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ヘイト・アーマー ~Hate Armor~  作者: 山田擦過傷
12月 送還
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最終話 1月3日 いつの日か許し解けるまで

 


「ヘイト様――ヘイト様――」



 女性の声が聞こえる。


 暖かな陽光、鳥のさえずり、薄く木々の香りがする。


 座っている椅子から皮膚へ伝わる、ひんやりとした感触が心地良い。


「大丈夫ですか――」


 誰かが僕の肩を優しく揺さぶっている。重い(まぶた)をゆっくりと開けると、(まぶ)しい日の光が目に入って来た。


「ああ、良かった」


 僕の顔を(のぞ)き込むアイシャさんは安心したようにそう呟いた。彼女が振り向いた方向に目線を()ると、芝生の上で大勢が宴会しているのが見える。


 アイシャさんは手を振る。それに気が付いた皆がこちらへ近付いてきた。ぼやけた視界がだんだんとはっきりとして――


 彼ら彼女らが見知った顔だと気付く。

 よもや天国か、とも思ったが、ミックさんやダリアさんがいると言うことは違うのだろう。


 生きている。





 聖域だ。

 広い円形の芝生。中央には石造りの椅子が置かれ、使徒がひとりそこに座る。縁のあった者たちが使徒を囲み、賑やかに、しかしどこか寂し気に、1年間を振り返っている。


 この光景には既視感(きしかん)がある。


 送還、なのだろう。

 いよいよ僕の番が回って来たのか。


 これまでと違うところがあるとすれば、芝生のところどころが剥げていて、戦いの痕が残っていることと、見送りに来る人数が多すぎること。


 送還の時は人払いをかけるのではなかったか。そんな疑問を呟くと、

 送還祭ができませんでしたから、とアイシャさんは困り眉で笑った。


 主役である僕がぶっ倒れていた所為(せい)だ。別れを告げる機会を延期させて、特別に聖域で集まることを教会は許可してくれた。


 わざわざ集まってもらって、時間を取らせてしまって申し訳ない。


 ――いよいよ送還かあ。


 ――あっという間だった。


 使徒、魔女、(ティリヤ)の皆。思い思いに話しかけてくれるひとの中に、セフェリノさんたちの姿はない。あれだけ迷惑をかけたのだから、僕の顔など見たくはないだろう。


 皆、笑っている。

 この期に及んでお別れの実感が()かない。ちゃんと受け答えをしないと、そう思うのに、寝ぼけた回答しかできない。


 ――後は任せろ。


 ――寂しくなるなあ。


 今日で、これで、お別れなのだから。

 せめて差し出される手をしっかりと握って、目を合わせている時に気が付いた。


 メサさんの姿がない。

 悪い予感が頭をよぎって、身体が固まる。まさか、駄目だったのか。



 (ひげ)を蓄えた大柄な木こりが屈託(くったく)なく笑っている。目尻に涙が浮かべて。


 ――お前には何度も助けられた。 



 すぐに聞くことができなかった。

 皆は失敗したことを知られないように、僕が傷つかないようにしていると、そんな風に見えてくる。メサさんはもうこの世にいないのだと聞いてしまうのが恐い。


 知ってしまったら、自分を保てるか分からない。


 木こりは(そで)で荒っぽく目元を拭うと、


 忘れない、


 ありがとう、


 と。


 聞こう。結末を。

 このまま還って彼らを真実を隠させたままに……目の前の笑顔や涙まで嘘ではないと信じるために。


 ぐっと腹に力を込めて、(かす)れた声を出した。


「め、メサさんは?」


 皆は黙ってしまった。戸惑(とまど)いが見えて、それが答えのようで。今度こそ何も言えなくなった。



「ほら、なに恥ずかしがってんの!」


 ふ、と誰かが笑いを漏らした。

 やっと来たか、という呟きも。


 人垣がゆっくりと割れる。

 その先に見える馬車から誰か降りてくる。


 ふたりだ。

 イザベルさんと、黒いローブを纏った人物だった。フードを目深(まぶか)に被った人物は、どんな顔して、とか、何と言えば、とか、イザベルさんに何やら小さく抗議している。


「さっさと行きなさいよ」

 呆れ顔でイザベルさんはローブの背中を押した。


 顔は見えない。


 だが分かる。


 反射的に椅子から立ち上がろうとして、足が(もつ)れて転がった。芝生に顔を突っ込むと、草と土の匂いが鼻に入ってくる。


 顔を上げると、ローブの人物がためらいを捨てて駆け出していた。

 走るのに慣れていないのか、彼女も僕の目の前で転んでしまう。


 彼女が顔を上げて、フードが(めく)れた。


 白い肌に少しだけ乗ったそばかす、夕焼け色の髪は半分くらいに短くなってしまった。驚いたような表情のメサさんがそこにいる。


「ヘイト様、本当に、無理をして……」


 メサさんの唇が震えて涙で言葉が止まってしまったのを見て、こちらの目頭まで熱くなった。こみ上げてくる名前のない感情は止められず、頬をとめどない涙が流れる。


 彼女に抱き寄せられるがままに身体を預け、細い背中に腕を回して嗚咽(おえつ)を漏らした。


 それから何を話したのか、涙でずぶ濡れのみっともないところばかり見せてしまって。それでも。



 鼓動が伝わる。


 肌の冷たさも分かる。


 ふわりとカシスの香りがして。


 ただ、これで良かったのだと。


 呪いが解けたのだと思った。


 

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