130話 ラウンド1
刃が触れて鎧が欠ける。剥がれた欠片が白く光り、払い除けるような爆発になった。
剣を振り降ろしたふたりの親衛隊が弾き飛ばされ、ほぼ同時に爆発音が響いた。
いつのまにか、身体を鎧が包んでいる。
造形は標準的な西洋甲冑だがどこか華奢に見え、そのシルエットからは不釣り合いなほど巨大な戦斧を手にしている。純白のコートを羽織り、赤いマントをパレオのように腰に巻いている。
これは……憶えがある。"爆発反応装鎧"だ。衝撃に反応して小規模な爆発を引き起こし、敵の攻撃を防ぐ。ローマンさんの"衝撃波"すら弾き返した鎧だ。
"夜宴の兜"で鎧袖の魔法を使ったのか。
足が地面を蹴ると、ふっ、と身体が浮かびあがって視界が広くなる。ザカリアスに追従する親衛隊が100名弱、ネグロン軍が400名余り。合わせて500名程度か。
対して王国軍が倍数くらい。戦力はホセ王側が有利だ。
ただ。
純白の羽衣を纏う黄金の全身甲冑。兜を被らず晒されている顔は黒く、金色の長髪を流している男。
鉛のような鈍い光を称える双眸に、真一文字に結ばれた口元。
例えるなら、黄金の鎧を着た、漆黒の獅子。
アーサー・ザカリアス。
あいつがそこに立っているというだけでこのクーデターは成功する、そんな説得力がある。相対する軍勢を見比べると士気の高さは圧倒的にザカリアスの軍の方が上だ。
逆に言えば精神的支柱であるザカリアスさえ倒せばこのクーデターは終わるはずだ。
バトルアクスの柄を握る手に力を込める。
――いや、上等だ。
全員倒して、このクーデターを徹底的に叩き潰してやる。
「ヘイト、助言だけしてやる。鎧は応急処置を済ませただけだ。長引かせるなよ」
「了解!」
走り出すように飛行する。長年扱ってきた武具のように身体に馴染む。
狙いはひとり、敵の将。
爬虫類のようなレオナルド・ネグロンの顔が、驚愕、焦り、憎悪と変わり「突撃!」と叫んだ。ネグロンの軍のうち先頭の数十人が勢いづき、得物を構えて駆けた。
「止せッ!」
この鎧の能力を知っているザカリアスが号令をかけるがもう遅い。ネグロン軍が向ける刃が、鎧に触れる。
爆発が敵兵を吹き飛ばす。防御は考えない。小規模な爆発で兵を押しのけながら金色の鎧、守護者の鎧を目指す。
ザカリアスの構えた神威招雷へ振りかぶったバトルアクスを叩きつける。ガチャンと重い金属音が鳴り響いた。
流石、ザカリアスはびくともしないか。ならばコンダクト・シールドの雷撃に当たらないように、びくつかせるまで叩き込む。
二撃目、三撃目、ザカリアスは楯で巧みにいなした。
「私にお任せください!」
「クッソ……」
後ろからレオナルド・ネグロンが飛び掛かり羽交い締めにしてきた。体術程度の衝撃じゃあ爆発は起こらない。
振り払おうとしたがホールドされている。思ったより気合の入った奴――
「スクブス様……」
「チッ」
せっかく感心しかけたのに、こいつも、あいつの言うこと聞いてるのか。あの女、姿を消しても尚、この世界にひっかき傷を付けていくのか。
邪魔だな。
確か、こうだったか。
レオナルドを振り払う動きで、コートの繊維を振りまく。
「伏せろオオォォッ!!」
ザカリアスが叫んだ、親衛隊の反応は良い。宙に舞う繊維の中に滑り込ませるようにバトルアクスを振り払う。
辺りに散った細かい繊維が白熱し、赤熱して――
ドンッ――と、
音と爆煙が一瞬で広がった。
ばらばらと石壁が崩れる音、兵士たちの呻き声が聞こえる。
煙が薄れていく。気絶したレオナルドが地面に落ちた。ついでにコイツの連れてきた軍の半分はすでに倒れている。親衛隊はほぼ無傷。レオナルドに絡まれている間に距離を取り、ネグロン軍を風除けにしたか。
「殺してないでしょうね?」
「無論、手加減している。殺したらお前は遠慮して暴れられんだろう」
「そりゃあどうも御親切に」
ザカリアスの姿を探す。
いた。こちらを見ている。手に持った臙脂色の大剣が変形している。
「まずいっ」
エグゾカリバー。持ち主以外の動きを遅くする大剣だ。刀身に埋め込まれた宝玉から放たれる光に捕まると動きを遅くされる。ザカリアスなら能力が効いているわずかな時間で体術に持ち込み、僕の首を折るくらいの芸当はできる。
「エグゾカリバー」
咄嗟に高度を上げて空中へ、エグゾカリバーの範囲外へ逃げる。
「飛んだなア」
下を見るが、恐れた赤い光はない。ザカリアスは朱い槍を投擲する構え。
「やっちまったッ!」
「吼えろ、火尖鎗」
後悔が頭を過ぎり全身が硬直した。ザカリアスは僕が自軍の中にいたから大技を使えなかっただけだ。レオナルドの羽交い締めで爆発しないところを見て、空中へ誘導された?
