23話 ヒルとアルバイト ~その2~
やはり、安請け合いだったのだ。
「大人しくしてろよ」
「ぐえ」
ヒルさんの頼みを断れなかった僕は、街に程近い廃屋のひとつで、複数人からの暴行をたっぷりと受けたあと、手足をロープで拘束され、地下室に投げ捨てられて芋虫のようになっている。
いや、階段から落とされようが、悪人面の人たちから一方的に殴られようが、呪いの鎧は変わらず身体を保護しているから痛みや怪我は無い。
無いのだが……消耗する。主に心が。
何も話しかけただけで、こんなにぶたなくてもいいのに……
放り込まれた地下室は石造りで薄暗い。しばらく使われていないようで埃っぽく、決して快適ではない。確認できる光源は燭台に置かれたろうそくがひとつだけだ。
何故こんなところでゴミ袋のような扱いをされているのだろうか?
――ヒルさんの説明を思い出す。
「死の舞灯、ラロの才能だ。見た目は小さな棒切れだが、着火すれば辺りを火の海にできる。これを隠し持って盗賊に捕まってくれ。
で、奴らのアジトに入ったら、どうにかして着火。ボヤ騒ぎを起こせるはずだ。
それを合図にして俺たち自警団が突入。火事場泥棒みたいに人質を救出する」
とある商人が荷を運んでいる途中で盗賊に攫われ、身代金の要求が商会宛てに来たのが数日前。商会は自警団に人質の救出を依頼した。
ちょうど暇だった僕は不死性を買われて、捕まっているであろう商人の男性を助けて欲しいと頼まれてしまった。断り切れなかったのだ。
「名付けてヘイト・バスター作戦だ。ハハハ」とヒルさんは言っていた。その作戦名だとやられるのは僕ではないだろうか?
……まあ、精神衛生を犠牲にして盗賊のアジトに入るところまでは来たので、あとは僕が合図(自爆)すれば、包囲している自警団の皆さんが突入してくるはずだ。
それで宿に帰ることができるだろう。
死の舞灯は面のスリットから中に入れて隠してある。頬に魔物を丸焼きにできるマッチ棒型焼夷弾の感触が伝わってきて、げんなりした。
顔を下に向けて、何度も頷くような動きをする。何とか面のスリットから出さなければ――
「よし、出せた」
「君は?生きているのか……」
「ヒッ」
デスマッチが石の床に落ちたのと同時に、か細い声が聞こえてびっくりしてしまう。地下室は薄暗いから気付かなかったが、どうやら人質の男性も同じ場所に捕らえられているようだ。生きているようで安心する。
「あ、助けに来ました」
「そうは見えんが……」
仰る通りだろう。僕も彼と一緒でロープでぐるぐる巻きになって身動きが取れないのだ。これで助けに来たとは片腹痛い。
「ぼ、僕は使徒です。もう少しで自警団の皆さんも来ますから、それまでご辛抱してください。怪我はありますか?」
「使徒様?本当に?ああ主よ、感謝します。
――怪我はありますが、商隊の護衛は殺されちまった。それと比べたら大したことはありません」
「そう、ですか」
男性の声は今にも消え入りそうだ。酷い状況だったのだろう。盗賊の皆さんには悪いが、できるだけ早く火事を起こして助けなければ。
手探りでデスマッチを拾ったところで気付く。
火力は抑え目にしてある、とラロさんは言っていたが、この人が炎に巻き込まれたら作戦は失敗なんじゃないだろうか。
僕が盾になって爆風や破片から守ったとして、この閉塞感のある地下室では酸欠の恐れもありそうだ。
どうするべきか……
「おい、黒いの。来い」
しばらくまごまごしていると、上の方から声をかけられた。すぐに悪人面の不衛生な男性が3人降りてきて、縛られている僕を一階の部屋まで引きずっていく。
連れて行かれた部屋は立派なものだ。廃屋と言っても正式な家主が居ないだけで、今の住人は我が物顔でここを住処にしているのだから当然か。
石材と木材を使った二階建ての家屋は、月日を感じるものの軋んだりしないし、家財も物資も食料も、配置は乱雑だが十分な量がある。
僕が普段暮らしている宿よりも上等だろう。この家も略奪品のひとつなのだろうか。
僕は縛られたまま毛皮の上に正座している。お奉行様の沙汰を待つ罪人のようだ。
煌々と火が焚かれた暖炉のそばには、大柄な髭面の男がどっしりと椅子に座ってこちらを見ている。
「ボス、連れてきました」
この男が盗賊のボスなのだろう。勘治先生やラグナルさんほどではないが威圧感を感じる。
「で、何しに来たって?」
盗賊のボス氏が意地悪そうに笑いながら聞いてきた。歪んだ口元からは歯が何本か無いのが見える。
「――ええと、人質を助けに?」
僕の返答を聞いたボス氏が笑い出すと、釣られたように周りを囲んでいる盗賊の皆さんも笑い出す。
「お前ひとりでか?」
「まあ、使徒なので……何とかなるかと……」
「ハッ。笑い死にさせるつもりか、賢い作戦だ。それだけ賢いのに、俺たち蜂盗賊団に殺されることは想像できなかったのか?」
そう言ってボス氏は手下たちとまた笑い出す。どのあたりが笑いどころなのだろう。僕も一緒になって笑った方がいいのだろうか?
