134話 全ては在りし日の――
ばしゃ――と、
泥を蹴って踏み込み、斧を振り降ろす。切っ先は精緻な甲冑を掠め、ぬかるんだ土に食い込んだ。
飛び散った黒色の飛沫が、白い外装を汚す。果敢に振るう木こりの斧と魔剣が白い鎧を捉えることはない。
吸血鬼の纏う白い甲冑は、雨と泥を浴びてますます美しく見えるようだった。兜にあしらわれた天秤のような装飾からは、何の感情も読み取れない。
夜に浮かび上がるような白い鎧は、両手に持った戦棍で僕の斧をいなすと、呪いの鎧に前蹴りを打ち込む。
苦し紛れに振った魔剣はただ夜闇をかき混ぜた。
追撃のメイスが頭に振り下ろされた。雨音が金属音にかき消される。意識が飛ぶのを堪え、斧を振り上げると、片腕に当たった。
白い鎧の手から離れた得物は放物線を描いて、黒い森の、木々の隙間に消えていった。
一切の動揺を見せずに、吸血鬼は、残ったもう一本のメイスをこめかみに振り下ろす。
視界が回り、
ばしゃ――と、
仰向けに転がった。ぬかるんだ地面は、身体に絡んできて、僕を飲み込もうとしているかのように感じる。恐怖から離れようと必死に後ずさると、背中が太い幹に当たって行き止まる。
「すまない、ヘイト君」
無様な姿を嗤うでもなく、囁くような低音で言うと、吸血鬼は空いた手で銃把を握った。
「なん……で」
「神伐の悪魔はね、僕の息子を蘇らせるとこう言ったんだ。『また、息子と、妻と、同じ時を過ごしたいのなら、私の望みを叶えろ』と」
「死者の、蘇生」
こちらを向く天秤のような装飾からは、何の感情も読み取れないが、酷く悲痛な声で、
「取り戻したいんだ。マルセル、ロザリアと、笑い合ったあの日々を。例え世界を、滅ぼすことになったとしても」
白い鎧はこちらへ歩み寄る。
「僕は君を殺さなきゃいけない」
言葉からは感情が消え、冷たい覚悟が宿っていた。
吸血鬼――
「全ては在りし日の平穏のために」
白い馬は、僕に銃口を向ける。