔物(デモニオ)の襲撃は避けられないだろう。援軍に向かった方が良いだろうか。


「よお!ヘイト。なんだか久しぶりだな。元気だったか?」

 悩んでいると野太い声がかかった。同じ村に住んでいる勘治先生派の木こりだ。何度か一緒に黒い森(ボステ・ネグロ)へ入ったことを憶えている。


「あ、こんにちは。相変(あいか)わらずです……ちょっと聞きたいんですけど、戦闘の援護に行った方が良いですかね?」


「あ?ああ、行かなくてもいいんじゃねえか?ほんとにヤバい時は櫓にいる見張りが(かね)を鳴らすことになってるからな。今は傭兵連中だけで十分なんだろ」


「あ、そうなんですね。ありがとうございます」


「おう。じゃあ訓練が始まったらよろしくな」

 あっけからんと言い切った木こりはのしのしと酒保商人の方に向かっていった。野営地を一望できる高さの櫓には、弓を構えた見張りが3人ほど立っている。


 野戦病院から修道服を着た男女が出てきた。普段は黒い森に近付かない聖職者たちも、今回ばかりは出張しに来ているようだ。


 非戦闘員が多く滞在するこの野営地を維持できるくらいには、兵力に余裕があるのだろう。




 しばらく荷を倉庫に運んでいると、青ざめた顔色の教授に声をかけられた。


「どうかしましたか?何か問題が?」


「いやあ、違う。司令部を借りたから日が暮れたら集まれ。新人を集めてこちらの戦力と特殊個体(エスペシャル)の講義、それとスケジュールの説明をする」


 これから行われる訓練に関して座学をしてくれるようだ。教授の気分が悪そうなのは、乗り物酔いとアルコールのせいだろう。


「それはありがたいですけど……大丈夫ですか?」


「心配されるほどではない」

 と教授は頼もしく言い放ち、よたよたとした足取りで兵舎に向かった。



 魔法のことや魔物のことなど、時間が空いた時に少しづつ教えてもらっていたが、僕が知らないことは多い。

 いざ未知の敵が現れたとき、知識が有るのと無いのでは対応の速さが違うだろう。

 敵を知り己を知れば百戦危うからず、か。



 日が暮れるまで作業を手伝い、数時間の講義を聞いた。伯爵やメサさんが魔法や呪物を、教授が特殊個体(エスペシャル)について判明していることを、ヒルさんが今後の予定について話す。

 訓練と言えど命懸(いのちが)けになることは自覚しているから、皆真剣な面持(おもも)ちで聞き、質問を飛ばしていた。














 黒い森にいると、朝日はほとんど遮られてしまう。


 夜が明け、明朝から訓練が始まった。木こり達は野営地を広げるために伐採をしており、戦闘部隊は木こりを護衛し、なおかつ倒れる木に巻き込まれないように距離を取って、魔物と戦う。




 戦闘部隊は90名ほどで、波状攻撃を仕掛けてくる魔物を退けていた。



 ロングソードを振るうフェルナンドさん、同じようにロングソードと"戦士"の魔法を使うディマス伯爵、"前身"の秘跡(ひせき)とレイピアを振るうイザベルさん。

 そして僕の前で、神から与えられた才能(レガロ)、"鞘無"を振るう勘治先生が、競うように狗共へダメージを与えている。


 盾を装備した熟練の騎士や自警団員、木こり達がその脇を固めている。歴戦の戦士が扱う盾は流動する城壁のように働き、大暴れしている4人が狗に囲まれないよう立ち回っていた。



 勢いを殺され、攻撃を受けて弱った狗に僕を含めた新兵たちが止めを刺す。

 狗に引き倒されたり、馬乗りにされた者がいても、間髪(かんぱつ)入れずに掩護(カバー)が入る。


 指揮を()っているのは自警団の首領であるヒルさんだ。本来であれば、戦力の大部分である騎士団を率いてきたディマス伯爵の役目だが、彼はヒルさんに仕事を丸投げすると最前線に出てしまった。