「おい。何か言えよ。今更怖くなっちまったのか?若い時は自分が無謀なことをしているのに気づかないもんだからな。分かるぜ――」
ボス氏は勝ち誇った顔をしながら自らの半生を語り出した。
若い時に奴隷として売られたこと、自分の主人を殺害して逃げ出したこと、黒い森の近くに潜んで追っ手をやり過ごしたこと、同じようなはぐれ者を集めて盗賊団を組織したこと、時に慎重に、時に危険を顧みない仕事をこなして徐々に組織を大きくしていったこと――
至極どうでもいいので今のうちにデスマッチを擦ってしまおう。ここなら地下室にいる商人の男性に被害が出ないはずだ。
ガントレットの掌にある滑り止めにこすり付けてみるが、何も起こらない。
ストライカーを使わなくても着火できるマッチがあるらしいが、縛られている上にレガロだからか、思い通りにならない。
「使徒を殺したとなりゃ別の盗賊共も黙るだろう。俺たちはお前も足がかりにしてもっとデカくなる。感謝するぜ」
もうちょっと力が入るように――
もう少し勢いよく擦れば――
「てめえ!何やってる!」
しまった……見つかった。ばれないようにしたのに……
盗賊のひとりが僕の手からデスマッチをひったくり、ボス氏に手渡す。
「こんな棒切れで何するつもりだったんだ?」
ボス氏は余裕綽々といった様子で話しかけてくる。
「か、返して下さいッ!大事な物なんです!」
つい焦ってそう叫んでしまった。
馬鹿か僕は、そんな風に言って返してもらえるはずがない。放り捨てられてしまったら本当に手詰まりだ。
「大事な物、ねえ。そうは見えねえが……」
金目の物には見えなかったのだろう。ボス氏は興味なさげに小指大の棒を眺めると。輪を掛けて意地悪そうに口元を歪め――
デスマッチを暖炉に投げ捨てた――
「あ」
阿鼻叫喚だった。
デスマッチを飲み込んだ暖炉は火炎放射器のように炎を吐き出し、大量の可燃物に火を付けると、一瞬で廃屋は火事になった。盗賊の皆さんは、何が起きたのか理解できないまま武器を投げ捨て、悲鳴をあげて逃げ出す。
熱を一切感じなかった僕は、手近な炎に飛び込んでロープを焼き切ると、突入してきたヒルさん、レオンさんと一緒に人質を救出した。
這う這うの体で外に出ると、非武装で散り散りになっていく盗賊の皆さんを、統率された完全武装の自警団が次々とひっ捕らえていく光景が広がっていた。
僕をタコ殴りにした盗賊の皆さんを、自警団が気の毒なくらいタコ殴りにして連行していく。
もうやめてくれ、もう殴らないでくれ、は一生分聞いた気がする。
暖炉に最も近かったボス氏は、全身に火傷を負いながらも生きていた。
部下に肩を借りて避難したあと例に漏れずしこたま殴られ、自警団に罵倒されながら、黒く煤けた顔を涙でぐしゃぐしゃにして歩いている。
涙の理由は身体の痛みか、組織も財産も夢も灰にされた喪失感からか――
足を引きずって連行されていく後ろ姿には哀愁を感じる。
盗賊のアジトはめらめらと燃え、長い時間大きな篝火のように空をオレンジ色に照らしていた。
「ここまで上手くいくと思わなかった。感心したよ、ヘイト。こういうの初めてだろ?」
後処理をする自警団を見ながら、僕たちは休憩をとっている。仕事が上手く行ったヒルさんはかなり上機嫌だ。
「まあ、はい。最初で最後にしたいです……ちなみに僕が失敗していたらどうなっていたんですか?」
「デスマッチ付きの火矢を打ち込んで、火災を起こしたらあとは同じだ。ま、そうなってたら盗賊にも自警団の連中にも死者が出てただろうな」
「襲撃だと分かったら抵抗してくるだろうからね。人質も命を落としていたかもしれない。不意を突いたヘイトのファインプレーだ」
レオンさんも笑顔をみせて同意してくれる。
「ファインプレーは盗賊のボス氏です――商人さんは?」
「少し煙を吸ったが大丈夫だ。ウチの連中が応急手当をして、教会に連れて行く。お前に感謝してたよ」
「そうですか。良かった――この辺りはこういった犯罪が多いんですか?」
