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ヘイト・アーマー ~Hate Armor~  作者: 山田擦過傷
2月 英雄と使徒
20/189

18話 メサと魔法と呪われた英雄 ~その1~

 


 この街の夜は、暗い。


 街灯や家屋から漏れる灯りが、星の光のように地上を埋め尽くす現代と違って、夜になると濃密な闇がこの(ティリヤ)を包んでしまう。今夜のように月光を雨雲が隠してしまえば、もう外は人間の支配下ではない。



 夜になれば宿を取るしかないから、夕暮れが近づくにつれ、宿代を惜しむ人たちが宴会場を後にしていった。途中から雨も降り始めたので、なおさらだろう。


 皆、明るい雰囲気とアルコールの余韻を残しながら、笑顔でそれぞれの家に帰っていった。


 アイシャさんとエルザさんも遅くなる前に教会に戻った。使徒の皆と遅くまで一緒にいた僕は、金の鹿(シエルヴォ・ドラド)の二階に部屋を取り、一人で椅子に座っている。


 雨音だけが空気を揺らす部屋で、仄かに灯るろうそくの火を、ぼうっと眺めていると、あの心地良い乱痴気騒ぎを思い出して、少しだけ寂しさを覚えた。



 風と共に雨粒が窓に当たっているのが聞こえる。



 円形のガラスを組み合わせた嵌め殺しの窓からは闇しか見えない。まあこの部屋の窓は曇りガラスのようになっているので、昼間でも外の景色は明瞭に見えないだろうが。


 ――ガラスは珪砂や石灰石のほかに、木を燃やした灰も材料になるというのだから驚きだ。


 そう言えば教会の窓には、向こう側がちゃんと見える立派な板ガラスが使われていた。この宿と教会で技術に開きがあるように感じる。過去にガラス職人の使徒でも来ていたのだろうか?



 ざあ、ざあ、という音だけが、激しい雨が降っていることを伝えてくる。



 睡眠が取れないのは変わらない。暗くなってから部屋でバタバタするのは迷惑だろうし、身体も満足に動かせない。こうなるとどうにも退屈なので、夜は目を瞑って未だ不明瞭な記憶を探るのが癖になっていた。


 何より、集中していると時間が速く過ぎていく。


 シェイブと呼ばれた化け物に潰されてから、少し記憶が戻っていることに気付いた。大きな外傷や衝撃で記憶が飛ぶことはあると聞いたことがあるが、これでは逆だな、と自分のへんてこな身体に自嘲してしまう。



 今日もろうそくを消して、と――



 その時、ドアをノックする音が聞こえた。



 こんな時間に、誰だろう?

 部屋に入るまで肩を貸してくれた、アントニオさんやローマンさん辺りが、忘れ物でもしたのだろうか?



「――はい」

 と言って引き戸を開けると――










 ずぶ濡れの男が立っている。










 突然のことに声も出せず、足を引きづりながら、数歩後ろに後ずさる。



 戦慄していると女性の声が聞こえた。

「夜分遅くに大変申し訳ございません。ヘイト様。お話をさせて頂きたく、失礼を承知でお邪魔致しました」



 恐怖で身体が痺れている。目線を動かしてやっと、雨でずぶ濡れの外套を着た、男女の二人組が訪ねてきたのだと分かった。男性の方は()()男では無い。



「入っても……?」


 はい、と恐怖の余韻を残したまま、かすれた声を出す。


 来訪者は身長差で凸凹しているように見える。いや、女性の背丈は僕と同じくらいだ。男性の身長が、屈まないとドアから入れないくらいに高いのだ。


 背の高い男性が女性の外套を丁寧に脱がせ、コートラックに掛けた後、自分の外套を掛けた。

 雨に濡れた、地味な色の外套を脱いで貰ってやっと、僕は平常心を取り戻し始める。



「こんばんは。お会いするのは二度目ですね」

 女性は柔らかい声色で言うが、思い当たる節は無い。僕の反応を見て察したのか言葉を続ける。


「忘れているのは当然です。初めにお会いしたときは一か月前でしたし、あの時は直接お話はしませんでしたから……」


 燭台の灯りに女性の顔が照らされて、ようやく――


「あぁ、セフェリノさんと一緒にいた……」


「はい――メサ、と申します」


 僕が呪いの鎧を身に着けた次の日に、領主のセフェリノさんと一緒にいた女性だ、確か彼の補佐をしているのだと。

 もう一人の男性は、知らないひとだと思う。



「ど、ど、どうぞ、座ってください」


 僕が着席を促すと二人は椅子に腰かける。


「改めて、私はメサ。領主の補佐をしております。そしてこちらが、フェルナンド様です」


 そう挨拶してくれる。部屋が薄暗いため良くは見えないが、メサさんは整った顔立ちをした、ロングヘアの女性だ。穏やかな眼差しをしている、と同時にその瞳から強い意志を感じる気がする。


