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ヘイト・アーマー ~Hate Armor~  作者: 山田擦過傷
10月 リヴィングデッドを殺すには
156/189

149話 魔女マルティナの供述

 


 ――黒い森(ボステ・ネグロ)で何をしていたの?――


「何してるの?」

「……何の用だ」


 "蛇竜"のアナに気安く話しかけられた男は、固い声を出して両手をポケットに入れた。あからさまだ。あまりに分かりやすい。これは()()()()


 新たなカモを見つけたことに、私はほくそ笑んだ。


「"魅惑"の悪魔よ、契約を履行する」

「魔女……!」

 私に魔法をかけられた男は、一瞬だけ驚いて真顔になった。「何を隠したの?」と聞くと、快く手のひらを開く。汚れた掌の上には、小さな宝石のついた指輪があった。


 "狼狂(ろうきょう)"のエデルガルトが指輪をひったくったところで男は正気に戻り、瞳に怒りを宿す。返せッ、と伸ばされた手をエデルガルトはひらりと(かわ)し、(あざけ)った。

「魔物と戦って死んだヤツから盗むなんて、酷いことするじゃない?」


 大規模侵攻作戦にはこういう()()()()がたくさん混じっている。騎士くずれや木こりの死体から遺留品を抜き取り、売り払って小金を稼ぐ者たち。しみったれた盗人だ。


 黒い森の中、野営地から少し離れた場所。魔物がいる気配はなく、また、誰の眼も届かない。こそこそ悪いことをするには最適だろう。


 男は剣を抜こうとして、"鉄柵"のロージーが魔法を使った。地面から生えた黒い杭が男の喉仏(のどぼとけ)に迫り、皮膚の寸前で止まった。

「この街の商会には黙っていてやる」

「……ッ!」


「大規模侵攻に参加できなくなるのは困るだろう?その代わり、稼ぎの半分を寄越(よこ)せ」

「ふざけるなッ!」


「ほう、では、交渉決裂だな」

「………………クソッ」


 男は(つば)を吐き捨てながら剣をしまった。





 ――うまくやってた、そう言っていたわね?――


「乾杯!」

 ロージーの合図に合わせてコップを打ち付けると、酒が(こぼ)れた。普段よりも良い値段のする酒だが、別に構わない。金には余裕がある。


「さ、今回の分よ」

 汚い袋をテーブルに置くと席が色めいた。ひとつの袋に入っている金額は少ないが、それなりの個数が毎日のように届く。合計額にすれば毎日贅沢できるくらいの収入だ。


「うまく行き過ぎて恐いわ」

「意外と律儀(りちぎ)に持ってくるわね。金」

 アナが言い、エデルガルトが答える。脅迫した墓荒らしたちは苦い顔をしながらも金を持ってきた。もちろん、とても稼ぎの半分とは思えないほど少ないこともあるし、逃げる奴もいる。その辺は()り込み済みだ。


 大事なのは人数だ。数をこなす。

 頭の悪い奴らをちょっと口先で脅かせば働かなくても金が入ってくる。魔物を倒す片手間には良い副収入だ。


 (うら)まれているだろう。だが、気にすることはない。魔女が4人も集まっていれば大抵の人間や魔物よりも強いから、復讐は現実的ではない。


 またカモを見つけなくちゃ。大丈夫。目立たないように動いている挙動不審な奴などいくらだっている。





 ――恨まれる覚えはあるみたいね――


「見られているな」

 ロージーが言う。


 魔物の寄せては返す波のような襲撃が、ぱたりと止んだ。この辺りの魔物は狩りつくしてしまったのだろう。楽勝とは行かなかったが、大きな怪我もなく終わったことに一息()く。


「まじ?」

 エデルガルトが問う。

 ロージーが背後に目線を向けると、こちらを見ていた山賊風の男が目を()らし、そそくさと立ち去った。


「気が付かなかったわ」

 アナはそう言うが、私は数日前から視線は感じていた。


 とんがり帽子を被った鉄柵使いの男。紋章(もんしょう)付きの騎士。山賊風の連中。日傘を差した白い女。


 警戒されている。か。


「これ以上目立って、騎士団に警戒されても面倒だ。少し慎重に動くぞ」

「収入が減るでしょ?」

「バレないって」

 アナとエデルガルトが口を揃える。しかしロージーは断じた。


「いくら魔女に寛容(かんよう)(ティリヤ)だとは言え、私たちが大規模侵攻作戦に悪影響を及ぼすと判断されれば排除される」


 ロージーは武器に付いた血と(あぶら)(ぬぐ)う騎士に目線を()った。鎧にはこの街の領主(アルボールドラド)家の紋章が刻まれている。


 セフェリノ騎士団。連中、(はた)から見ていたが馬鹿馬鹿しいくらいに強かった。目を付けられたら面倒だろう


「証拠は残してない。せいぜい小悪党の証言しか出てこないでしょ」

「そうよ。そんなのを鵜吞(うの)みにするほど、領主(セフェリノ)が間抜けだとは思えない」


「無罪の人間だって、都合が悪ければ言い掛かりをつけて有罪にする。この街はそのくらいするさ」


 実際に悪人である私たちであれば()もありなん。そう言われてアナとエデルガルトは不満そうだったが、こいつらはロージーを言いくるめられるほど頭が良くない。不承不承と、首を縦に振った。