「あるにはあったが、多くは無かった……だが最近はここいらもきな臭くなってきた。12年前みたいだ」
ヒルさんはやれやれとでも言いたそうだ。
「12年前?前王が失脚したって話か?」
とラロさんが聞く。
「ああ、あの頃の王都は酷くてさ。王を失脚させるために謎の地下組織が暗躍してるとか、妙な噂を信じてる奴が多かった。
他人は犯罪者、みたいな雰囲気があったから仕事がやりづらくなってティリヤに移ってきたんだ」
「ティリヤでも得体の知れない殺人の話を聞くことが多いね。気味が悪いよ」
レオンさんが悲痛な表情で言う。
僕もこの世界に来た時にも巻き込まれた。広場に突っ込む馬車。襲ってくる魔物。頭の無い御者――
「犯罪に魔物に使徒。問題が多いから領主は虫の居所が悪い」
ラロさんが苦笑いしながら言う。
「使徒?ああ、そうか。ラグナルは今月か?」
ヒルさんが思いついたように言うと、ラロさんは意味ありげに頷いている。どういった意味だろう。
「ん?」
「ヘイトは知らないか。ラグナルは今月送還なんだよ。もうすぐ彼の送還祭だ。
ラロは来月だったか?」
分かっていない僕の様子を察したのか、レオンさんが説明してくれる。
そうだ、とラロさんも言葉を返す。
一年間この世界で暮らした使徒は、元の世界へと送還される。
ラグナルさんは今月で一年経つのか……
ラロさんも来月で元の世界に帰ってしまうらしい。
「ラグナルは強かったからなあ。来月はあいつ無しで侵攻作戦か。そりゃセフェリノも不安だろ」
「そのことなんだが――」
レオンさんはいつもの笑顔を消し、話しづらそうに口を開いた。
「――先月くらいからラグナルの様子がおかしい……テアを連れて教会によく通うようになった。何か聞いていないか?」
「いや、何も。送還祭の準備か孤児院じゃないのか?ラグナルが帰ったあと、テアを預けられるように。テアは孤児かなんかだろ?」
「確かに。私がこの世界に召喚された時には、テアはラグナルと暮らしていた。彼女の保護者を見たことは無いから、私もそう思ったんだが……」
「違うのか」
「ああ――聞いてみたんだ。だが『テアが呪われてしまった』と答えるばかりで、詳しく話してくれない」
「呪い、ね。根絶作戦の時は普通に見えたが違ったのか……レオンが一番ラグナルと付き合い長いだろ。お前の方こそ何か心当たりはないのか?」
「二人のことはよく知らないんだ。いつもラグナルはその話題を避けていたから。
今のラグナルは、なんだか危うく見える。張り詰めた風船みたいに。
――私はなんだか恐ろしいよ。何か起こりそうな、嫌な予感がする」
レオンさんの呟きを誰も否定できないまま、その日は解散になった。
馬車でいつもの宿に帰ると見慣れた面子が揃っていた。僕も一緒のテーブルに着き、ここ二日間、ヒルさんとした仕事のことを話す。
盗賊のボス氏がデスマッチを暖炉に投げ込んだ辺りは、ウケが良かったように思う。
皿の料理が空になる頃、
「使徒の皆さんにお客さんですぜ」と酔ったおじさんが声を掛けてきた。
そちらに目を向けると、千鳥足で歩くおじさんに小柄な影が付き添っている。
「あれ?テアちゃん?」
「皆様、夜分遅くに失礼致します。同席させて頂いてもよろしいでしょうか?」
突然の訪問客はテアちゃんだった。妙に真剣な、決心をしたような表情が気になった。先ほどレオンさんが話した内容が思い出される。テアちゃんが呪われてしまった、と。
「もちろん!
何かジュースを頼むよ!おいヘイト、席を譲れよ」
「ああ、はい」
アントニオさんは女将さんに飲み物を注文すると、椅子が人数分しかないから僕を立たせてテアちゃんを座らせる。
僕は居場所がなくなってしまったので、彼女の真後ろに立った。
ふと視線を下げると、正面をむくテアちゃんの白いうなじが目に入る。何故だか見てはいけないものを見た気がして、顔をそむけた。
「今日はラグナルと一緒じゃないんだ。どうかしたかい?」
「はい、実は――
皆様に、お話があるのです」