150話 村長イニゴの懺悔
尋問が終わり、教会をオフィーリアさんと歩く。
「とんだ曲者だったわあ」
「そうですね」
マルティナの口が重かった理由が分かった。
黒い森で魔物と戦いながら、盗人を脅迫して上前を撥ねていた。暴力をちらつかせて、墓荒らし行為を強要していたともとれる。
れっきとした犯罪者だったのだ。事件について話すことは、すなわち自白すること。使徒には言えまい。
「話におかしいところはあった?」
「いえ。後半、魔物に襲撃あたり、アントニオさんから聞いた話と同じです」
濃い霧が辺りを包んで助かった、とそう言っていた。
アントニオさんが川の怪物を盗まれた時のことだろう。補給路に魔物の群れが襲い掛かり、川と霧を行使して危機を救った。
アントニオさんはマルティナとすれ違っていて、その時に彼女を助けていたのだ。彼は知らなかっただろうけど。
「潔白な魔法使いなんていないもの。でも、あの女はやり慣れているわ。叩けば埃が出てきそうね」
「マルティナたちを恨んでいたひとは多いでしょうね」
引っかかったのは仮面を着けて変身した男の話だ。そいつは襲撃の日にもいた。そして、"突撃"と号令のような言葉を発したそうだ。
奴の姿が霧の中から見え隠れする。
「次はどうするの?」
「ルシアさんのところへ行こうかと」
「ルシア?」
「薬草師のひとです」
オフィさんとマルティナに話を聞いた。次に分かっているのは、ブルーという吸血鬼の名前だ。その名を聞いたところへ行けば、何か分かるかもしれない。
「ふぅん、薬にも詳しい?」
「あぁ、調薬もするようなことを言ってましたし、詳しいかと」
「じゃあ、"南の国の白きポーション"って聞いてみて」
「なんですそれ」
「分からない」
「……」
オフィさんは弄んでいるような笑みを浮かべる。
秘密の魔法は、分からないことは分からないと、正しいと思い込んでいることはそのまま話すのだったか。
さしずめ、確信はないが、何か情報は持っている、と。
「女性の秘密を知るには、魔法でもないと、でしたっけ?」
フフ、と笑っている。
味方ではあるようだが、心から信用できない女だ。
アイシャさんに馬車を手配するようお願いすると、一緒にいたオマールさんから連れて行ってくれと頼まれた。
「ブルーが吸血鬼かどうか確かめるんだろ」
「はい……大丈夫ですか?」
リオ村で亡くなったブルーは、オマールさんが友達として連れてきたブルース君と同一人物なのか。真実がどうであれ、きっと嫌なものを見ることになるだろう。
「俺も行くよ」
初めて会った時とは違う、悲しそうな表情でオマールさんは言う。
そうして、3人でリオ村へと向かった。
薬草師の家へ向かう。引っ越すと言っていたし、まだ居ればいいのだが。記憶を頼りに訪ねると、周りは片付いていたが、ルシアさんはいた。
「どなた?」
「あ、ご無沙汰してます。ヘイトです」
じゃあそれが例の、と鎧を見てルシアさんは呟いた。
「今日はお茶、出せないよ」
と笑いながら迎え入れてくれる。
この前より家はがらんとしている。
「引っ越しの前でよかったです」
「ノガル村は大変なんだって?数日遅らせようと思ってね」
「吸血鬼に襲われまして。詳しいことは聞いてますか?」
「いいや」
伝えるべきか躊躇ってしまうが、ここまで来て誤魔化しても仕方がない。
「襲ってきた時に、吸血鬼の名前が分かったんです」
「――――まさか」
何かを察したルシアさんの表情が曇る。
「ブルー、と」
「そんな……ありえない。ブルーは恐水病で……名前が同じだけで、誰か別の……なるほどね、それを確かめに来たのか」
首肯する。
「ブルーの特徴を教えてもらえますか?」
13歳で肌は黒く、坊主頭の少年。
