エドガー・A・ホワイトフィールドの手記:黒い森と魔物
この世界の神代より人間は、黒い森、延いては魔物との戦いを続けてきた。
黒い森と呼ばれる森林地帯は、普通のそれとは比較にならない速度で成長しその版図を広げていく。この森は絶えず人間に敵対的な危険生物、つまり魔物を生み出している。
森を伐り続けなければ瞬く間に国土を侵し、発生した魔物が人々を脅かし、また黒い森が広がる。まさに悪循環だ。
この世界は、文明の発展具合から中世盛期程度だと思われるが(使徒の介入があるため単純な比較はできないものの)、世界の歴史にたびたび見られる大規模な民族の移動や、国家間の侵略が、こちらの世界の記録にあまり無いことからも、黒い森が地理・政治に与えている影響が甚大であることが窺える。
黒い森が地図上を流動的に分断してしまうので、慎重に動かざるを得ないのだ。
手をこまねいていれば、やがてこの世界の人々は生活圏を失い魔物に蹂躙されてしまう、そう思った時、神が私をこの世界へ送った意図が見えた気がした。最悪の未来を避けるための一助として、見聞きした情報をここにまとめ、残していくことにする。
〇猟犬
「主に祈りが届いているのなら、楽に死ねるだろうね」
体高1メートルほど。全身に強靭な筋肉が付き、緑に近い色の短い体毛が全身を覆っている。グレート・デーンを思わせる屈強な体格で、ピットブルよりも高い凶暴性を持つ(魔物全般に言えることだが)。
一目で我々の知る動物と一線を画す魔物であると分かるのは、その頭部の形状だ。
見慣れた動物たちの口は地面に対して平行に開くようにできているが、サブエソはこれが縦に開く。サブエソの死体を始めて見た夜はものが喉を通らなかった。
肉食動物らしく鋭い歯が生え揃い、咬合力は木で作られた柵を容易く嚙み砕いてしまうほどだ。暗い森の中に棲むからか、視覚より嗅覚や聴覚に優れており、獲物のかすかな痕跡を追跡し、高い身体能力で素早く襲い掛かることができる。
さて、サブエソの危険性についてだが、1匹に対し、武装した大人が一人で対等に戦える程度だと言われている。だが実際のところ、サブエソが単独で行動することは少なく大抵は群れで行動する。この習性が危険性を高めており、大規模な群れが熟練の騎士団を壊滅させたこともあるようだ。
気休めではあるが、知能はそれほど高くない。攻撃は直線的な突撃であり噛み付いてくるだけだ。柵や盾などで突進の勢いを止め、顎なり足なりを破壊できればその殺傷能力を大きく削ることができる。
〇抱擁
「木が動いたんだ!嘘じゃねえって……皆、皆吊るされちまった……」
特殊個体。サブエソを除く魔物をそう呼称している。出現数はとても少ないが、どの種も人の連携を阻害して戦闘行為の難易度を跳ね上げさせている。
まずアブラソ。体長は3メートルほどで昆虫のナナフシに似た大型の魔物だ。移動速度は遅く、耐久力も低いが、黒い森の木々に擬態することで発見は困難である。
アブラソは魔法を使用して周囲にトラップを仕掛け、草を結んで足をかける、蔓と枝で跳ね上げ式の足括り罠を仕掛けるなど、行軍の阻害や殺傷を図ってくる。
撤退中に遭遇し、罠を警戒するあまりサブエソに全滅させられてしまう例が後を絶たない。発見さえできればアブラソの無力化は不可能ではない。
〇幽鬼
「足が無かったんだ。そっから先は憶えてない」
特殊個体。
姿は外套を着た人間に似ており、状態の悪い斧や鉈などで武装している。特徴として両足がなく、被害が出る瞬間までレイスの接近に気づくことができない。
レイスの武器で付けられた傷は痛みが激しく、破傷風のような症状が出てしまい戦闘行為の続行ができなくなる。また、知能が高く、人間に忍び寄り司令官や衛生兵などの重要な者をターゲットにする行動を取る。
そして最後にレイスの厄介な点として、秘跡や魔法、才能などの特殊な攻撃手段でしか傷を与えられないことが挙げられる。
