142話 魔法使いビダルの証言
「如何にも、こやつらは魔女に相違ない」
ローブを纏い、三角錐の帽子をかぶった黒ずくめの彼は、遺体安置所にいて妙に合っている。
ステレオタイプの魔法使いといった風体の彼は続けた。
「一人目の方が"狼狂"、二人目が"蛇竜"に間違いなかろう」
「ビダルに声をかけて正解だったな」
当たりを引いた手ごたえを感じてアントニオさんが呟く。
被害者は魔女かもしれない、そう気付いた昨夜。同じ魔法使いなら何か知っているのではと、供に魔物と戦ったことのあるビダルさんへ便りを出した。
「ほう、ふたりとも魔法使い。男の方はいかがですか?」
マリオ検視官が聞くが、
「知らぬ顔だ」
「魔法使い特有の身体的特徴があるわけではない、と。興味深い。女の方は顔見知りでしたか」
「うむ」
親しかったのか?とミックさんが聞くと、ビダルさんは否定した。
「数日の間、大規模侵攻で行動を共にしただけだ。こやつらに不穏なものを感じたため距離を取った」
「他に誰か一緒だったか?」
「鉄柵、狼狂、魅惑、蛇竜、4人の魔女で組んでいた」
「4人、か」
吸血鬼の正体は分からないが、被害者に共通点を見つけることができた。もしもこれが、
連続カップル殺人事件ではなく、
連続魔女殺人事件だとしたら、
次に狙われるのは、残ったふたりのうちどちらか。居場所が分かれば次の犯行を防げるかもしれない。あくまで推測でしかないが、調べてみる価値はある。
ミックさんが疑問を口にする。
「よく覚えていたな」
「某は滅多にサバトへ参加せぬ故、他の魔法使いがどうしているか知らぬ」
ビダルさんはそう前置きしてから、
「見知らぬ魔法使いなど信用に値せぬ。観察と分析を怠りはしない」
「なるほど、警戒していたか」
ビダルさんは4人の魔女を警戒していたから、人相と使う魔法を把握していた。4人の魔女に不穏なものを感じた、というのが引っかかったが、話題が移ってしまった。
アントニオさんが握手を求める。
「情報ありがとう、ビダル。これからも手を貸してくれないか?」
しかし、迷った素振りを見せて、握り返さなかった。
「……某は身を隠す」
「隠れるのか?」
「無差別に魔法使いを殺しているという線が消えたわけではあるまい」
「そう……だな」
「メサも身の危険を感じて隠れているのではないか」
吸血鬼は特定の魔女を狙っている、というのは僕たちの立てた推測に過ぎない。当の魔法使いであるビダルさんにとって、それで自分が狙われなくなったとは思いきれないか。
アントニオさんは腕を組んで顎を触る。
「ひとつ聞かせてくれ」
ビダルさんは、協力したいが危険は冒せない、迷いと申し訳なさが籠った目線をアントニオさんへ向ける。
「『集まった魔法使いを使徒が保護する』と宣伝したら、集まってくれると思うか?」
今度はビダルさんが考える番だ。ゆっくりと言葉を選んでから、口を開く。
「集まる」
ビダルさんはエナン帽のつばを少し持ち上げた。
「魔法使いには社会的な信用がない故に庇護者を求める。使徒であれば望むべくもない」
「簡単にいくかな?」
「無論、罠を警戒するだろう。直ぐに結果は出ない。しかし、安全だと判断すれば寄ってくる」
「――――よし、じゃあ、捜査方針はふたつかな」
返答に満足したアントニオさんは、僕、ミックさん、ビダルさん、アイシャさん、マリオ検視官の顔を見渡して、
「ひとつ目、余所者で4人組の魔女を嗅ぎ回っていたヤツがいなかったか聞き込みする」
「"魔女を探しているひと"の話を聞ければ、吸血鬼の動きが見えてくるかもしれませんね」
アイシャさんが補足する。アントニオさんが頷いた。
「そうだ。相手は街の敵で、俺たちは使徒。街の連中の口は軽いだろ。あることないこと話してくれるはずだ。ふたつ目、標的の保護。
狙われている魔女を探して次の犯行を防ぎたい。だけど居場所が分からないから、ウチの村で保護するって宣伝して来てもらう」
仲間がふたり殺されていることを知ったなら、身を隠しているか、領地から離れているだろう。彼女らの居場所は分からない。ならば、安全な場所があると思ってもらって、来てもらった方が良い。
集まってきた魔法使いから吸血鬼に関する情報が聞けるのが最善。最低でも次の犯行は防がなくてはならない。
「不確定要素が多いのがな……」
「他に有効な手段もないだろう。時間が惜しい。手分けするぞ」
アントニオさんが申し訳なさそうに呟き、ミックさんが言った。
「俺は街でふたつ目を進める。トーニォとヘイトはひとつ目を進めてくれ」
理解するので精一杯で会話に割り込めなかったが、これは頼んでおかないと。
