148話 魔女オフィーリアの尋問
酒場に戻る。
片づけを手伝わされている村人や魔法使いの隙間を縫って、店の一角へ向かう。営業を再開している店の片隅に、ひとりの魔女が座っている。
無遠慮に向かいの席に座った。
「誰だったかしら?」
「僕です。オフィさん」
「ああ、ヘイト。じゃあそれが例の鎧なのね」
オフィさんは呪いの鎧をしげしげと見ている。
厚い布地がつま先まで覆い、険しくも美しくも見える装甲が各部に付けられている。肌は一片も見えず、面を空けて顔を見せることもできない。だから誰だか分からなかったのだろう。
「あの優しそうな使徒様は還ってしまったのね」
「はい」
「心残りだったでしょうねえ――それを着たのはあなたの覚悟、意思表示かしら?」
「……そんなとこです」
見透かしたようなことを言う。オフィさんは余裕のある笑みを崩さないまま、
「何かご用?」
「知ってることを教えてください。全部です」
「単刀直入ね。曖昧だけれど。嫌いじゃないわあ」
言ってから考える素振りを見せた。
この酒場で襲撃を受けた。犯人はずっと疑っていた白い馬ではない。魔物も関係なく、単独犯ですらなかった。
吸血鬼はふたり組で現れた。
棒切れでひとを撲殺するほどの怪力を奮い、明確に標的を見定め、小柄な足跡を残していく。4人の魔女を狙っているのは間違いなくあのふたりだ。
白い女と、黒い少年。突然、霧から出てきた敵は、ひとしきり暴れると霧の中へと帰っていった。足跡は知れない。
奴らが何処の誰なのか。霧を晴らし、正体を詳らかにしなければ、捕まえるどころかまた襲われてしまうだろう。
今までとやることは変わらない。確実に集まっている手がかりは無駄にしない。
まずは狙われているマルティナさんと、彼女を知っているであろうオフィーリアさんには絶対に話してもらう。
オフィさんは僕を値踏みするかのような眼で見る。
「マルティナさんのこと、知ってるんでしょ?」
「実を言うと、よく知らないの」
「商売がどうのこうのっていうのは、カマかけたってことですか?」
そうよ、と素っ気なく答えた。
「私、有名人なの。私はマルティナを知らないけれど、マルティナは私のことを知っていた」
酒場にオフィさんが入ってきた時、集まった魔法使いたちは目立たないように息を殺していた。華奢なオフィ―リアさんにひどく怯えるかのように。
「”秘密”の魔女だから」
フフ、と妖しく笑ってから、
「私は"秘密"の魔法使い。これは秘匿された、隠された魔法って意味ではなくて、秘密を喋らせる魔法なの」
「自白させるってことですか?」
「そう。秘密の魔法をかけられた者は、術者の質問に嘘を吐くことも、黙っていることもできなくなる。
過去の過ちや、恥ずべき記憶、心の闇、それから、救いようのない環境。何だってね。
複雑な事情を持っていない魔法使いはいないの。それを隠せなくなっちゃうんだから、皆、私のことは嫌い」
「凶悪ですね」
嫌だろう。洗いざらい喋らされるというのは。誰にも話していない過去や本心は、魔法使いに限らず誰にでもある。
「でも、完璧ではないのよ?本人がこうだと思っていることを話すから、分からないことは分からないと、正しいと思い込んでいることはそのまま話す。
ちゃんとした答えが決まっていないことを聞くと、魔法の効果が切れるまで要領を得ない回答が繰り返されたりする。
あと、魔法にかけられている間の記憶もちゃんと覚えてるから――」
「喋らせてるオフィさんは滅茶苦茶恨まれる」
「そうなの。使徒様には効かないから、ヘイトは嫌わないでね?」
オフィさんは僕の手を両手で握り、目を合わせてきた。手甲に包まれているから、何の感触もしない。彼女の白魚のような手を握り返した。
「……マルティナさんのこと知らないってのは噓でしょ」