「3時から20匹!」

 どこかから警告が発せられる。新手が来ているのは別方向だ。接近を許せば側面を叩かれてしまう。


「レオン!ビダル!メサ!」

 ヒルさんの指示が飛ぶ。堅牢(けんろう)なタワーシールドのレガロ、"業の盾(キープアウト)"を構えたレオンさんを中央に、盾を持った数人が陣形を敷く。


「"鉄柵"の悪魔よ、契約を履行する」

「"鉄柵"の悪魔よ、契約を履行する」


 メサさんとビダルさん。ふたりの魔法使いが地面から漆黒の杭を生やす。



 同じ"鉄柵"の魔法でも人によって微妙に使い方が違うようだ。


 ビダルさんは接近する敵を狙撃するように、狗の身体を素早く串刺しにしている。メサさんは一度に大量の杭を出して、レオンさんが有利になるように陣形を強個にする。


 数を減らし、柵と盾に阻まれた狗を、武器を構えた者たちが抜かりなく殺していく。



 数人いる猛者(もさ)の制圧力、指揮、連携、そして何より人数が余裕を生んでいる。


 生きている狗を探す方が大変だ。


「――あ、こいつ生きてる」


 立ち上がろうとしているこの狗は腹から臓物をこぼしている。蹴り転がして、裂け目の入った腹に斧を叩きこむと、狗はすぐに動かなくなった。


 緊張感はあるものの、精神を狭窄(きょうさく)させるような危機感はない。

 この調子でいければいいが――




 後方の木こり達が伐採地を広げるために前へ進むなら、その分戦闘部隊も前へ進まなくてはならない。伐採時の事故を防ぐためだ。


 魔物を押し返したタイミングで、じりじりと全員で前へ進む。

 すると近くの木こりが転倒した。何かに(つまづ)いたのだろうか。


 手を貸そうとすると、木こりは歯を食いしばって(うめ)いている。


 ――何か様子がおかしい。


 片方のズボンは血に塗れ、脹脛(ふくらはぎ)を木の枝が貫通していた。


抱擁(アブラソ)ですッ!ヒルさん!!」



 特殊個体(エスペシャル)

 黒い森(ボステ・ネグロ)抱擁(アブラソ)


 樹木に擬態(ぎたい)する、昆虫のナナフシに似た大型の魔物。アブラソが潜む周辺には、奴の魔法によって原始的な罠がばらまかれる。移動速度は遅いが、木々に(まぎ)れ、潜伏しているから見つけることは困難だ。



 動こうとしてつんのめった。(つる)が右足を縛り付けていた。普通に歩いているだけでこんな絡まり方はしない。暗い森のなかで、(やぶ)に紛れる罠を見つけることは難しい。


 辺りには他にもアブラソの罠にかかり、うずくまっている者が数人いる。



「正面から敵襲、防衛戦に(つと)めろッ!一度押し返してアブラソを狩りだす!旦那!」

 隙を突くように狗の群れが接近していた。ヒルさんが指示を飛ばす。


「"調和"の悪魔よ、契約を履行(りこう)する」

 後ろに下がったディマス伯爵が、"調和"の魔法によって戦況を読み、索敵(さくてき)能力を強化してアブラソを探し始める。


 こちらには怪我人(けがにん)が出て、見方を(かば)いながら戦わなければならない。しかし周辺には罠の危険性があり、精神的に動きを阻害(そがい)されている。そんな最悪のタイミングで狗が群れを成して襲いかかってくる。



 エスペシャルは、狗と呼ばれる"猟犬(サブエソ)"以外の魔物のことだ。単体であればいくらでも対策できるが、黒い森という敵地で、大量の狗と共に出現することで危険性が跳ね上がる。



