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ヘイト・アーマー ~Hate Armor~  作者: 山田擦過傷
2月 英雄と使徒
30/189

28話 ラグナル・ヘダン ~その3~

 


 音が消える――



 明滅(めいめつ)する火花は、幻覚ではない。



 剣が鎧に衝突(しょうとつ)し、飛散した鋼の欠片(かけら)が摩擦によって白熱した。




 衝撃に(あらが)えぬまま背中が地面に近づくと、夕暮れの赤に(まみ)れた空が見える。


 倒れた(かたき)に向かって斧を振り下ろさんとする父親は、理性を失い、獣のような怒りを(たぎ)らせ――


 僕を殺そうとしていた。






 僕の反応を置き去りにして肉薄したラグナルさんに斬られたのだと気付いたときには、目の前に斧が迫っている。


 最初の一撃で魔剣からは手を放してしまった。


 起き上がらなければと防御しなければで、曖昧(あいまい)な格好になった両腕に幾度(いくど)となく刃先が叩きつけられる。


 痛みこそないが、腕の芯まで衝撃と共に怖気(おぞけ)が入ってくる。


 このままやられっぱなしでは、彼の矛先(ほこさき)が僕を背にしている勘治先生たちに向きかねない。


 腕の防御を解き、鎖骨あたりに斧が叩き込まれたタイミングで、()を両手で押さえて腹を蹴り上げる。


 ラグナルさんは斧を手放し、たたらを踏んで後ずさるが、倒れない。




 やはりラグナルさんは強い。


 才能(レガロ)を破壊されて身体能力の強化が無くなり、体調が悪いはずなのに、繰り出される一撃一撃が重い。




 素早く起き上がると、地面から漆黒の杭が生え、僕とラグナルさんを取り囲むように円形の闘技場(ケージ)ができつつある。


 メサさんが魔法で隔離(かくり)してくれたのだ。


 視界を(さえぎ)るほどではないが、これで簡単には邪魔できない。




 一昨日(おととい)詳細や役割を決めるために、もう一度テアちゃんを含めて集合し、話をした。


 大勢人が残っている侵攻作戦後に凶行を起こす以上、誰が止めに入るか分からない。それどころか、ラグナルさんを(した)っているレオンさんや木こり達に私刑(リンチ)にされても何もおかしくないのだ。


