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ヘイト・アーマー ~Hate Armor~  作者: 山田擦過傷
11月 メサ
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157話 11月3日 サバトは夜を超えたところに

 


 いつもの酒場で皆と夕飯を囲んでいる。

「オマールさん、(カエル)が魚の骨に乗って飛んでます」


 ふらふらと天井近くをどこかへ飛んで行く異形を見て、そう呟くと、シチューを口に運ぼうとしていた手が止まった。


 彼は表情筋を豊かに歪ませて(いぶか)しむと、

「日本式のジョークか?」

 と言う。


「お前のために言うんだけどよ、面白くねえぞ」

「じゃあ幻覚かあ」


 僕の見る幻覚をつまらない冗談として処理したオマールさんは、食事とお喋りを再開した。





 先月、銃で撃たれてから体調の不良が続いている。


 身体がずっしりと重いのと、あとは幻覚。時折、濁流が迫って来たり、苔に覆われた人型の怪物が(そば)にいたりする。


 自室で夜と幻覚とメサさんの寝顔を見ていると大変に居心地が悪いので、(もっぱ)ら最近の趣味は深夜徘徊(しんやはいかい)になっていた。


 真夜中の村を、松明(たいまつ)を持って彷徨(さまよ)う呪いの鎧となり、この世界にいられるのもあと2か月ほどか、と物思いに(ふけ)る。


 それにしても、今日のは特にひどい。


 (ほうき)で空を飛ぶ黒装束(くろしょうぞく)の女性や、足元で踊る(カニ)がいる。さっきの魚の骨と言い、今までの無理が(たた)ったのだろうか。いよいよヤキが回ったのかもしれない。


 思案(しあん)しながら歩いていると、暗闇の中に小柄な影を見つけた。向こうもこちらの視線に気が付いたようで、ぎょっとして逃げてしまう。


 子供だろうか。こんな深夜に。

「待って」


 逃げている者が待つわけがないのだが、影はすっ(ころ)んで、すぐに追いつくことができた。松明で照らすと、


「なんだ幻覚か」

 二足歩行する執事服を着た羊だった。パリッとした服は土埃(つちぼこり)(まみ)れてしまっていて、メェ、と悲しそうに鳴きながら(ひづめ)で汚れを払っている。


 幻だとしても可哀そうだったし、追いかけたのは僕なので一緒に土を払ってやっていると、


「ヘイト様?」

 うわあ、と間抜けな声を上げて後ろを見る。余所行(よそい)きの外套(がいとう)を纏ったメサさんが立っていた。いつもなら寝ている時間のはずだが。


「夜警ですか。いつもありがとうございます。何か見つけましたか?」

「えっと、これは……」


 メサさんに羊は見えていないのだ。つまり僕は屈んで夜闇を()でる変質者。恥ずかしくなって言い訳を頭の中から探すが、何も出てこない。


 メエ、と羊がメサさんに向かって鳴いた。メサさんはしっかりと僕の幻覚を見つめると、何回か(まばた)きをして、


「あら、ヘイト様にも見えているのですか」

 あっけからんとそう言った。





「ファンタジーだあ」

 まだ幻覚を見ているのだろうか。僕は今、箒に乗って夜空を飛んでいる。乗り心地は馬車よりずっと良い。


「3回目でしょ?確か」

 前に乗っているフュールさんがそう言う。王都でもこうして乗せてもらったっけか。


夜宴(サバト)が始まるんですよ」

 隣を飛ぶもう一本の箒には、メサさんと羊がベンチに腰掛けるようにして乗っている。


「ヘイト様が見た幻覚――カエルやカニは本来、魔法使いにしか見えません。サバトが始まる時の合図ですので」


 そして(かれ)が知らせに来たということは、とメサさんはちょこんと座っている羊の頭を()でる。


「緊急招集、というわけですね」

「そう言って、いつも大した用事じゃないでしょうよ」


 フュールさんが(あき)れ混じりに言った。すっ、と高度が下がり、地面が近づいてくる。


 ここがサバトの会場、と呼んだらいいのか。夢のような光景だ。ちなみに悪夢。


 まばらに低木が生えているだけの荒れ地に、次々と怪しい風体(ふうてい)の男女が降りていく。篝火(かがりび)()かれた荒れ地の中心には数人の魔法使いが集まっていて、立派な悪魔の像が土から生えてきていた。