 順調に進んでいた侵攻作戦が、たった一回エスペシャルが出現しただけで戦況がひっくり返され、大きな被害が出た例は枚挙(まいきょ)にいとまがないという。





 ふと、負傷した騎士のそばにしゃがみ込んで、"治癒"の秘跡を使って治療しているアレホさんが見えた。そこにゆっくりと接近する黒い外套(がいとう)を着た人影も――



 幽鬼(レイス)ですっ!!と叫ぶあの子の姿がフラッシュバックする。



「先生、任せてもいいですか?」


 狗の接近を待ち構える先生は、鞘無を構えたまま、こちらを見ずに頷く。



 ――人のようですが、魔物です。幽霊のようで見つけることが難しく、実体を持たないのか、レガロか秘跡、魔法でないとダメージを与えられません――



 レイスの狙いはアレホさんのような衛生兵だろう。やらせるわけにはいかない。

 僕は魔剣で蔓を切り離すと、武器を手放してアレホさんの方向へと走る。多少の罠ならこの鎧が防いでくれるはずだ。



 レイスが刃こぼれだらけの、(のこぎり)のような剣を水平に振りかぶる――


 甲冑の隙間からうなじを狙っている――


 間に合わない――


「アレホさん()せてっ!」

 咄嗟(とっさ)に頭を低くしたアレホさんの兜に剣が当たり、火花が飛ぶ。甲冑を着た身体が倒れた。



 アレホさんに(おお)いかぶさって、二太刀目から庇う。無手の左腕に衝撃が走る。

 三太刀目の攻撃を食らいながら放ったアッパーカットがレイスの顔を(かす)め、奴の右目が潰れた。()せた青白い人間のような顔が、苦痛に歪む。



 ――ヘイト様。大丈夫ですか?傷は痛みますか――



 通常の武具では、レイスに攻撃を与えられない。


 昨晩の講義で、メサさんが言っていたことを思い出す――


「呪物であれば攻撃は可能です。すべての呪物は――」


 レイスの痩せ細った(くび)を両手で締める。


「悪魔が創ったものですから」




 レイスを、外套を着て、フードを目深(まぶか)(かぶ)った、自らの血でずぶ濡れになっている、


 魔物を、その頸に、指がめり込んでいく――


「死ね」


 呪詛(じゅそ)を吐き、渾身(こんしん)の力で、殺す。


 頸が千切れたレイスは、血も、肉も、霧が晴れるように消えた。




 ――――ハッと我に返る。


「アレホさん!ご無事ですか!?」


「あ?平気です……」


 良かった。兜の面を開いたアレホさんは荒い呼吸をしているが、傷はないようだ。





 アブラソは……


「ラロ様、4時方向に20m」


 潜伏する敵を捕捉(ほそく)した伯爵が指を指している。ラロさんが"死の舞灯(デスマッチ)"を爪弾(つまはじ)きにすると、業火が(ほとばし)り道中の罠ごと離れた場所にある一本の木を焼いた。


 暗い森に炎の光が満ちる。

 (あぶ)られた木立がふたつに裂けるように離れた、その片方が地面に枝をつき、動き出す。


 ほとんど木立にしか見えない3mほどの細長い巨体が逃げようとしている。あれが本体なのだろう。ここでアブラソを逃がしてしまえば新たな罠を作り出されてしまう。



「"鉄柵"の悪魔よ、契約を履行する」

 ビダルさんが魔法により地面から杭を生やし、アブラソを地面に()い留めた。



「よし、行くぞ!援護してくれ!」


 川の(イル・モンストロ)怪物(・ディ・アルノ)。拳銃とナイフのレガロを発現させたアントニオさんが、炎によって地面があらわになった道を進み始めた。肉薄しようとする狗を自警団員と木こりが抑える。


 アントニオさんの接近に気付いたアブラソが、太い枝のような脚で突き刺そうとするも、川の(イル・モンストロ)怪物(・ディ・アルノ)(まと)う黒い(もや)ばかりに当たり、彼の身体には傷ひとつできない。