 何故だろう。運命の女(ファム・ファタール)という単語が頭をよぎった。



 フェルナンドさんと紹介された男性は、しっかりとした骨格をしていて上背があるが、その全身に鬱々とした雰囲気を纏っている。彼は会ってからずっと押し黙ったままだが、挨拶もなく無礼だ、などとは感じない。


 ――何故か、


 ――きっと、彼が浮かべている表情のせいだろう。


 ――あれは人間が追い詰められ、余裕が無い時の表情だ。


 黒い森に残って戦い続けていた木こり達が浮かべていた表情によく似ている。彼に何か、これ以上を求めるべきでは無いと思ってしまう。



「今日は、どういった要件で……?」


「はい。……ヘイト様、少々失礼致します。鉄柵の悪魔よ、契約を履行する」


「?」

 メサさんは何か呟いた後、眉根を寄せて納得したような表情を作った。



「やはり――――単刀直入に申し上げます。ヘイト様にはフェルナンド様の代わりに()()()()()()()()()()





 予想だにしていない言葉に、完全に固まってしまった。フェルナンドさんは俯いてしまい、肩を震わせているように見える。


 返答に詰まる僕に対して、

 順を追って説明させてください、と言ってメサさんは話し始めた。



「先ず、先月末に行われた侵攻作戦についてです。先の作戦では多くの命が失われ、領主は心を痛めており――――


 いえ――やはり正直にお話します。


 先月の侵攻作戦では、特殊個体(エスペシャル)の出現報告が例月より多かったのです」



「特殊個体?」



「はい。"猟犬(サブエソ)"以外の魔物を総称してそう呼んでおります。一体でも脅威度が高く、サブエソと同時に出現することにより、対応を誤ると多大な被害が出てしまう危険な魔物です。


 "影像(ドッペル)"、"幽鬼(レイス)"、"餓鬼(ペタ)"などが確認されています。


 ヘイト様が戦われた、"人狼(シェイブ)"も特殊個体の一種です。


 先月の侵攻作戦では浅い地域までの侵攻にも関わらず、そうした特殊個体の報告が多かったのです」



 メサさんはひとつ呼吸をして。



「領主はこれを重く受け止めたようです。次の侵攻で前回と同程度、もしくはそれ以上の特殊個体が出現した場合、戦力の低下により来月の侵攻に差し障ると考えたのでしょうね。


 人手を増やすために、伝手をたどって、武力を持つ者たちに協力を取り付けたのです。

 ――使徒の皆様が気にされることではありませんが……商会の沽券に関わりますから、国会が横槍を入れた形にはしたくない。建前上は自主的な参加となります」



 メサさんは僕がそこまで理解できたかを確認すると、説明を続ける。



「ディマス伯爵の率いるディマス騎士団。


 王都付近で活動しているレネ傭兵団。


 などの皆様がこの街に集結する予定です。


 そして――

 前王の"宝剣"と呼ばれ、この国で英雄だった、フェルナンド様も」



「フェルナンドさんが……この国の……英雄?」


 メサさんの隣で項垂れている男性を見る。とても今の様子からは想像できない。

 前王、英雄だった、という言葉から察するに、地位や名誉を失ってしまい、それが彼を追い詰めたのか?



「はい。フェルナンド様は……はぁ、もう追いつかれた……

 ヘイト様、窓の方を()()()()()()()()()()()



「え?」

 そう言われ、つい窓の方を向いてしまい――


 すぐに顔をそむけた。



 なんだ、今のは、窓に、


 二階だぞ?

 そもそも夜だ。

 何かが見えるはずはない。


 いや、確かに()()