その他、ルシアさんの知るブルーと僕たちの見たブルコラクの特徴は、残念ながら一致していた。顔の傷は、看病した時にはあったと。
「ちゃんと埋葬されたって聞いたのだけどね」
ルシアさんは頬杖を付いて狼狽えている。死んで、埋葬されたら、もう会えないのが普通だ。
「……リオ村のお墓はどこですか?」
「暴く御積もりですか?」
尖った口調でアイシャさんに問われる。聖職者からすれば認められる行為ではないのだろう。マルティナに嫌悪感を抱いておいて、僕はこれから墓荒らしに行こうとしている。
「ちゃんと埋まってるか、確認しなきゃいけません」
死んだはずの人間は動き出して、魔女を殺して回ったりしない。
ルシアさんの案内で村から離れ、陰鬱な場所に来ている。
どこから墓で、どこから墓でないのか、不思議と一目で分かるものだ。
朽ちかけた柵が広く囲っていて、土と雑草のなかに、背の低い石の墓標が立っている。
まばらに生えている木が影を落としていて、陽は高いのにどことなく暗い。人気はまったく無く、静かだ。
「ブルーがどこに埋葬されたのかまでは聞いてない」
ルシアさんが言う。墓の数は多く、一か所や二か所掘り返せば良い話ではない。時間がかかるな。
「あれは?」
敷地内に石造りの建物が見えた。風雨で傷んでいるものの、しっかりとした造りに見える。民家と違うのは、小屋くらいの大きさであることと、宗教的な意匠の装飾、そして、扉の分厚さだ。
金属で作られた観音扉で閉ざされている。日常使いできそうな建物には見えない。
「霊廟ですね」
とアイシャさんが言った。ルシアさんが、
「中には使徒様や指導者の石棺があるらしい。まあ、こんな小さい村からそんな尊き御方は出ないが」
「あんたたち、何やってる」
咎めるような声をかけられて振り向くと、そこには中年の男性が立っている。
「村に着いた時から俺たちを見てたな。こいつ誰だ?」
オマールさんが言う。そうだったのか、気付かなかった。
「イニゴ。この村の村長さ――ブルースの墓はどれだ?」
ルシアさんが言う。
「貴様等……墓を荒らす気か……?ならん!」
イニゴがルシアさんに詰め寄り、オマールさんが間に立った。「病が広がったらどうする!」と余裕なさそうに叫んでいる。
遺体を掘り返して病が広がる、か。それが本当に起こるかは置いておいて、村長の取り乱し方は異様だ。悪霊にでも取り憑かれたように喚いている。
あの霊廟を見る。
掘り返されないためではなく、まるで閉じ込めるかのような作りにも見えた。
「おい何を見ている!とっとと帰ってくれ!」
僕が霊廟をじっと見ていると、村長は目ざとく釘を刺してきた。踵を返し、石造りの建物に向かって歩く。
オマールさんを避けて、村長が鎧を掴んできたが、構わず足を進める。村長が石に躓いて転んだ。それでも何か叫びながら、土に塗れながら足に縋り付いてくる。
構わず進む。周りの皆はただ見ている。
金属製の扉に手をかけて、力ずくで扉を開いた。
重量物が擦れ合う音が響く。
中には石の棺。
「これは」
あぁ!主よ!と村長の嘆く声が聞こえた。
棺の蓋は開かれている。
が、そこに遺体はなく、代わりに赤黒い血液で満たされていた。
イニゴは意気消沈している。
人払いをかけた村長宅に、ルシアさんを含めた5人で座っている。イニゴはぽつりぽつりと話し始めた。
「あの日、ブルーが息を引き取った日。私は、すぐに埋葬するように言いました」
「病が伝染らないように」
アイシャさんが質問すると、村長が素直に答えた。ひとが変わったかのようだ。
「ブルーの家族とあの霊廟を開き、石棺に遺体を納めました」
皆、黙って聞いている。
「その日の深夜。胸騒ぎがしたので墓に行きました。扉に近づき、耳をそばだてると」
声が聞こえました。
「出して、助けて、と」
イニゴは頭を抱える。