 皆は杭の外で、僕とラグナルさんに誰も近づけないように守ってくれている。こんな異常事態だから、どう言い訳をしたところで戦闘になるだろう。



 地面に横たわるテアちゃんの小さな身体は、枝葉が(ほど)けるように崩れ始めている。



 早くラグナルさんを倒して、テアちゃんの祈りに(こた)えなければ。




 姿勢を低くし、全力で地面を蹴って突撃(チャージ)する。


 降りかかる剣の一撃を左腕で防ぎつつ、右腕で相手の足を取り肩で杭に押し付ける。すかさず前腕を首に押し付けて圧迫した。


 このままラグナルさんを消耗させて――



「なぜ殺した」


「?」

 肩で息をするラグナルさんが問いを発する。



「なぜテアを殺したッ!」

 あなたの呪いを解くためだとか、テアちゃんの頼みだとか、そんなことを今の彼に言い聞かせても意味などない。

 娘だと思っている存在を殺されて、納得できる答えなど無いだろうから。


 それならば……



「あなたに娘が死ぬところを見せたかったからだ」

 できるだけ淡々(たんたん)と答える。


 彼の呼吸が荒くなっていき――


 咆哮(ほうこう)――



 腕を払いのけられ、大上段からの斬撃を受ける。屈んだ背中に幾度となく剣が打ち付けられる。


 衝撃に耐えられないのか、避けようとしているのか、自分でもわからないまま後ずさる。


 次々と打ち込まれる斬撃を腕で防御するが、受け止めきれずに身体が曲がってしまう。



 身体を丸めて衝撃を(しの)ぎ、顎を狙い右腕で思い切り裏拳を放った。相手の腕に阻まれて思ったところには当たらなかったが、剣が宙に舞う。




 ここからはお互い素手だ。


 顔面に向かって拳を放つ。人と殴り合いなどしたことがないから、大して威力があるとは思えない。


 三度目のパンチを避けられ、強烈なラリアットをもらう。丸太のような腕から放たれた一撃が自分の身体を宙に浮かす。


 立ち上がろうとすると蹴りを喰らって防がれた。転がって距離を取り、その勢いで立ち上がる。




「テアちゃんが教えてくれた。あなたの娘が死んだのは3年も前だろ。いい加減に子離れしたらどうだ!」


 戦いながらラグナルさんに何度でも言う。

 お前の娘は死んだのだ、と。


 今日この時を選んだのもそのためだ。

 皆が見ている中で、正々堂々とテアちゃんを殺す。言い逃れできないように。何かの間違いではないと証明するために。


 彼が目を覚ますまで、何度でも現実を叩きつける。


 彼にとって都合のいい世界は、完膚(かんぷ)なきまでに叩き壊す。




 慟哭(どうこく)と共に強烈な殴打(フック)が飛んでくる。体勢を崩した身体にボディブローの連撃が腹に()じ込まれ、身体が浮く。


 痛みはないが、身体が重くなっているような感覚がある。


 このまま喰らい続けたら、動けなくなるかもしれない。



 拳を固めラグナルさんの(ほお)を打つ。もう一歩踏み込み、逆の(ひじ)で顎に向かってエルボーを放った。


 直撃とはいかないが、ラグナルさんの巨体が大きく揺れる。





「お前に何が分かる……!?」


 大腿(だいたい)を踏みつけられて体勢を崩された。


 (たま)らず膝を着くと間髪入(かんぱつい)れずにブーツのつま先が迫る。

 鎧の面を蹴り上げらて仰向(あおむけ)けに倒された。



「やっとの思いで授かったんだ!」

 マウントポジションを取られ、激情で震えた声と共に拳を叩き込まれる。


 首根っこを押さえつけられ立ち上がれない。ラグナルさんの腹を拳で打つが、痛みが麻痺(まひ)しているのか()いていないように見える。



「あの子は私の全てだった!」



 何度も硬い鎧を殴ったせいで、拳の皮は破れ、血みどろになっている。それなのに彼は殴るのを止めない。



「何で私達より先に逝かなきゃいけない!」



 歯を食いしばり、苦痛に歪んだ表情を見せているが、拳の痛みが原因ではないのだろう。

 繰り返される(うら)(ごと)に、段々と苛苛(いらいら)してくる。


 倒さなければ、という義務感が、怒りに変わっていく。



「何があっても守ると誓ったのに!」



 親が子を心配するのは分かる。子供はアホで弱い生き物だから。

 守らなければと思えるし、そこには愛だってあるのだろう。


 だが、子の方だって親が自分をどう思ってるかくらい感じている。


 自分がいなくなったら、自分を想っている親はどうなるのか。

 あれだけ自分を心配した親はどんな顔をするのか。


 想像はつく。泣くのだろう。絶望するのだろう。



 やめてほしい。

 迷惑だ。そんな反応をされたら、こっちだって心配で離れられない。


 自分のことなどさっさと忘れて、楽しく生きればいいのに。



「ずっと一緒にいたかった……」



 自分の脳に、濁流のように怒りが押し寄せる。


 テアちゃんはラグナルさんに前へと進んでほしかった。


 なのにどうだ?

 ラグナルさんはいつまでも娘のことを忘れられず、娘といられる夢の中から出てこようとしない。


 いざたたき起こされようとすると、絶望した顔をする。

 "テア"は両親の笑顔が好きだと言っていた。この人はそれを忘れてしまったのか?


