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ヘイト・アーマー ~Hate Armor~  作者: 山田擦過傷
11月 メサ
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160話 魔女と星を見た夜

 


 昼時の"金の鹿(シエルヴォ・ドラド)"には思ったより客がおらず、入店してすぐテーブルに着くことができた。


 (ティリヤ)の中心にある立派な飲食店兼宿屋ではあるが、イベントごとのない日の昼食に高級店を使うのは宿泊客くらいか。


 いつも昼過ぎまでエンジンのかからない夜型人間のメサさんは、切り分けた鶏肉の煮込みをソースの中で泳がせ続けている。


「どうして顔出しちゃったんですか?隠れていた方が良かったんじゃ」

「ああ、昨日の?」


 (さら)われた少女を助けに行った時、メサさんは魔女狩りであるホプキンスの前に出て魔法を使った。うちひとり、禿頭の男はメサさんの方をしっかりと見ていたし、顔は憶えられてしまっただろう。


「鉄柵が破られるとは思わなかったので。でも半数は(つか)まえたのですから、もうおかしなことはできないでしょう」

「本当ですかねえ……」


 何となく安心できない。ホプキンスからは狂気というか狂信的というか、ある種の頑固さを感じた。手下が減ったからもうやめようか、なんてまともな考えをするだろうか。


 不安だ。


「やっぱり」

「?」

「ヘイト様が殴られているのを見て、我慢(がまん)できなかっただけかも」


 こちらを見て挑発するように笑っている、その顔を見て無性(むしょう)に恥ずかしくなった。赤くなっているであろう顔が、鎧の面で隠れていて良かった。



 しばらくして、旅装の女性がふたり店へと入ってきて、席に近付いてきた。顔を見るとフュールさんとオフィーリアさんだ。


 くたびれた様子で(かばん)を床に置いたふたりは、(みずか)ら椅子を引いてどかっと座った。メサさんが声をかける。


「早かったわね。それで?」

「……(おご)りでしょ?」

「もちろん」

「そうこなくちゃ!」


 フュールさんは店員にワインをボトルで頼むと、

「オフィと調べてきたけど、どうもカルバリオ領にはいないみたい」

「そうでしたか」


 メサさんはそっけなく答える。

「す、すみません。何の話でしたっけ?」


 オフィさんがこちらを向いて答えてくれる。

「メサの父親を探すって話でしょう?ここ数日、わたしとフュールで探していたの。成果はなかったけど」


「ヘイト様、カルバリオ領は南西にある大きな領地です。ティリヤ(ここ)と同じように、黒い森(ボステ・ネグロ)に接しています」

 メサさんが補足してくれた。


「な、なるほど。そこではなかったと」


 フュールさんは頬杖(ほおづえ)を着いて思案しながら、

「長いこと北方にいたキャンディスが知らなくて、メサはティリヤを調べてたんでしょ?」

「ええ。どちらもハズレでした」


「じゃあ、あとはルキイェの辺りかあ」

 南西にある領地でも、北の国でも、また、ティリヤでもない。次の候補として挙がるのが、そのルキイェ?とかいう場所だと。


「どこですか」

「大きな街よ。ここから東に300㎞?片道10日くらいかかるわあ」


「オフィの言う通り、途中の黒い森を避けて迂回(うかい)するとそのくらい。距離も問題だけど――」


 フュールさんの説明をメサさんが引き継いだ。僕を見る。


「ルキイェは別の国です」

「外国……」


「そう、国境越えの準備しとかないと」

 運ばれてきたワインをコップに並々と(そそ)ぎ、一気に(あお)ったフュールさんは面倒くさそうにそう言う。



身分証明書(パスポート)とか、あと入国書類とか?」

「勝手に入るに決まってる」


 密入国するのか。まあ、箒で空を飛べるフュールさんがいれば何とかなりそうな気がするが。


「では、午後は――」

 ワインボトルからざぶざぶとコップに注ぐふたりは、まさかまだ働かせるつもり?という目でメサさんを見ている。


「ハァ、私とヘイト様で買い物に行ってきます」

 メサさんはため息と共にそう言った。





 肌寒くなってきたのか、街の人々は厚手の服を着ている。

 しかし大広場に集まる商人たちは寒さなど関係ないかのように、商魂たくましく道行くひとたちに声を掛けていた。


「食料、衣類、日用品……馬の手配?ロバの方が……それからルキイェに詳しそうな……」


 相変わらず活気と露店があふれている大広場を、ぶつぶつと呟いているメサさんと歩く。

 ただ、露店を巡ってはいるものの、買い物自体はほとんどしていなかった。長旅の計画を立てるための情報収集をしている感じか。


 一通(ひととおり)り回り終わる頃にはすっかり暗くなっている。適当なレストランを見つけ、雑に設置されたテラス席に座り、夜空を見ると星が見えた。


「買い物、あんまりしませんでしたね」

「そうですね――出発は、来年の春頃でもいいかなと思いまして」


「へえ」

「分かりませんか?」


 メサさんが何を言いたいのか分からず生返事をすると、本気かコイツ、という目線を向けてくる。


「いいですか、ヘイト様。オフィーリアが言っていたように、ルキイェまでは片道で10日以上、向こうでの滞在を考えると、ティリヤに戻ってくるのに1か月はかかります」


「ああ」

 そういうことか。僕の送還のことを言っているのだ。


 この世界に召喚された使徒は1年間で元の世界へと還っていく。今まで同じ使徒を見送ってきたが、僕もその例に漏れず、2か月もしないうちに分かれを告げることになるだろう。


