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ヘイト・アーマー ~Hate Armor~  作者: 山田擦過傷
10月 リヴィングデッドを殺すには
155/189

148話 魔女オフィーリアの尋問

 


 酒場に戻る。

 片づけを手伝わされている村人や魔法使いの隙間を()って、店の一角へ向かう。営業を再開している店の片隅に、ひとりの魔女が座っている。


 無遠慮に向かいの席に座った。

「誰だったかしら?」

「僕です。オフィさん」

「ああ、ヘイト。じゃあそれが例の鎧なのね」


 オフィさんは呪いの鎧をしげしげと見ている。

 厚い布地がつま先まで覆い、(けわ)しくも美しくも見える装甲(プロテクター)が各部に付けられている。肌は一片も見えず、面を空けて顔を見せることもできない。だから誰だか分からなかったのだろう。


「あの優しそうな使徒様は還ってしまったのね」

「はい」


「心残りだったでしょうねえ――それを着たのはあなたの覚悟、意思表示かしら?」

「……そんなとこです」

 見透かしたようなことを言う。オフィさんは余裕のある笑みを崩さないまま、


「何かご用?」

「知ってることを教えてください。全部です」


「単刀直入ね。曖昧(あいまい)だけれど。嫌いじゃないわあ」


 言ってから考える素振(そぶ)りを見せた。

 この酒場で襲撃を受けた。犯人はずっと疑っていた白い馬(ドラクル)ではない。魔物も関係なく、単独犯ですらなかった。


 吸血鬼はふたり組で現れた。

 棒切れでひとを撲殺するほどの怪力を(ふる)い、明確に標的(ターゲット)を見定め、小柄な足跡を残していく。4人の魔女を狙っているのは間違いなくあのふたりだ。


 白い女(ストリガ)と、黒い少年(ブルコラク)。突然、霧から出てきた敵は、ひとしきり暴れると霧の中へと帰っていった。足跡(そくせき)は知れない。


 奴らが何処(どこ)の誰なのか。霧を晴らし、正体を(つまび)らかにしなければ、捕まえるどころかまた襲われてしまうだろう。


 今までとやることは変わらない。確実に集まっている手がかりは無駄にしない。

 まずは狙われているマルティナさんと、彼女を知っているであろうオフィーリアさんには絶対に話してもらう。


 オフィさんは僕を値踏みするかのような眼で見る。


「マルティナさんのこと、知ってるんでしょ?」

「実を言うと、よく知らないの」

「商売がどうのこうのっていうのは、カマかけたってことですか?」


 そうよ、と素っ気なく答えた。

「私、有名人なの。私はマルティナを知らないけれど、マルティナは私のことを知っていた」


 酒場にオフィさんが入ってきた時、集まった魔法使いたちは目立たないように息を殺していた。華奢(きゃしゃ)なオフィ―リアさんにひどく(おび)えるかのように。

「”秘密”の魔女だから」


 フフ、と(あや)しく笑ってから、

「私は"秘密"の魔法使い。これは秘匿(ひとく)された、隠された魔法って意味ではなくて、秘密を喋らせる魔法なの」

「自白させるってことですか?」


「そう。秘密の魔法をかけられた者は、術者の質問に嘘を吐くことも、黙っていることもできなくなる。


 過去の過ちや、恥ずべき記憶、心の闇、それから、救いようのない環境。何だってね。


 複雑な事情を持っていない魔法使いはいないの。それを隠せなくなっちゃうんだから、(みぃんな)、私のことは嫌い」

「凶悪ですね」

 嫌だろう。洗いざらい喋らされるというのは。誰にも話していない過去や本心は、魔法使いに限らず誰にでもある。


「でも、完璧ではないのよ?本人がこうだと思っていることを話すから、分からないことは分からないと、正しいと思い込んでいることはそのまま話す。


 ちゃんとした答えが決まっていないことを聞くと、魔法の効果が切れるまで要領を得ない回答が繰り返されたりする。


 あと、魔法にかけられている間の記憶もちゃんと覚えてるから――」


「喋らせてるオフィさんは滅茶苦茶(うら)まれる」


「そうなの。使徒様には効かないから、ヘイトは嫌わないでね?」

 オフィさんは僕の手を両手で握り、目を合わせてきた。手甲に包まれているから、何の感触もしない。彼女の白魚のような手を握り返した。