 靄はアントニオさんの通った(あと)に残り、敵はあの靄を敵と誤認して攻撃しているように見える。


 射程距離まで近づいたアントニオさんが立ち止まり、狙いを定めて銃弾を浴びせると、樹木のようなアブラソの巨体が地に伏した。


 まだ息があるのか脚をわさわさと動かしてもがいているアブラソを、6人の木こり達が取り囲んで斧を振り降ろし、解体した。流石(さすが)に死んだだろう。



「狗を押し返して態勢(たいせい)を立て直せ!何人かは怪我人を連れて野営地まで撤退!まだ戦える奴は残った罠に警戒しつつ進むぞ!」

 ヒルさんが(げき)を飛ばし、戦士の応答が(とき)の声となって森に響き渡る。日暮れまではまだ時間がある。僕は武器を拾いつつ狗の群れに向かって走った。










 勘治先生と僕を始めとする殿(しんがり)の部隊が野営地まで戻って来た頃には、日が暮れている。撤退戦は特に問題なく終了した。


 フベルトさんとローマンさんの持つレガロは強力だが、木立が多い森の中ではその性能を十全に発揮(はっき)できない。

 だからフベルトさんは騎士団の騎兵(きへい)を率いて沿道(えんどう)の警備をしていたし、ローマンさんは野営地に残り襲ってくる魔物を狙撃していたようだ。


  撤退戦時には伐採した裸の土地まで下がった時点で、そのふたりの援護を受けられた。追撃する狗を騎兵と弓兵たちが蹴散(けち)らしてくれたので、苦労することはなかったのだ。






 今僕は、アレホさん、セナイダさんと共に、野営地の夜警(やけい)に出ている。辺りにはすっかり夜闇が浸透(しんとう)しているが、大量の篝火(かがりび)()かれているため、まったくの闇の中、というわけではない。


 松明(たいまつ)を持って決められた範囲を歩き回っていると、他の夜警とすれ違った。最低限の人数が交替(こうたい)で起きている。



 今日の訓練が終わった後、野外で酒盛りが行われていた。昨日運んでいた樽にはワインか何かが入っていたようだ。

 先程まで騒がしい声が聞こえてきていたが、寝静まったようだ。激しい戦闘の疲労もあるだろう。

 この訓練の目的には木こり達の和解も含まれているから、丁度(ちょうど)良いと思う。


 そもそも木こり達は、長年同じ街に住んで黒い森と戦っている。多少、組織が違ってもしょっちゅう顔を合わせる戦友同士なのだ。きっかけさえあれば仲直りはできる。


 問題は、レオンさんと僕たちか――







「ヘイト様。何故レイスが見えたのですか?」

 セナイダさんがぱっちりした瞳に不思議そうな色を浮かべて聞いてきた。



「え?えっと、普通に」

 思考を引き戻した反動でどもってしまう。このコミュニケーション能力の低さも何とかしたいものだ。

 レイスの姿は普通に目に入ったとしか言えない。


「辺りを警戒してから治癒を始めましたが、分かりませんでした。不覚です」

 アレホさんが太い眉と厚い唇を八の字に曲げて、()いるように言っている。


「風景に溶け込むのもレイスが持つ能力の一部らしいですからね。"調和"の魔法を使っていたディマス様なら気けたでしょうが、アレホはディマス様の死角に居ました。そこも狙われたのでしょう」