 新たなカモを捕まえるのは(ひか)えなくてはならないだろう。まあ、放っておいても今までの連中から金は入ってくる。収入が減った分は魔物を倒せばいい。


「かったるい」

 私たちを木陰から見ている連中を(にら)んで、エデルガルトが吐き捨てるようにそう言った。





 ――ロージーが死ぬ前に何か変わったことはあった?――


 森の中で男を見た。

 後ろ姿で顔は分からない。男は仮面を着けるような動きをすると、商人風の男へと姿を変えた。毎日のように怪しい奴を探していたから、目に留まったのだろう。


 アナがエデルガルトに聞いた。

「あれ魔法よね?狼狂?」


「人間に変身する魔法じゃない。マルティナは知らない?」


「"王冠"の魔法使いがそんな能力だって聞いたことあるけど、会ったことはない」


「魔法は種類が多いから、私たちの知らないヤツかもな」

 ロージーがそう言った。悪魔を画一的に考えることはできない。同じ悪魔と契約していても、行使する力が違う場合がある。


「私、聞いてくるわ」

 と、アナが男の元へ向かった。あわよくば脅しの材料に、そう考えていたのだろう。


「ねえ、さっきのあれ、どんな魔法なの?」

 男はアナに気付くと、微笑(ほほえ)んで、立てた人差し指を唇に当てると、


「秘密だ」

 と答える。


 こいつは脅しても無駄だな、とそう思った。

 余裕がある。落ち着いている。悪びれていない。もしも変身がこいつの弱みで、私たちがそれをネタにして脅迫したとしても、こいつはうまく(かわ)すだろう。


「ケチね。いいじゃない?」

「君たちも自分が使う魔法は秘密だろう?」

「へえ、よく魔法使いだって気付いたわね」


 隣に立つロージーが小さく、馬鹿め、と呟いた。聞こえたのは私だけだろう。男はカマをかけ、アナはまんまと引っかかった。これであの男と私たちの立場は同じだ。


 男は私たちに近づいてくる。これといった特徴のない、普通の男。ただ、アナ、エデルガルト、ロージー、そして私の、ひとりひとりの顔を見る眼が気になった。


 取り留めのない会話を交わし、私たちは分かれた。大規模侵攻作戦に参加し始めてから話した大勢のうちのひとりで、何でもない出会いのひとつ。


 しかし、あの眼だ。あの灰色の眼が忘れられない。


 冷めていて、光が無い。目に映るものに何の期待もしていない。


 あれは人殺しの眼だ。





 ――続けて――


 ロージーが死んだのは数日後。


 後方部隊の護衛として仕事をしていた私たちは、道の柵を超えて森の中にいた。安全な柵の内側、補給路にいたらおこぼれみたいな魔物しか狩れない。


 魔女が4人もいれば、少々の危険を冒しても問題なかった。攻撃は"狼狂"のエデルガルトが、防御は"鉄柵"のロージーに任せておけば良かった。私は黒い森の猟犬(サブエソ)――狗の討伐証明()を切り取るのに専念していた。


 何の問題もなかったのに――――


「次が来るぞオ!」

 大狼に変身し、興奮したエデルガルトが叫んだ。間髪(かんぱつ)入れずに魔物の群れが強襲する。


 多い。


 ただの狗だ。


 いつもなら勝てる量。


 ――しかし、動きが違った。


「何だ?」

 いつもならがやがやとした補給路と、他の傭兵、そして私たちとある程度()()()る。そのはずなのに、ほぼ全ての狗がエデルガルトとロージーに向かっている。


 まずいか。


 私は"魅惑"の魔法で傭兵を操り、ふたりの(おとり)になるように向かわせた。だが、魔物は、

()()()!?」


 狗共は傭兵の男には見向きもせず、エデルガルトとロージーに突進している。

「どうして!?」

 異常だ。じわりとした緊張が身体を(しび)れさせる。


 ロージーは地面から鉄柵を生やして狗の勢いを止め、巨大な狼に変身しているエデルガルトが魔物を蹴散らす。()れた魔物はアナの召喚した毒蛇が仕留めていく。


 大丈夫。大丈夫だ。押し返せる。 

 この群れを退けたら補給路へ戻ろう。


「3人を掩護(えんご)して!」

 近くの傭兵に魔法をかけて加勢させる。他に駒はいないか、辺りを見回して――身体が(こお)り付いた。


 遠くの太い木立の影から、男が見ている。冷たく、光のない、灰色の眼。人殺しの眼が私たちを見ていて、


 男の唇が動いた。

突撃(クォブラ)


「嘘でしょッ!?」

 悲鳴のようなアナの声が聞こえて振り向く。草場から飛び出した狗の、その背には餓鬼(ペタ)、爆発する魔物が乗っていた。


 肉薄した狗の身体にロージーの鉄柵が突き刺さる。狗の勢いは止まったが、鉄柵はペタの膨らんだ腹も貫いていた。


 耳をつんざく爆発音。膨らんだ空気が身体を転がして、何が何だか分からないまま顔を上げると、ロージーの姿はなくなっていて、私は血肉を浴びていた。


「逃げるよッ!!」

 エデルガルトの声が聞こえ、私はよく分からないまま走った。柵を超え、補給路に転がり込んで、揺らぐ平衡感覚が転ばせた。


 守りを突破した魔物の群れが補給路になだれ込む。馬がいななき、突然の襲撃に部隊は混乱する。アナとエデルガルトはどこにいるのか分からない。


 狗の牙が迫るが、恐怖に支配された身体は動かない。


 死ぬ。


 声にならない悲鳴を上げたが―――その時は来なかった。


 辺りには部隊を守るかのように黒い霧が立ち込めていて、右往左往するだけの魔物が(たお)されていく。


 私は気を失っていた。


 気づいた時にはひとり、野営地にいたのだ。


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