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ヘイト・アーマー ~Hate Armor~  作者: 山田擦過傷
10月 リヴィングデッドを殺すには
157/189

150話 村長イニゴの懺悔

 


 尋問が終わり、教会をオフィーリアさんと歩く。

「とんだ曲者(くせもの)だったわあ」

「そうですね」


 マルティナの口が重かった理由が分かった。


 黒い森(ボステ・ネグロ)で魔物と戦いながら、盗人を脅迫(きょうはく)して上前を()ねていた。暴力(魔法)をちらつかせて、墓荒らし行為を強要していたともとれる。


 れっきとした犯罪者だったのだ。事件について話すことは、すなわち自白すること。使徒には言えまい。


「話におかしいところはあった?」

「いえ。後半、魔物に襲撃あたり、アントニオさんから聞いた話と同じです」


 濃い霧が辺りを包んで助かった、とそう言っていた。

 アントニオさんが川の怪物イル・モンストロ・ディ・アルノを盗まれた時のことだろう。補給路に魔物の群れが襲い掛かり、川と霧フューミ・エ・ネッビアを行使して危機を救った。


 アントニオさんはマルティナとすれ違っていて、その時に彼女を助けていたのだ。彼は知らなかっただろうけど。


「潔白な魔法使いなんていないもの。でも、あの女はやり慣れているわ。叩けば(ホコリ)が出てきそうね」


「マルティナたちを恨んでいたひとは多いでしょうね」

 引っかかったのは仮面を着けて変身した男の話だ。そいつは襲撃の日にもいた。そして、"突撃(クォブラ)"と号令のような言葉を発したそうだ。


 奴の姿が霧の中から見え隠れする。


「次はどうするの?」

「ルシアさんのところへ行こうかと」


「ルシア?」

「薬草師のひとです」


 オフィさんとマルティナに話を聞いた。次に分かっているのは、ブルーという吸血鬼の名前だ。その名を聞いたところへ行けば、何か分かるかもしれない。


「ふぅん、薬にも詳しい?」

「あぁ、調薬もするようなことを言ってましたし、詳しいかと」


「じゃあ、"南の国の白きポーション"って聞いてみて」

「なんですそれ」


()()()()()