 窓の外から、部屋を覗く、



 白い女と目が合った。




「申し訳ございません。私の言い方が悪かった……あれは魔法使い達が"トールレディ"と呼ぶ魔法の一種。フェルナンド様に掛けられた、呪いです」 

 そうメサさんが説明してくれるが、頭に入ってこない。



 あり得ない。僕らが居る二階の部屋を覗くように、暗闇しか映さなかった窓の外に、白い女が立っている。

 幸か不幸か曇りガラスがその姿をぼかしていたものの、あれが人の顔だということは一目で分かる。


 明らかに、人間ではない。


 しかし人間に似ている分、その差異が不気味だ。


 目を逸らした今も、きっとその視線はこちらに注がれている。



「ご安心を、まだ入ってはこれません」

 と言いながら、メサさんは窓のカーテンを閉めてくれる。


「まだって……どういう……魔物が原因なんですか」



「魔物では無く、あれは人が特別な魔法を使った結果。


 通常の魔法は小麦や家畜の肉を代償として、悪魔と契約し、その力の一端を借りるもの。

 しかし、あれは契約者が自らの命を贄とすることで行使できる大魔法。そのひとつです。


 呪いの標的(ターゲット)になった者はトールレディに追われ続け、追いつかれた時、死に至ります。夜間は閉じられた建物の中にいる限り、ああして見ているだけです。


 ですが、魔法の行使から216日後には、どこにいようと必ず()()に殺されます」




 メサさんはまっすぐに僕を見据える。


「これまでにも手は尽くしました。逃れる方法はひとつだけ、他の誰かに呪いを移すしかない」



 ――雨足が、強くなったような気がする。



「なるほど。代わりに死んで欲しい、とはそう言うことなんですね……」


 フェルナンドさんに掛けられた呪いを、"呪いの鎧"を身に付けた僕が肩代わりすることで、死の運命から救う。化け物の一撃を耐えきったこの鎧なら、必殺の呪いを防げるかもしれない。



 メサさんは話しぶりからして、領主(セフェリノさん)の補佐という立場を使って、僕のことや魔法のこと、フェルナンドさんの状況などは調べられるのだろう。


 この場で最も情報を持っているメサさんでも、呪いを引き受けた僕が「確実に生き残れる」とは言えないのだ。


 窓の外に居る女は、それほどまでに危険な存在であり、死という単語を使って最悪そうなるというリスクを提示した。 



 ――それにしても、あまりに性格が悪い呪いだ。

 標的になった者は、あれに追いつかれないよう逃げ続け、夜は視線に怯えて、自分が助かるためには他の誰かを犠牲にしなくてはならない。 

 そんな恐怖と葛藤に塗れた日々を送っても、タイムリミットは決まっている。


 気を抜けば死ぬ、引きこもらなければ死ぬ、殺さなければ死ぬ、抵抗してもいずれは死ぬ。

 自身の終焉を見つめ続ける。訪れる216日後(運命の日)まで――



 メメント・モリ(死を想え)

 メメント・モリ(死を想え)

 メメント・モリ(死を想え)

 メメント・モリ(死を想え)



 そんな生活を送って、人はまともでいられるのか。

 きっと英雄と呼ばれた彼は、想像を絶する恐怖に立ち向かってきたのだろう。


 豊かなブロンドの髪は、随分前から手入れされていないようだ。姿勢と骨格は立派なものだが、鍛えられていたであろう肉体は萎えていて、造りの整った顔は憔悴しきっていて老人のように見える。



「……216日後って、いつになるんですか?」


「――明日、の夜です」


「そんな……」


 では、目の前にいるこのひとは、明日になれば――――



「ヘイト様、無理を承知で申し上げます。フェルナンド様を助けてください。こちらの方は国が誇る剣の使い手。呪いが解かれれば、必ず黒い森侵攻作戦において――」


「メサ様、もう、やめにしましょう。こんなこと。誰かを身代わりにするなど、それも使徒様にお願いすることではありません……私が引き受けた呪いなのです……私の命で終わらせるべきだ」


 フェルナンドさんが声を震わせながら、初めて言葉を発した。明日には死んでしまうかもしれないのに、他人の身を案じた言葉が出たことに、胸が苦しくなる。


 メサさんもフェルナンドさんも僕も、床に落ちている次の言葉を探すように、目線を下に向けてしまった。



 降り続ける雨の音が、沈黙の中で強く聞こえる。



 ――メサさんが嘘を言っている可能性もあるか?目的は?僕を陥れるため?

 いや、無いと思う。フェルナンドさんの状態は酷いものだ。とても演技だとは思えない。


 ――解呪の秘跡はどうだ?

 メサさんが知らないはずは無いし、あらゆる手は尽くしたと言っていた。


 ――初対面の相手を助けるために、自分がリスクを冒すのか?

 そんなのこれまでもやってきただろう。

 初めて猟犬(サブエソ)と戦った時もそうだ。

 人狼(シェイブ)に向かって行った時もそうだ。

 

 ――魔物の攻撃で生きていたところで、魔法に当たって無事で済むのか?

 何の保証も、無い。




 "――お前は連中の、鎧になってやればいい"


 先生の言葉を、思い出した。


 

 僕は宣言するように口を開く。

「やります」

 その言葉を聞いて、ハッと二人がこちらを見た。



 

 結果がどうなるか分からない。しかし、まごついていても破局を迎えるだけだ。

 彼らは、最後の手段として僕を頼って来たのだ。この僕を。


 自分にできること、自分にしかできないことがあるとするならば――



「フェルナンドさんの呪いを、引き受けましょう」



 ――それが僕のやるべきことのはずだ。





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