「……マルティナさんのこと知らないってのは噓でしょ」

「あら、何故?」


「酒場に入ってきて真っすぐマルティナさんのところへ行ったから」

 あの場には魔法使いが大勢いたし、オフィさんを警戒した者も少なくなかった。全然知らないのなら、マルティナさん目がけて行けたのは何故か。少なからず知っていたからだ。


「何で、オフィさんは(ティリヤ)に来たんですか?」

 何故僕に嘘を吐いたのか。そして何故、あの日、あの夜にオフィさんは姿を現したのか。偶然か。はたまた――――吸血鬼を呼び込んだかのはこのひとか。


 猜疑心(さいぎしん)が腹を満たす。逃げられないように彼女の手を握る。


 オフィさんは満足げに笑って、

「メサから手紙が届いたの」

 と言った。


「メサさんから?」

 拍子抜けして力が抜ける。

 そう言えば、誰かと誰かは集まらなかったとか言っていたような。


「内容は?」

「『助けてくれ』」

「どういうことですか?」


「魔法使いがふたり殺されて、自分も狙われると思ったのね。きっと」

「関係ないですよね」

 吸血鬼の狙いは4人の魔女であり、メサさんは標的に入っていないはずだ。


「それはヘイトたちの立てた推測だったでしょう?きっと、無差別魔女殺人だと疑惑を持ったのね。それで身を隠したの。あの子、臆病で逃げ足が速いから」

「逃げ足は確かに早かった……」


「手紙にあったわあ。『犯罪に関わっている魔女を探している』って、余所者の白い女に聞かれたって」


「……なるほど」

 頬杖(ほおづえ)を付いて重い頭を支える。

 メサさんの姿が見えないのも、オフィさんがこの街に来たのも、吸血鬼に(ちな)んだ一連の出来事。それなら納得できる。


 いやしかし、メサさんに話しかけた白い女というのは、


「ストリガはメサと接触していた可能性が高いわあ」

「やっぱりそう思いますか」


「メサも探した方がいいかもねえ。できるだけ早く」 

 彼女も何か手がかりを握っているかも知れない。いったんオフィさんにはメサさんを探してもらい、その間に僕は、マルティナさんのところへ話を聞きに――

「ねえ」

「なんですか?」


「信用して欲しいの」

「はあ」


「マルティナへの尋問、私にやらせてくれない?」

 僕に魔法は効かないはず。だが、心を読まれたのかと思った。





 (ティリヤ)にある教会内の取調室、ではなく応接室にいる。

 ガラス窓から射す陽光が、質素な部屋を明るくしている。長机の周りには椅子が並べられているが、埋まっているのはふたつだけだ。


 マルティナさんの向かいに、オフィさんが座っている。

「正直に話した方が良いと思うわあ」


 壁際に立って二人の魔女を見る。縮こまる"魅惑"の魔女に対し、"秘密"の魔女は余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)としている。


 マルティナさんの顔色は悪い。聖職者や使徒が護衛をしてくれた上で教会での保護だ。安全だっただろうが、悪魔と契約した魔法使いにとって居心地が悪かったに違いない。


「魔法を使ったらいいでしょう?」

 マルティナさんは(おび)えた表情のまま強がってそう言った。オフィさんは、分かっていないみたいね、と言い含めるように、


「使徒様の目的はあくまで()()()()()()()()こと。あなたの命なんて二の次なの」


 それは違う、アントニオさんの意思にも反する、そう思うが、この場はオフィさんに任せる。

「あなたを釣り針に付けて、吸血鬼のいそうな川に投げ込んでもいいの。あなたが食べられてしまっても、釣りあげられれば良い」


 ぐっ、とマルティナさんは言葉を飲みこんだ。

 お前を餌に吸血鬼を呼んでも良い、とシンプルな脅迫をしている。奴らの獲物に対する執着を見た。吸血鬼は多少の罠など気にせず()()()だろう。採用できないがいい手に思える。


 オフィさんは小さくため息を吐いた。

「――そんなに私の魔法が見たいのね。なら、仕方ない。"秘密"の悪魔よ」


 マルティナさんの表情が()()った。

「契約を履行(りこう)する」


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