キラリと閃光。腹に重い衝撃。火尖鎗の柄を握っている。刺さった。
視界が真っ白に染まり、
音が消える。
「ヘイト、おいヘイト」
「……どのくらい寝てました?」
「3秒くらいだ。生きていて良かったな」
ガレキをベッドにして寝ている。落下してどこかの家に屋根から突っ込んだようだ。酷い耳鳴りが聞こえる。
「大きいのを貰った。鎧の耐久性は残り10%くらいだ」
「いや、凄い品質です。実際」
「当然だ」
身体を起こし、手を握り、開いて、指が5本あることを確かめる。
死ぬかと思ったが身体に痛みはほとんどない。感覚器官が少しイカれたくらいか。火尖鎗の直撃を食らってこのぐらいで済んでいるのは鎧のおかげだろう。
バトルアクスとコートは無くなっている。マントは不思議と無傷で、鎧は煤だらけ。火尖鎗は近くに転がっている。
相手にエグゾカリバーがある以上、接近しても勝機はない。さて、どう攻めるか。
天井に空いた穴を見上げる。
「まだやるかア」
自分が空けた天井の穴から浮かび上がり、ザカリアスを見る。毛皮のコートの代わりに落ちていたぼろ布を全身に纏って、鎧がボロボロだということを悟られないようにする。
「まだやるさ」
ザカリアスに向かって真っすぐ全速力で翔ぶ。英雄は兵たちを後ろへ下がらせて距離を取らせ、単身向かってきた。
肉薄する。
エグゾカリバーがメカニカルに変形して一回り大きくなる。刀身に収まっていた赤い宝玉が半円状の光を広げた。僕を含めて、赤い半透明のドームに収められた者たちの動きが遅くなる。
その中でザカリアスだけが俊敏に動いている。剣を置き、太い腕を伸ばしてきた。
少しも動けない。大きな掌が僕の首を掴み――ザカリアスが何かに気付いたような表情をする。
ザカリアスは槍の名を呼んだ僕の首を掴んだまま地面に叩きつけ、上からコンダクト・シールドを潰すように押し付けた。
エグゾカリバーの効果が切れる。
ぼろ布の間から、白熱した火尖鎗が覗く。
「鎧袖の悪魔よ、契約を履行する」
残り10%のハイドレート・アーマーを燃やし尽くす。
火尖鎗が吼え、呪いの鎧をザカリアスごと爆発に巻き込んだ。
友軍を庇うために自らの肉体で爆発を抑えたザカリアスの身体は、見るも無残にボロボロになっていた。盾を握っていた右腕は捻じくれ、顔の半分が炭化している。
これで終わりなら楽だったのだが。
ザカリアスの纏っている金色の鎧が光を帯び、眼が眩むほどに強くなっていく。強い光が大柄な身体を塗りつぶしたかと思うと、傷の癒えたザカリアスがそこに立っていた。
"守護者の鎧"の能力だ。1日に1回、致命傷を含めすべての傷を癒やす。鎧が纏っていた羽衣が消えている。
「自決覚悟で吾輩か軍のどちらかを連れていくつもりだったのだろうが、失敗だったなア。犬死がお似合いだア」
「嘲っているわりには楽しくなさそうだな、ザカリアス」
「……ッ!まだ生きているとは」
完全回復はもう使えない。早めに使ってもらって良かったのだろう。あれを温存されていたら勝ち目がなくなっていた。
繭を解く。
「貴様、その鎧はア……!」
「因縁の鎧だろう。貴様が殺した男が着ていたものだ」
濁っていたザカリアスの眼に明確な殺意の光が宿る。
赤いマントを頭巾のように被っている。両腕は拘束されたように動かない。その代わりに、肩甲骨の辺りから両翼が生えている。
巨人の掌のような右翼、"剛腕"。幾多の腕が絡み合って形作られた左翼、"多腕"。
そのシルエットは、さながら真鍮色の蝶のようだ。
呪いの鎧、"栄光をその手に"。
「さあ、次のラウンドといこうか。ヘイト」
悪魔が嗤う。