178話 戦局は蠢く
「佐々木くん!?」
「遅いよ!ヘイト!」
ふたりの使徒は反攻に転じる。
円月輪、鉄球、戦棍、鞭、縄。螺良さんの才能、"幻日環"は5つの形態を切り替えながら聖騎士たちを襲う。
新体操の動きで振るわれるレガロの軌道は捉えどころがなく、防御をかいくぐって甲冑を凹ませていった。
螺良さんは軸足でくるりと回って斬撃を躱しながら、鞭に変わった幻日環を聖騎士の足首に巻き付けて転ばせる。
大暴れする螺良さんの方へ槍を持った聖騎士が踏み込み――赤い布が割って入った。
一瞬、はためく赤い布が螺良さんの姿を隠すと、巻き上げられた時には彼女は消えている。手品ではなく、襲いかかった聖騎士の視線が誘導されたのだ。
闘牛士に翻弄される牛のように。
身体のラインに沿う装飾的な"光の鎧"は、ダリアさんの闘牛士としての能力を拡張する。
聖騎士たちの攻撃はとにかくダリアさんに当たらず、彼女が持つエストックは甲冑の隙間に潜り込んで手傷を与える。
レガロを使うダリアさんの前では、誰しもが止めを待つ哀れな畜生でしかなくなる。
衝撃と共に視界が揺れた。
頭を剣の柄頭で殴られた。足に力を込めてバトルアクスを振るい、聖騎士の脛を攫う。
集中しなければ。
ふたりの戦う姿につい目を奪われてしまった。2人倒して今は4対8くらいか、僕の目の前には3人が刃を向けている。
聖騎士と戦うのは初めてだろう。セフェリノ騎士団と違ってバラツキがあるというか、体格や技術、装備に均一さはない。が、総じてしぶとい。
彼ら彼女らはいったい何発殴ったら倒れる。
「早めに押し切るぞ!」
ミックさんから檄が飛ぶ。
――文句言ってる場合じゃないか。
「やってやる」
力むと、鎧から枝葉が伸びた。
侵食するようにバトルアクスごと包み、兜からは角が生え、全体的により攻撃的な装飾が形成された。
その瞬間、ミックさんに絡んでいた1人と、螺良さんと戦っていた1人が僕の方に向かってくる。
合わせて5人が苛烈な攻撃を叩き込んでくるようになった。渾身の力でバトルアクスを振るい、聖騎士の刃を防ぐ。
「なッるほど……」
冷静さを感じない、なりふり構わない、憎たらしい奴に対する武器の振るい方、腕に感じる衝撃の重さにふと確信を持った。
この憎悪の鎧を着た者は、他者から敵と思われるのではないか。
戦闘に於いては敵全員から狙われるようになり、日常生活では味方から石を投げられる。あの悪魔らしい性格の悪い呪いの鎧。
なんかムカつくな、で済んでいるのは使徒には効き目が薄いからだろうか。
銃声と共に聖騎士が体勢を崩した。その隙を逃さずバトルアクスをフルスイングしてどてっ腹を打つ。
攻撃から逃れたことで自由になったミックさんの射撃精度が上がっている。
武器を振った後隙を見逃す相手ではない。鋭い槍の突きが肩に直撃した。痛みはないが体勢が崩れる。
「ヤバっ……」
追撃のメイスで殴られて地面に倒れてしまう。起き上がろうとしても滅多打ちにされて動けない。身体を丸めて耐えるのが精いっぱいだ。
この鎧はあの鎧ではない。おそらく殺されれば死ぬ。
何とか押し返さなければ、と目線を巡らせて、黒い影が過ぎった。ボロボロのローブが奔り、金属音とともに聖騎士が1人倒れる。
十字架のような特大剣が振るわれ、攻撃をもらった聖騎士は車に轢かれたように転がっていく。あれは、"信仰の剣"。
赤い刀身にルーン文字が刻まれた大剣が聖騎士の武器を粉々に割る。"審理者の剣"だ。
ということは――
「フェルナンドさん!」
「ヘイト様!」
2mを超す身体に黒い甲冑を着たフェルナンドさんは、木の密集した空間で巧みに二刀を振るい、聖騎士を下していく。
彼の加勢で形勢逆転した。
フェルナンドさんの一刀を受けた聖騎士は一撃で伸されていく。
人数の不利から脱した螺良さん、ダリアさんが聖騎士たちを戦闘不能に追い込み――静かになった。黒い甲冑に近づく。
「無事でよかった」
フェルナンドさんは面頬を開けて、ほっと息を吐く。
「自警団のチコ殿の手引きで脱獄できました。敵陣の後ろから奇襲できたのですが、セフェリノの首は取れませんでした」
フェルナンドさんは単騎で敵陣に突っ込んだと言う。
「よく突破できましたね……」
「不覚です。オーウェル騎士団長に阻まれました。申し訳ございません」
彼は悔しそうに頭を下げる。何に対しての謝罪なのだろうか。十二分に働いてくれているように思える。
「いえ、来てくれて心強いです」
フェルナンドさんはそれだけで救われたような表情を浮かべた。
ミックさんが呟く。
「まずいな。時間を使い過ぎた」
「え」
威嚇する猛獣のような顔のミックさんはショットガンに弾を込める手を速めていた。彼が警戒する方に目を向けると、無数の足音が聞こえる。
女性がひとり転がり込んできた。手足だけに鎧を付け、手には装飾的なレイピアを持っている。整った顔と絹糸のような金髪は、泥と血で汚れていた。
「イザベルさん?」
「やあ、ヘイト。来ると思ってたよ」
不敵に笑っているが消耗しているのは明らかだ。イザベルさんをここまで追い詰めるなんて、一体誰が。
「バースィルの奴、"王の曲剣"まで出してきやがった」
森から修道服の男性が現れる。
緩い生地の上から革鎧を着用し、手に持つ曲剣にはエメラルドの粒が散りばめられている。完全武装の神父。
「ヘイト様、魔女をお渡しください……」
そう言うバースィルさんの表情は暗い。
彼に続くように、セフェリノ騎士団を連れて馬上のセフェリノさんが姿を現した。オーウェル騎士団長が口取り縄を持っている。
「即刻、投降しなさい」
「諦めると思うか?」
命令口調のセフェリノさんに、ミックさんが言葉を返す。
そうですか、とこの地を預かる領主は諦めたように呟いて、
「聖遺物と魔法の使用を許可します。万難を排しなさい」
セフェリノ騎士団員たちは一斉に武装を変える。同じようなデザインだったのが、個々が特徴的な剣や槍へ。何やら呟いた騎士の手には、炎や雷が宿る。
今まではある意味、手を抜いていたのか。
半包囲する敵の中には、やっとのことで倒してきた騎士も混じっている。戦線に復帰できたと言うことは、傷を治したということだ。
つまり――――見つけた。
フベルトさんから貰った黒い防具を付けた騎士、軽そうな雰囲気のポーさん、真面目そうな顔つきのセロリオさん。
勝ち目が来てくれた。