「本当に助かりました、ありがとうございます」


「い、いえいえ、怪我が無くて良かったです」


「本当、怪我が無くて良かった。騎士団のなかでも秘跡を使える者は希少ですから。アレホがやられていたら状況はもっと悪くなっていましたね」


 そんな雑談をしながら夜警を続ける。

 魔物は夜でも襲撃をやめないから、テントを挟んで野営地の反対側から戦闘音が響いている。

 櫓に立っている見張りが敵襲の鐘を鳴らしたら、僕も援護に行かなければ。



「そうえいば、狗の接近を見つけたらどう対応したらいいんですか?」


 僕のいまいち要領を得ない質問に、セナイダさんが答えてくれる。


「数名で対応可能であれば、付近の夜警を呼んで戦います。基本的には柵に取り付いた魔物を柵越しに攻撃することになるでしょう。


 敵の数が多ければ櫓に増援(ぞうえん)の信号を送ってください」


「信号ですか?」


「はい。大声を出してもいいですが、戦闘音に紛れてしまうこともあるので、夜警時は松明を持って、こう――」


 セナイダさんは無手の左腕を、12時、6時、9時を通って半円を書くように12時に戻す動作を繰り返している。アルファベットの「D」を書くように松明を振って合図をするのか、なるほど。


「こうですか?」

 松明を持った右腕を、上、下、左――


「い、今やっちゃダメです」


「え?」

 セナイダさんが焦り、アレホさんが櫓に別の信号を送り始めた。


 僕の方を見ている櫓の見張りがたちどころに動揺し始める。

 しまった、緊急事態だと勘違いさせてしまったか?疲労している皆をわざわざ叩き起こして、間違えました、なんて言えない……



「もう大丈夫です。訂正の信号を送りました」


「ありがとうございますぅ」

 アレホさんがすぐ対応してくれたおかげで、勘違いさせずに済んだようだ。危なかった……


「今のように増援の信号を繰り返してもらえれば、鐘を鳴らしてくれるはずです」

 ハハハと笑いながら、セナイダさんは気を()かせて言ってくれた。

 ふたりとも良い人だ。





 しばらく夜警を続けると、木こりがふたり大欠伸(おおあくび)をしながらやってきた。どちらも見知った顔だ。交替の時間だろう。


「ヘイト様、我々も今日は休みましょう」

 アレホさんがそう言う。彼も(まぶた)が重そうだ。


「ありがとうございます。でも僕は大丈夫です。慣れたいのでもう少し続けてみます」


「そ、そうですか。では失礼します」


「はい、お休みなさい」


 どうせ眠れないのだ。

 松明を持って夜警を続けようと思う。


 結局、一晩中野営地を徘徊(はいかい)していた。








 明くる日の昼、黒い森での訓練を午前中で切り上げて、野営地で手合わせが始まった。新しくできた伐採地を少し整備して、テントを建てる前に修練場として使おうという話だ。


 言いだしっぺはディマス伯爵だ。イザベルさんと勘治先生とフェルナンドさんに目を付けた彼が、この機会に是非(ぜひ)にと提案した。苦虫を嚙み潰したような顔をする勘治先生を頷かせるくらいには、伯爵の圧は強かった。


 4人による一対一の総当たり(リーグ)戦。魔法なし、秘跡なし、レガロなしが4本、制限なしを最後に1本で、合計5本勝負。真剣を使い寸止めで、相手に有効打を入れる。


 別に正式なルールなどではないらしく、伯爵がその場の思いつきで決めたものだ。


 訓練の一環(いっかん)だからと伯爵の強い意向で、どちらかが先に3本取っても5本やる、というルールになった。


 ディマス伯爵が街に入ったとき、さんざん相手をさせられたと言って参加するのを嫌がったヒルさんが、審判に就任(しゅうにん)させられていた。



 いざ試合が始まると、圧巻(あっかん)の勝負が繰り広げられる。



 ディマス伯爵は、鎧ごと断ち切りそうな豪快な剣を振ったと思えば、相手の剣を繊細(せんさい)に避けたりする。髑髏(どくろ)を模した兜が笑っているように見えた。



 イザベルさんは、"前身"の秘跡を使わずとも誰よりも動きが早く、フェイントを挟んで鋭く苛烈(かれつ)な突きを放っている。美しい金髪が揺れるさまを見ると、舞い踊る蜂(バンブルビー)、という表現がしっくりくる。