「キャンディスとオフィ――と、あと誰だろ?」

 ふたりは僕らより早く到着したようだ。オフィーリアさんとキャンディスさんは――男4人に絡まれ、毅然(きぜん)とした態度で話しているように見える。


「お、着いた。ヘイトもいるンだ。ねえ、こいつら追い払ってよ」


 キャンディスさんは毒蛇を右腕に絡ませて、汚物を見るような眼を男たちへ向けている。男のうち若いひとりが、眉根に寄せた(しわ)を一層深くして、


「魔女狩りに好き勝手させていいのかよ」

「群れるのも戦うのも勝手にして」


「"秘密"の魔女、オフィーリア。あんたがいれば連中を全滅させられる」

「火に油を注ぐだけね」


「お前らのためでもあるんだぞ。何で分からねえんだ」

「ホントはね。ザコに関わりたくないの。あなたたちのことを言ってるのよ?」


 男たちの額に青筋が立つ。

 一触即発(いっしょくそくはつ)、と言ったところか。相手は4人の魔法使い、いや、周りにはこいつらの仲間がいるかも知れない。腰に下げた斧の重さに注意を向け――


「ヘイト様、自己紹介していただいてもいいですか?」

 突然メサさんがそう言った。


「あ、えっと、はじめまして、佐々木竝人(ササキヘイト)と言います」


「ご職業は?」

 職業?無職だが。


「あ、使徒やってます」

「使徒ッ!?」

「本当か……?」


 男たちは狼狽(うろたえ)えると、魔女たちのことを化け物でも見るような眼で見て、逃げるように去っていく。


 キャンディスさんが唾を吐き捨てた。

「主の御威光(ごいこう)を食らえ、バカクソ共」





 建造が終わった悪魔の像の周りに焚かれた篝火は夜を照らし、魔法使いたちは、その周りを回りながら、思い思いに踊っている。


 そのまた周りには大きな鍋で料理を作る魔女と、好きに食い、飲んだくれる魔法使いたちがいた。


 邪悪夏祭り、といった感じだ。僕と魔女4人は地面に敷いた布に座り、酒を並べて先ほどの愚痴を吐いている。


「ジャン・ピエール・ホプキンスという裁判官が王都にいた」

「あいつか」


 オフィさんが答え、フュールさんが憎々(にくにく)し気に相槌(あいづち)を打つ。


「王都で魔法を使った大きな事件があったでしょう?それで、魔法使いを摘発(てきはつ)するために任命されたのがこのホプキンス。


 真面目に仕事していたのは最初だけ。こいつは街や村を周って、適当な女性を魔女と(おと)めて捕まえていた。サバトに参加していたとか、子供を(さら)って食べたとか適当な理由を付けて」


 もうそんな話はうんざりなのだが。

「無実のひとに()(ぎぬ)を着せてってことですか。酷い話ですね」

「ヘイト。昔から、こう言うことは往々(おうおう)にして起こるの。残念ながらね」


「過去形ね?オフィーリア」

 メサさんが言う。ホプキンスという裁判官が王都にい()、か。


「この前、解任されたの。つまりはクビ。こいつは悪い魔女をでっち上げて倒すことで、自治体から支援金を受け取っていたから――」


「儲からなくなったンだ」

 キャンディスさんがほくそ笑むが、「ちょっと違う」とオフィーリアさんは首を横に振る。


「悪行がバレて、王都から放逐(ほうちく)されて、給料がもらえなくなったヤツは、()()()()()()()