「あの、護衛についてなんですが、フェルナンドさん見つけたら声かけといてください」
「了解した。理由を聞いても良いか?」
「吸血鬼が超人的な力を持っているなら、護衛も強くないと」
「確かにな、守りを突破されて護衛対象に危害を加えられたら最悪だ」
吸血鬼が白い馬だという考えを捨てきれない。ヤツだとしたら生半可な護衛は意味を為さないだろう。国の英雄ぐらいの手練れでも不安が残る。
よし、とアントニオさんが言って、
「マリオは引き続き仕事を進めてくれ。ビダルは……どうした、何か気になるか?」
見ると、ビダルさんはじっと遺体を見つめていた。そして、
「……強かったのだ」
そう呟いた。
「こやつらは他愛もなく魔物を退けていた。熟練の魔女であったのは疑うべくもない。いとも容易く殺められたとは……」
「遺体に抵抗した様子はなく、あっさり殺されておりますな」
マリオ検視官がビダルさんの言葉を補強した。
ビダルさんは虞を含んだ口調で呟いた。
「それは、まさしく怪物……吸血鬼の仕業であるな」
「くれぐれも!呪いの鎧は!着せないようにお願いします!」
何度もアントニオさんに釘を刺しながら、アイシャさんは去っていった。
「ヘイトは愛されてるなあ」
「アントニオさん、ホントにそう思ってます?」
なんでも例によって使徒が召喚されたらしく、アイシャさんは案内人を任されたそうだ。使徒の名は"オマール・シャレ"と聞いた。彼女の説得次第で、その使徒も手を貸してくれるかもしれない。
アントニオさんとふたり、街の南にあるリオ村にきている。
近くに住む魔女が死体に魔法をかけて吸血鬼を作ったとかそんな噂を聞いたからだ。魔女がいるのなら、吸血鬼も足を運んだかもしれない。
迎え入れた村長に付いていって家へ向かう。途中、農作業をする村人を見かけたが皆暗い表情だった。
「雰囲気が悪いな」
「疫病で何人か帰天しました」
アントニオさんが呟くと、中年の村長は前を向いたまま答えた。
小さな村である。目立つ建物は酒場と地区教会くらいで、村長宅だからと言って他の家と遜色はない。
「最近、村で変わったことはなかったか?」
「先ほども申し上げた通り、疫病が流行りました。不治の病です」
「怪しい奴が訪ねてきたとか」
「いえ、特には」
そうか、と村長の返答を咀嚼してから、アントニオさんが続ける。
「……そうか。この村から吸血鬼が出たと街では噂になっていたが」
「根も葉もない、ただの噂です」
「この村の近くに魔女が住んでいるという話は」
「事実です」
「うまくやっていけてるのか?」
「――あの女が」
奥さんがブドウジュースを出してくれた。村長は机をじっと見つめていた。その表情が曇っていく。
「おそらくあの女が疫病を流行らせたのです。捕まえてください」
「あなた、あのひとは――」
「……」
「捕まえないなら、この村から出て行ってください……!」
「使徒様に、そんな――」
「お前は黙っていないさいッ」
村長は奥さんの言葉を強く遮った。
「『怪しいヤツはこなかった』か。大規模侵攻作戦でよそ者が大勢通ったはずなのにな」
「話にならなかったですね」
「うん、なんか隠してそうだった」
林に作られた道を歩きながらアントニオさんと話す。
村長の様子は明らかにおかしく、詰めていけば何か聞き出せそうだったが、アントニオさんは追及せずに村長宅を辞した。
「さて、どんな山姥が出てくるか――お、あれじゃないか?」
一旦村長のことは置いておいて、魔女の方を訪ねることにした。
木の密度が低くなっている場所に家の屋根が見える。木と石を組んだ古い家だが、小奇麗にしている。よく手入れされた庭には花壇があり、多種多様な草花が育てられていた。
アントニオさんが木の扉をノックする。
「こんにちは、誰かいないか?」
「はあい」
中から女性の声で返事が聞こえ、すぐに扉が開いた。
40代くらいの小麦色の肌をした女性が顔を出した。長い黒髪を耳にかけながら、見慣れぬふたりの男の顔を訝しげに見る。
「どなた?」
「俺はアントニオ、こう見えても使徒でね」
「へえ、あなたも?」
こちらを見た。
「あ、はい。僕も使徒です」
「……私の顔に何か付いてる?」
「い、いえ、魔女と聞いていたので、もっと、こう、それっぽいというか、とんがり帽子とローブ姿を想像していたというか」
「ああ、村の連中と話したのか」
朝見たビダルさんとは打って変わって、いたって普通の女性だった。死体に魔法をかけて吸血鬼に変えてしまう、という噂からは想像もできないほど、どこにでもいるご婦人然とした姿に面食らってしまった。
「私は魔法なんか使えない。ただの薬草師だ」
ルシアと名乗ったその女性は、低めの声でそう言って寂しげに笑った。