 この旅に付き合ってしまえば――


「東の黒い森を横断すればもっと早く移動できるでしょうが、そうするつもりはありません。まあ、"レター"から話を聞いた後、もう一度考えるつもりですし」


 夜でも喧騒(けんそう)が聞こえる。


 メサさんは何かに言い訳をするように、自分の手元を見ながら呟いている。


「1か月の旅行ですか。面白いかもしれませんね」


 最後の思い出に、メサさんたちとこの世界を見て回るのもいいだろう。そう思って言ったのだが。メサさんはきょとんとした顔を浮かべた後、ぶ、と噴き出した。


「フフ……話聞いてました?」

「え、なんで。そんな変なこと言いました?」


「いえ、いえ……」

 メサさんは文字通りお腹を抱えて笑っている。


「軽く言うものだから、私は悩んでたのに、馬鹿馬鹿しくなってしまって……」

 クックッと笑っている。こんなに笑っているのを見たのは初めてかもしれない。こっちは失言だったかと恥ずかしくて死にそうなのに。


「笑いのツボが分かりません」

 それでまた笑いだしてしまう。何か言う度に燃料を投下してしまうようなので、しばらく星空を見ていると、やっと収まってきたようだ。


「はーあ。面白い」

 メサさんは両手で身体を支えて、天を(あお)ぎ、星を見ている。


 もしも国の外に行くのだとしたら、この街で過ごす時間はあまりない。送還のことを考えると、もう二度と会わないであろう街の人々の顔が頭を()ぎる。


 悲しいような気もするが、死に別れるわけではない。どこかで元気にやっていると分かっているのは、やはり何かが違うのだろう。


「前にあったこと、憶えていますか?」

 唐突だ。


「どれですか?」

「トールレディ」

「あぁ。もちろん、覚えてます」


 僕が召喚されて1カ月経ったくらいのことだ。大魔法によって危機に陥っていたフェルナンドさんを助けるため、不死身の噂が立っていた僕の元にふたりが訪ねてきた。


 思えば、メサさんとまともに話したのはあの時が初めてだった。


「ヘイト様の方からフェルナンドにハグして、呪いを移されましたよね」


「そうでしたっけ?」


「覚えてないじゃないですか」

 またころころと笑っている。


 そうですねえ、と呟きながら思い返す。あの時も今と同じようにボロボロだった気がするし、同じように澄んだ夜空を見ていたような憶えがある。


「あ、メサさんに死んでくれ、って言われました」


 彼女は照れ笑いを浮かべて、

「いやあ、言っておかないと。断られると思っていましたし。使徒様の身に何かあったら、私たちの立場もなくなってしまいます」


「でも、やって良かったですよ。あれから色々とふたりには助けてもらいました」


 あの時断っていたら、失敗していたら、今のようにはなっていなかった。

 数秒の沈黙が返ってくる。


「……嬉しかったんですよ、フェルナンド様を救ってもらったこと。12年前、王都から連れ出してもらってから、何かと気にかけてくれていたので」


 12年前、王都であったクーデターから幼いメサさんを助けたのはフェルナンドさんだったのか。それで、ティリヤまで逃げ延びる過程で実の父親と離れてしまった。


「恩人だったんですね」

 はい、とメサさんは静かに答える。


「それで、ずっとヘイト様に伝えたかったことがありまして……」

「え」


 改まった様子に、なぜかドキッとしてしまう。が、


「お礼を言いたかったんです。あの時は助けてくれてありがとうございました」

「あ、あぁ」


 抜けた返事が出てしまった。僕は何を期待したんだか。鎧姿が固まって(ほお)けていたからか、


「どうしたんですか?」

「いや、えっと。どういたしまして」


 メサさんは楽しそうに目を細めた。

「夏頃にはフェルナンド様を連れて王都へ行かれましたよね。どうでしたか?」


「ブラックナイトさんですね」


「そうそう。ヘイト様に会わせる顔がないなんて言って――――」


 他愛のない会話を交わしながら夜は()けていく。


 ふと思う。


 旅の途中、広い荒野の真ん中でなら、高い建物に邪魔されず、もっと広い星空を一緒に見られるのだろうか。


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