「……」


 オフィさんは(もてあそ)んでいるような笑みを浮かべる。

 秘密の魔法は、分からないことは分からないと、正しいと思い込んでいることはそのまま話すのだったか。


 さしずめ、確信はないが、何か情報は持っている、と。

「女性の秘密を知るには、魔法でもないと、でしたっけ?」


 フフ、と笑っている。

 味方ではあるようだが、心から信用できない(ひと)だ。





 アイシャさんに馬車を手配するようお願いすると、一緒にいたオマールさんから連れて行ってくれと頼まれた。

「ブルーが吸血鬼かどうか確かめるんだろ」

「はい……大丈夫ですか?」


 リオ村で亡くなったブルーは、オマールさんが友達として連れてきたブルース君と同一人物なのか。真実がどうであれ、きっと嫌なものを見ることになるだろう。


「俺も行くよ」

 初めて会った時とは違う、悲しそうな表情(カオ)でオマールさんは言う。



 そうして、3人でリオ村へと向かった。

 薬草師の家へ向かう。引っ越すと言っていたし、まだ居ればいいのだが。記憶を頼りに訪ねると、周りは片付いていたが、ルシアさんはいた。


「どなた?」

「あ、ご無沙汰(ぶさた)してます。ヘイトです」


 じゃあそれが例の、と鎧を見てルシアさんは呟いた。

「今日はお茶、出せないよ」

 と笑いながら迎え入れてくれる。


 この前より家はがらんとしている。


「引っ越しの前でよかったです」

「ノガル村は大変なんだって?数日遅らせようと思ってね」


「吸血鬼に襲われまして。詳しいことは聞いてますか?」

「いいや」

 伝えるべきか躊躇(ためら)ってしまうが、ここまで来て誤魔化しても仕方がない。


「襲ってきた時に、吸血鬼の名前が分かったんです」

「――――まさか」

 何かを察したルシアさんの表情が曇る。


「ブルー、と」

「そんな……ありえない。ブルーは恐水病で……名前が同じだけで、誰か別の……なるほどね、それを確かめに来たのか」


 首肯する。

「ブルーの特徴を教えてもらえますか?」



 13歳で肌は黒く、坊主頭の少年。

 その他、ルシアさんの知るブルーと僕たちの見たブルコラクの特徴は、残念ながら一致していた。顔の傷は、看病した時にはあったと。


「ちゃんと埋葬されたって聞いたのだけどね」

 ルシアさんは頬杖を付いて狼狽うろたえている。死んで、埋葬されたら、もう会えないのが普通だ。


「……リオ村のお墓はどこですか?」

(あば)御積(おつ)もりですか?」


 尖った口調でアイシャさんに問われる。聖職者からすれば認められる行為ではないのだろう。マルティナに嫌悪感を抱いておいて、僕はこれから墓荒らしに行こうとしている。


「ちゃんと埋まってるか、確認しなきゃいけません」

 死んだはずの人間は動き出して、魔女を殺して回ったりしない。





 ルシアさんの案内で村から離れ、陰鬱な場所に来ている。


 どこから墓で、どこから墓でないのか、不思議と一目で分かるものだ。

 朽ちかけた柵が広く囲っていて、土と雑草のなかに、背の低い石の墓標が立っている。


 まばらに生えている木が影を落としていて、陽は高いのにどことなく暗い。人気(ひとけ)はまったく無く、静かだ。


「ブルーがどこに埋葬されたのかまでは聞いてない」

 ルシアさんが言う。墓の数は多く、一か所や二か所掘り返せば良い話ではない。時間がかかるな。


「あれは?」

 敷地内に石造りの建物が見えた。風雨で傷んでいるものの、しっかりとした造りに見える。民家と違うのは、小屋くらいの大きさであることと、宗教的な意匠(いしょう)の装飾、そして、扉の分厚さだ。


 金属で作られた観音扉で閉ざされている。日常使いできそうな建物には見えない。


霊廟(れいびょう)ですね」

 とアイシャさんが言った。ルシアさんが、


「中には使徒様や指導者の石棺(せっかん)があるらしい。まあ、こんな小さい村からそんな尊き御方は出ないが」


「あんたたち、何やってる」

 (とが)めるような声をかけられて振り向くと、そこには中年の男性が立っている。


「村に着いた時から俺たちを見てたな。こいつ誰だ?」

 オマールさんが言う。そうだったのか、気付かなかった。


「イニゴ。この村の村長さ――ブルースの墓はどれだ?」

 ルシアさんが言う。


「貴様等……墓を荒らす気か……?ならん!」


 イニゴがルシアさんに詰め寄り、オマールさんが間に立った。「病が広がったらどうする!」と余裕なさそうに叫んでいる。


 遺体を掘り返して病が広がる、か。それが本当に起こるかは置いておいて、村長の取り乱し方は異様だ。悪霊にでも取り憑かれたように(わめ)いている。


 あの霊廟を見る。

 掘り返されないためではなく、まるで閉じ込めるかのような作りにも見えた。


「おい何を見ている!とっとと帰ってくれ!」

 僕が霊廟をじっと見ていると、村長は目ざとく釘を刺してきた。(きびす)を返し、石造りの建物に向かって歩く。


 オマールさんを避けて、村長が鎧を掴んできたが、構わず足を進める。村長が石に(つまづ)いて転んだ。それでも何か叫びながら、土に(まみ)れながら足に(すが)り付いてくる。