一般的な木こりでは対抗手段が無く、戦闘集団の構成によってはレイス単体に敗走することになる。
これも気休めだが、戦闘能力自体は高くはないため容易く排除できる。発見次第できるだけ早急な対応が必要だ。
〇餓鬼
「たった。たった一歩で全部変わっちまった」
特殊個体。
身長80センチメートルほどの、人間の子供に似た魔物で数匹の群れを成す。固い肌は黒色で樹皮に似、頭部はクルミの殻に酷似している。腹部は肥大化しており、刺激を受けると爆発するのが最大の特徴である。
移動速度は遅く、魔物の中で最も脆弱だが、危険性はすこぶる高い。身体が小さいため茂みに隠れていると発見が難しく、人間を発見するとゆっくりと接近し、針金のような腕を自らの腹に突き刺して自爆する。
爆発は手りゅう弾に匹敵し、広範囲に鋭利な骨を飛散させるため、被害が大きくなりやすい。
とにかく先に発見し、接近を許さないことが肝要だ。
〇憑霊
「私の夫を返して」
特殊個体。
体長2mほどで、地面に拳を付けながら移動する、屈強な身体を持つ霊長類に似た魔物。体表は青みがかかっていて、頭部は人間の老人に似ており、長い頭髪を生やしている。
勘治はゴリラと表現していたが、言い得て妙だ。見た目に違わず身体能力が高い。太い腕による力任せの殴打や、掴みかかり、タックルをしてくるようだ。柵や人間程度では抑え込むことは難しいだろう。
加えて、人間の死体に魔法をかけ、"子"と呼称される敵性存在を作り出す。"子"となった者はテナガザルと蜘蛛を足したような姿に変わり、鋭利な牙と爪を使って襲い掛かってくる。
戦闘が長引いて死体が増えるほど敵の数が増える。できるだけ早く本体である"親"を処理しなければならない。
しかし、力強さと耐久力。巨体に見合わぬ機敏さを持っており、単純に白兵戦をしても苦戦する敵だ。
タイミングを合わせ、秘跡や魔法、レガロによる火力を集中させることができれば活路を開けるだろう。
〇影像
「あいつが死んでたのを知ったのは……全部終わった後だった」
特殊個体。
その中でも異質な魔物だ。何せ、ドッペルの発見報告はすべて黒い森の外なのだから。
滅多に現れることは無い。
能力は、動物や人、石像などのあらゆる姿へと変身することができる。
人間を見ることである程度の記憶を読み取ることができ、親しい者へ変身して近付いて人を害す。その能力を使って人間に化け、街や村などの共同体に紛れ込んでしまう。
被害者の脳幹付近を食べることで記憶を完全に読むことができ、そうなれば家族でさえも魔物であると見破ることは困難だ。ドッペルが家族に化けていれば、その家族が死んでいることにすら気づくことができないだろう。
正体を見破ることは困難を極めるが、人間との相違点として、頭蓋骨の中に脳が無いこと、秘跡や魔法、(当然というか)レガロが使えないことが挙げられる。
ドッペルであると分かれば、戦闘能力は高くないため仕留めることは難しくない。鳥や小動物に変身しての逃走には留意が必要。
〇人狼
「抗う気さえ起きなかった」
特殊個体。
体長は2メートル~3メートル。二本足で立ち、体格は人間と比べて何回りも大きい。狼に似た頭部に硬質な面を装着しており、巨大な剣や斧、槍などの武器を携行している。
人狼やミノタウロスが現実に現れてしまったかのような姿だ。
生半可な攻撃は通用せず、武器を振るうだけで大きな被害を生む。まさしく戦車のようだ。
戦闘方法に理屈は無く、強靭なフィジカルに任せた白兵戦だ。対抗手段もまた無く、接敵すれば甚大な被害は免れない。
ただ、ターゲットを見定めると、その対象に対して重点的に攻撃を続ける習性がある。生存能力の高い者が囮となり、行動を阻害する特殊攻撃で足を止め、強力なレガロによる攻撃を与えことが、無力化の近道である。