「あら、何故?」
「酒場に入ってきて真っすぐマルティナさんのところへ行ったから」
あの場には魔法使いが大勢いたし、オフィさんを警戒した者も少なくなかった。全然知らないのなら、マルティナさん目がけて行けたのは何故か。少なからず知っていたからだ。
「何で、オフィさんは街に来たんですか?」
何故僕に嘘を吐いたのか。そして何故、あの日、あの夜にオフィさんは姿を現したのか。偶然か。はたまた――――吸血鬼を呼び込んだかのはこのひとか。
猜疑心が腹を満たす。逃げられないように彼女の手を握る。
オフィさんは満足げに笑って、
「メサから手紙が届いたの」
と言った。
「メサさんから?」
拍子抜けして力が抜ける。
そう言えば、誰かと誰かは集まらなかったとか言っていたような。
「内容は?」
「『助けてくれ』」
「どういうことですか?」
「魔法使いがふたり殺されて、自分も狙われると思ったのね。きっと」
「関係ないですよね」
吸血鬼の狙いは4人の魔女であり、メサさんは標的に入っていないはずだ。
「それはヘイトたちの立てた推測だったでしょう?きっと、無差別魔女殺人だと疑惑を持ったのね。それで身を隠したの。あの子、臆病で逃げ足が速いから」
「逃げ足は確かに早かった……」
「手紙にあったわあ。『犯罪に関わっている魔女を探している』って、余所者の白い女に聞かれたって」
「……なるほど」
頬杖を付いて重い頭を支える。
メサさんの姿が見えないのも、オフィさんがこの街に来たのも、吸血鬼に因んだ一連の出来事。それなら納得できる。
いやしかし、メサさんに話しかけた白い女というのは、
「ストリガはメサと接触していた可能性が高いわあ」
「やっぱりそう思いますか」
「メサも探した方がいいかもねえ。できるだけ早く」
彼女も何か手がかりを握っているかも知れない。いったんオフィさんにはメサさんを探してもらい、その間に僕は、マルティナさんのところへ話を聞きに――
「ねえ」
「なんですか?」
「信用して欲しいの」
「はあ」
「マルティナへの尋問、私にやらせてくれない?」
僕に魔法は効かないはず。だが、心を読まれたのかと思った。
街にある教会内の取調室、ではなく応接室にいる。
ガラス窓から射す陽光が、質素な部屋を明るくしている。長机の周りには椅子が並べられているが、埋まっているのはふたつだけだ。
マルティナさんの向かいに、オフィさんが座っている。
「正直に話した方が良いと思うわあ」
壁際に立って二人の魔女を見る。縮こまる"魅惑"の魔女に対し、"秘密"の魔女は余裕綽々としている。
マルティナさんの顔色は悪い。聖職者や使徒が護衛をしてくれた上で教会での保護だ。安全だっただろうが、悪魔と契約した魔法使いにとって居心地が悪かったに違いない。
「魔法を使ったらいいでしょう?」
マルティナさんは怯えた表情のまま強がってそう言った。オフィさんは、分かっていないみたいね、と言い含めるように、
「使徒様の目的はあくまで吸血鬼を捕まえること。あなたの命なんて二の次なの」
それは違う、アントニオさんの意思にも反する、そう思うが、この場はオフィさんに任せる。
「あなたを釣り針に付けて、吸血鬼のいそうな川に投げ込んでもいいの。あなたが食べられてしまっても、釣りあげられれば良い」
ぐっ、とマルティナさんは言葉を飲みこんだ。
お前を餌に吸血鬼を呼んでも良い、とシンプルな脅迫をしている。奴らの獲物に対する執着を見た。吸血鬼は多少の罠など気にせずかかるだろう。採用できないがいい手に思える。
オフィさんは小さくため息を吐いた。
「――そんなに私の魔法が見たいのね。なら、仕方ない。"秘密"の悪魔よ」
マルティナさんの表情が引き攣った。
「契約を履行する」