 勘治先生は西洋剣を持っているものの、基本的な構えは剣道に似ている。カウンターを主体とした剣技で、相手の剣を巧みにいなして、手足を狙う。魔物が相手でも人が相手でも勘治先生は変わらず、一番安定感があるように見えた。



 フェルナンドさんは変幻自在だ。4人の中で最も高い身長と、長いリーチを持つ恵まれた身体が構えるロングソードから、多彩な剣技が出てくる。二度と同じ技を使うことなく、剣の(つか)や鞘、体術や組み打ちまで使って、有効打を量産していた。



 剣技のやりとりが高度すぎてよく分からんが凄い、という心境に(おちい)るくらいだ。お金を払って見るものだと思う。


 僕を含め、騎士や自警団員は固唾(かたず)を飲みながら、かぶりつきで見取り稽古をしていた。教授とラロさんと木こりたちは早いうちから酒を(あお)り、一本一本に歓声(かんせい)を上げ、指笛を鳴らす。

 良い観客だと思う。



 結果は、フェルナンドさんが3勝0敗で文句なしの勝利。



 伯爵はイザベルさんに勝利したが勘治先生に敗北し、


 勘治先生は伯爵に辛勝したが、イザベルさんに惜敗し、


 イザベルさんは勘治先生に勝ったが、伯爵に負け、


 1勝2敗の三すくみになり引き分けになった。



 興味深かったのは、それぞれがフェルナンドさんと(おこ)なった最後の1本。


 "戦士"の魔法で身体能力を強化し、"調和"の魔法で未来を予知したような動きを見せるディマス伯爵。


 "前身"の秘跡を使い段違いに素早く動くイザベルさん。


 (つば)と鞘の無い、日本刀のレガロである"鞘無"を発現させた勘治先生。


 そんな3人に、剣技のみのフェルナンドさんは1本を落としてしまった。勘治先生なんかはフェルナンドさんの剣を叩き斬ってしまったくらいだ。

 飛んできた剣先が、他の観客ではなく僕の頭に当たって良かったと思う。




 全ての試合が終わったあと、ディマス伯爵は興奮気味に健闘を(たた)えている。

「素晴らしい!これほど血が()いたのは久方ぶりだ。勘治様は使徒でなければ我が騎士団に欲しいところだ。フェルナンドはどうだ、騎士団に入らないか?厚遇(こうぐう)することを約束しよう」


「レガロや魔法を使われればどうしようもありませんでしたね。それに、私が次に(つか)える御方(おかた)は決めています」

 とフェルナンドさんは、はにかみながら断っていた。仕える相手は順当に考えたらセフェリノさんだろうか。


「イザベルは?」


断る(パス)


「それは……残念だ」

 伯爵は本当に残念そうに肩を落とし、沈んだ声だった。





 彼らの試合を見てやる気を刺激された騎士団や自警団員が、自主的に腕試しを始めたのは自然なことだろう。皆、見たことを経験として吸収しようと躍起(やっき)になっている。


 フベルトさんは騎士団の騎兵たちとチームを組んでトーナメントを始め、ローマンさんは弓兵たちと弓の腕前を競っていた。


 木こりを始めとする観客たちは、それを見て盛り上がっている。

 広い伐採地はさながら武芸大会のようになっていった。






 見て回っていると、隅の方でフェルナンドさんとレオンさんが、剣と盾を構えて手合わせをしているのを見つけた。

 立ち会うふたりの間には糸が張り詰めたかのような緊張があったから、とても声は掛けられない。 


 先月末の暴動でふたりは戦ったと聞いている。わだかまりができていてもおかしくない。僕の頼みを聞いてくれたことが発端(ほったん)だから、責任を感じて胸が締め付けられる。




 日が暮れるまで、鋼がぶつかり合う音が野営地にこだましていた。

 

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