「そんなはずはない。ブルーは死んだはず。私は、恐くなって逃げた」
供述が独白のようになっていく。もう僕たちが見えていない。
「他の村人には、あそこへ近づかないように言いつけて」
横目で見ると、ルシアさんがわなわなと震えている。
「きっと勘違いだと。数日後、墓に行くと声は聞こえなくなっていた。あの夜に聞いた声は悪い夢だったのだ、そう思ったが、中を見る気にはなれなかった。
そして、しばらくして、ブルーの父親が青ざめた顔で家に来た」
独白が恐怖に染め上げられる。
――息子が。
――息子が会いに来た。
「ブルーは吸血鬼になってしまった、と」
「ふざけるなッ!!」
ルシアさんが立ち上がった。イニゴはびくりと震えて見上げる。
「死人が主の力の及ばぬところで生き返るわけがない!」
「だから、吸血鬼に――」
「ブルーは生きてたんだよ!」
「確かに、息を引き取って――」
「ちゃんと確認したのか!?」
ルシアさんは今にも泣きそうな声で怒声を上げた。
「麻痺していたんだ。病気で……それを……あんたは……」
「私は村を守るために……」
「あんたはブルーを生き埋めにしたんだッ!」
ルシアさんはイニゴの弁明を叩き潰すように叫ぶ。
「あんたは気付いてた!墓で声を聞いて助けなかったのは、そのことから逃げたかっただけだろ――」
村長は俯いて嗚咽を漏らす。
「何が吸血鬼だ!」
ルシアさんの瞳から涙が零れた。座り込み、顔を覆う。アイシャさんが彼女の肩に手を置いた。
「ブルーはまだ生きてた……気が狂うほど苦しいのに……そんな仕打ち……」
――許さない許さない許さない――
酒場で見たブルコラクを思い出す。
僕たちが開いた石棺の蓋の内側には、引っ掻いたような血の痕があった。
――父さん、母さん――
病に侵された身体では、どうすることもできなかっただろう。
――しっかりしろよ!ブルー!!――
声が枯れるまで叫び、爪が剝げるまで抵抗した。そして、
――ここから出して――
狂ってしまったのか。
「あんた……最悪だよ」
村長宅を後にして、馬車に向かうまでの道を歩く。
生き埋めにされたブルーは、しかしまだ生きている。吸血鬼と呼ばれて。
ただ、あの石棺からひとりで出られなかったのは間違いない。すなわち、彼を霊廟から出した何者かがいる。そして今、重い病気に侵されていた彼は、魔女を狩ろうとしているのだ。
リオ村から吸血鬼が出た、という噂はほとんど事実だった。
隣を歩くオマールさんからは、数日前の溌溂さが嘘のように消えている。何て声をかけたらいいか分からずに、
「元気出してください」
意味の無いセリフだ。こんなんで元気が出たら苦労はしない。が、それを分かっていても、声をかけてあげたかった。
「出るわけねえだろ。友達が、ブルーがあんな酷いことされて、クソが、何なんだよ、あの村長」
「罪悪感、なんでしょうね」
「お前に何が分かるんだよ」
「……」
「あの村長のことも、俺の気持ちも、分かんねえだろ」
「分からない」
足が止まり、俯いてしまう。
しがらみを持った人間のやることも、友達が酷い目に遭っているのを知った時の想いも、僕の抱いた感情は僕のもので、彼らのものとは違うのだろう。何を言ったっておためごかしにしかならない。
「友達が人殺しだったことあるのかよ」
それは、
「ある」
「マジか」
オマールさんは振り向いた。同情が顔に出ている。
「その友達は、今は?」
「死にました」
首を横に振る。
悪い、と彼の唇が動いたように見えた。
「……どうするべきだったとか、そんなこと、思うことはあるか?」
「殴り倒してふん縛ってでも止めるべきだったと、思う……ことがある」
叶うはずのない、ただの後悔だ。オマールさんは黙り込み、何度か頷いた後、
「分かった」
と言う。
その眼には、決意が宿っていた。