 構わず進む。周りの皆はただ見ている。


 金属製の扉に手をかけて、力ずくで扉を開いた。


 重量物が(こす)()う音が響く。


 中には石の棺。


「これは」


 あぁ!主よ!と村長の嘆く声が聞こえた。


 (ひつぎ)(ふた)は開かれている。

 が、そこに遺体はなく、代わりに赤黒い血液で満たされていた。





 イニゴは意気消沈している。

 人払いをかけた村長宅に、ルシアさんを含めた5人で座っている。イニゴはぽつりぽつりと話し始めた。 


「あの日、ブルーが息を引き取った日。私は、すぐに埋葬するように言いました」

「病が伝染(うつ)らないように」

 アイシャさんが質問すると、村長が素直に答えた。ひとが変わったかのようだ。


「ブルーの家族とあの霊廟を開き、石棺(せっかん)に遺体を納めました」


 皆、黙って聞いている。

「その日の深夜。胸騒ぎがしたので墓に行きました。扉に近づき、耳をそばだてると」


 声が聞こえました。


「出して、助けて、と」


 イニゴは頭を抱える。


「そんなはずはない。ブルーは死んだはず。私は、恐くなって逃げた」


 供述が独白のようになっていく。もう僕たちが見えていない。


「他の村人には、あそこへ近づかないように言いつけて」


 横目で見ると、ルシアさんがわなわなと震えている。


「きっと勘違いだと。数日後、墓に行くと声は聞こえなくなっていた。あの夜に聞いた声は悪い夢だったのだ、そう思ったが、中を見る気にはなれなかった。


 そして、しばらくして、ブルーの父親が青ざめた顔で(うち)に来た」


 独白が恐怖に染め上げられる。


 ――息子が。


 ――息子が会いに来た。


「ブルーは吸血鬼になってしまった、と」



「ふざけるなッ!!」

 ルシアさんが立ち上がった。イニゴはびくりと震えて見上げる。


「死人が主の力の及ばぬところで生き返るわけがない!」


「だから、吸血鬼に――」

「ブルーは生きてたんだよ!」


「確かに、息を引き取って――」

「ちゃんと確認したのか!?」


 ルシアさんは今にも泣きそうな声で怒声を上げた。


「麻痺していたんだ。病気で……それを……あんたは……」

「私は村を守るために……」


「あんたはブルーを生き埋めにしたんだッ!」


 ルシアさんはイニゴの弁明を叩き潰すように叫ぶ。


「あんたは気付いてた!墓で声を聞いて助けなかったのは、そのことから逃げたかっただけだろ――」


 村長は(うつむ)いて嗚咽(おえつ)を漏らす。


「何が吸血鬼だ!」


 ルシアさんの瞳から涙が(こぼ)れた。座り込み、顔を覆う。アイシャさんが彼女の肩に手を置いた。


「ブルーはまだ生きてた……気が狂うほど苦しいのに……そんな仕打ち……」


 ――許さない許さない許さない――

 酒場で見たブルコラクを思い出す。


 僕たちが開いた石棺の蓋の内側には、引っ掻いたような血の(あと)があった。


 ――父さん、母さん――


 病に(おか)された身体では、どうすることもできなかっただろう。


 ――しっかりしろよ!()()()!!――


 声が枯れるまで叫び、爪が()げるまで抵抗した。そして、


 ――ここから出して――


 狂ってしまったのか。


「あんた……最悪だよ」





 村長宅を後にして、馬車に向かうまでの道を歩く。

 生き埋めにされたブルーは、しかしまだ生きている。吸血鬼(ブルコラク)と呼ばれて。


 ただ、あの石棺からひとりで出られなかったのは間違いない。すなわち、彼を霊廟から出した何者かがいる。そして今、重い病気に侵されていた彼は、魔女を狩ろうとしているのだ。


 リオ村から吸血鬼が出た、という噂はほとんど事実だった。


 隣を歩くオマールさんからは、数日前の溌溂(はつらつ)さが嘘のように消えている。何て声をかけたらいいか分からずに、

「元気出してください」


 意味の無いセリフだ。こんなんで元気が出たら苦労はしない。が、それを分かっていても、声をかけてあげたかった。


「出るわけねえだろ。友達が、ブルーがあんな酷いことされて、クソが、何なんだよ、あの村長」

「罪悪感、なんでしょうね」


「お前に何が分かるんだよ」

「……」


「あの村長のことも、俺の気持ちも、分かんねえだろ」

「分からない」


 足が止まり、(うつむ)いてしまう。

 しがらみを持った人間のやることも、友達が酷い目に()っているのを知った時の想いも、僕の抱いた感情は僕のもので、彼らのものとは違うのだろう。何を言ったっておためごかしにしかならない。


「友達が人殺しだったことあるのかよ」


 それは、

「ある」


「マジか」

 オマールさんは振り向いた。同情が顔に出ている。


「その友達は、今は?」


「死にました」

 首を横に振る。


 悪い、と彼の唇が動いたように見えた。


「……どうするべきだったとか、そんなこと、思うことはあるか?」


「殴り倒してふん(じば)ってでも止めるべきだったと、思う……ことがある」


 叶うはずのない、ただの後悔だ。オマールさんは黙り込み、何度か(うなず)いた後、

「分かった」

 と言う。


 その眼には、決意が宿っていた。


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