 フュールさんが口を開く。彼女は王都にいたのだ。詳しく知っているのかもしれない。

「好き勝手に魔女狩りをするようになったそうね。ほとんど強盗よ。脅して、身代金を要求し、家族全員殺したり」


「フュールの言う通り、それでヤツは、流れ流れて(ティリヤ)の近くまで来ている」



 ティリヤは魔法使いに寛容(かんよう)な街だ。


 黒い森(ボステ・ネグロ)がある関係上、魔物の牙から土地や木こりを守るために迫害される道を選んだ魔法使いは、むしろ尊敬さえされている。


 第一、メサさんは領主(セフェリノさん)の補佐をやっていたのだ。この街に限ってはそんな勝手、許されないと思うが。


「あの男共は、()られる前に()ってやろうって。手伝ってほしいって、ね」


「くっだらない。殺し合いなら勝手にやればいいのに、私たちを巻き込まないで欲しいわ」

(カネ)にもならなさそう」


 フュールさんとキャンディスさんはやる気がなさそうだ。


「緊急の招集ってそのことなんですかねえ」

「分かりませんね。ヘイト様が使徒だと明かしてから誰も話しかけに来ませんし」


「良い虫よけね」

 オフィーリアさんが笑う。まあ、神の遣いと悪魔の契約者じゃ水と油か。僕がここにいるのも、相当におかしなことなのだろう。


「黒い森が枯れてるとかどうとかって話も出てるけど。私たちには関係なさそう。飲みましょう」

 フュールさんがワインの栓を抜き、ぐいっとラッパ飲みして置いた。


 キャンディスさんもラッパ飲みした後、


「かかってこいや腰抜け共オ!!」

 と周りに叫び、魔法使いたちから白い眼で見られてギャハハと笑っている。


肩透(かたす)かしね」

 オフィーリアさんがそう呟いた。




 宴もたけなわと言ったところか。

 そこら中で異形の悪魔が音楽を奏で、魔法使いが踊り狂い、羊を丸焼きにし、乱交に(ふけ)っている。やはり悪夢なのだろう。酒でも呑まなければやっていられないが、呪いの鎧が邪魔だ。


「キャンディス」

 メサさんが声のトーンを落とした。くだけた雰囲気がふっと消える。


「オフィ、フュール。そしてヘイト様。私から、"魔女集会"への依頼があります」

 メサさんは落ち着いた様子で話す。


「私の、父を探して欲しいのです」

「決めたのね」

 オフィーリアさんが優しく問う。


 ええ、と短く答えたメサさんは、僕の方を見て話す。


「父とはずっと前に生き別れになってから、会えていません。今は、どこで、何をしているのか…………ですが、最近、生きているという情報がありました」


 フュールさんが人数分のコップにワインを注ぎながら言う。

「情報を集めて、メサを父親と逢せればいい」


「正直、会えるとまでは思っていません。でも、何か、何かひとつでも分かれば、それで諦められる」

 コップが全員に配られた。


「引き受けた」

「私も」

()いね」


 魔女たちに動揺はない。もしかしたら、僕以外はこのことをすでに知っているのか。 


 オフィーリアさん、フュールさん、キャンディスさんがコップを掲げる。僕は目の前に置かれたコップを見つめる。突然の話で付いていけないが。


「ヘイト様は、いかがですか?」


 僕は送還まで時間が無い。どこにいるかも分からないお父さんを探すとなると、

「最後まで付き合えないかもしれませんよ?」


 返答は、それでもいい、という優し気な視線だった。コップを持って掲げる。

「それなら、やります」


 送還まで時間が少ない。


 だからと言って、特にやることはない。


 ゆっくりとお父さんに繋がる情報を探しながら過ごそうか。


 掲げたコップを4人の魔女と打ち付け合った。メサさんは一息にコップを空けると、夜空を見上げて、唇を真一文次に結ぶ。


 ここ最近は、メサさんの新しい表情を見ることが多い。


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