 ずうっとそうやって葬式みたいな顔をされたら、逝きたくても逝けない。



 ぶん殴る。"テア"の代わりに、僕が出会ったテアちゃんの代わりに。

 夢から覚めろと、いい加減家に帰れと。



「あの子がいない世界など耐えられない……」



 彼の感情を受けて自分の中に生まれた言葉は、最悪だった。

 こんなこと、子を(うしな)った親に言っていいはずがない。

 長い間努力した親に言うべき台詞(せりふ)では断じてない。

 その娘を殺した僕に、言われていい言葉ではない。


 そう分かっているのに、両腕は勝手に彼の襟首(えりくび)を掴み、口走っていた。



「ガキなんてまた作りゃいいでしょう?」



 ラグナルさんは化け物を見るかのような顔をして固まった。

 その隙に全力で顔面を殴打し、馬乗りになっている身体を蹴り上げる。



 よろめくラグナルさんに接近し、何度も殴る。


 杭まで追い込んだところで――


 拳が空を切った――


 怒髪天(どはつてん)()いたラグナルさんの顔が視界の(はし)に映った瞬間、浮いた右腕を取られて振り回され、勢いよく身体を杭に叩きつけられる。


 完全に関節を()められた腕から軋む音が鳴り出し、まずい、と思った時――


 鈍い音が身体中に響いた。


 倒れこむようにして何とか振りほどき、立ち上がると、


 右腕の感触が無くなっている。肩から()れ下がった右腕には力が入らず、ピクリとも動かない。


 関節を破壊された。


 ずぶ濡れになり、水分を含んだ衣類を着ているように、身体が重い。




 ラグナルさんはこちらに殺意を()めた視線を向けてくるが、その目は虚ろだ。

 肩を激しく上下させて息をし、呼吸するたびに口から泡を吹きだしている。


 侵攻作戦で魔物と戦い、レガロを破壊されて衰弱し、精神を削りながら殴り合った。


 彼ももう限界なのだろう。



 テアちゃんの身体と離れた首は、崩れてしまって人の形を成さなくなっている。今はまるで、小さな森のようだ。


 これで終わらせはしない。まだ僕には言いたいことがある。




「テアちゃんに申し訳ないと思わないんですか?」


「お前が言うなッ!」

 お互い覚束(おぼつか)ない足取りで歩き、距離を縮める。

 動く左腕に力を()め、巨体を殴る。ラグナルさんも身体に残った力を集めるようにして、僕を殴る。





 僕はこの2か月間、皆と過ごせて楽しかった。


 ノエミさんの家で薪割りをしたり、アイシャさんと教授とお祭りを見たり、フベルトさんと一緒に家路(いえじ)についたり、アントニオさんやローマンさんに気遣(きづか)ってもらったり、勘治先生と肩を並べて戦ったり。


 魔物のせいで嫌な思いもしたが、この世界での暮らしを好意的に受け止めていた。

 だが、1年間ずっとラグナルさんを心配していたテアちゃんには、僕と同じような楽しみは与えられなかった。



「あなたが不甲斐(ふがい)ないから!テアちゃんは"テア"になるしかなかった!」

 人間だからとか才能(レガロ)だからではない、テアちゃんはラグナルさんを信頼していた。



「あなたが始めから現実を見ていれば!テアちゃんの1年は違うものだった!」

 テアちゃんは頭を悩ませ続けたのだ、どうしたら主人が現実を見てくれるのか。

 


「あなたの娘なんかじゃなくて!あなたを気遣うひとりとして楽しみを分かち合えたのに!」

 どうしようもなくなって、こんな手段を取らざるを得なかった。他に考えつかなかった。



「あなたがそうやって辛気臭(しんきくさ)い顔でテアちゃんに執着してるから!テアちゃんはあなたが心配でどこにもいけない!」

 何が、テアは呪われてしまった、だ。ふざけるな。


 ふらふらとするラグナルさんの顔面に、拳を叩き込む。




「子供に、親の顔色を(うかが)わせるな!」


 相手の手首を掴み、強引に引き寄せる。


 頭を思い切り振って、鎧の面を鼻梁(びりょう)にめり込ませた。


 弱った足腰が衝撃に耐えられず、巨体が仰向けに倒れる。




 ラグナルさんに馬乗りになり、左腕で襟首を掴んで引き上げ、目を合わせて絶叫する。


「テアちゃん呪ってンのは――お前だあぁ!!」


 眼前の顔は、鼻血と涙に塗れている。



 ラグナルさんの身体からは力が抜けて、もう拳がくることはなかった。




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