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ヘイト・アーマー ~Hate Armor~  作者: 山田擦過傷
9月 王都強襲編・2
133/189

128話 9月20日 回転する舞台

 


 扉を開ける。

「皆、無事だよ」

 客室に入るなり、椅子に座ったイザベルさんが片方の眉を上げてそう言った。


「良かった」

 口を開いてもごもご何か言う前に言われてしまった。僕が皆のことを気にしていることなどお見通しだったか。広い部屋にはこの家の執事であるセバスティアーノさんを含めて3人しかいない。起きてきたのは僕だけのようだ。


 何かお召し上がりますか?とセバスティアーノさんが聞いてくれたので、朝食の用意をお願いする。

「もういいの」

「はい、治りました」

 スクブスに刺された腹をさすると鈍い痛みが広がる。(もだ)えるほどではなく、出血もない。不快なだけだ。


 イザベルさんはレイピアを持つと、鞘先(さやさき)で僕のシャツを(めく)る。

 スクブスに刺された傷は、朝起きたら黒い枝葉が瘡蓋(かさぶた)のように凝固(ぎょうこ)して埋まっていた。これも才能(レガロ)のおかげだろうか。


「化け物め」

 イザベルさんはこちらを見てニヤリと笑い、レイピアを置く。


「どんな奴だったの?スクブスって女」

「僕なんか比較にならないくらいの化け物でした」

 (まぶた)を閉じて暗闇を見る。



 あの後、スクブスは見つからなかった。

 古い屋敷を揺らしていた喧騒(けんそう)は嘘のように静まり、残っていたのは戦いの(あと)

 無数の月桂樹(ローレル)と矢。雷撃がのたくって焦げた痕。ぶちまけたような血と肉。いくらなんでも騒ぎすぎで、衛兵や親衛隊が来るのは目に見えていたから、遺体を(とむら)う暇はなかった。


 無傷だったのは墓守のおじいさんだけだ。

 あとは怪我人が怪我人に肩を貸しているような状況で、()()うの体でセバスティアーノさんが待機している馬車まで辿り着き、ほっと息を()いてからの記憶がない。



 さっきより優しく傷口を撫でる。この痛みを感じる度にあいつの顔がフラッシュバックする。矢を突き立ててきたスクブスの楽しそうな笑顔が。


「正直、信者を倒して6対1に持ち込めばどうにかなると思ってたんです。こっちにはフェルナンドさんとか、ローマンさんだっていたわけですし」

「途中まではうまくいってた」

「はい……」


 イザベルさんが茶化すように図星を突いてくる。ばつが悪い。

 姿を現すかどうかの方が問題のはずだった。伯爵に(ふん)した僕を餌にして、取り巻きの小魚をかいくぐってヌシをうまく釣り上げたと思った。


 目論見通り。これで復讐できる。舞い上がった。

 しかし、釣り上げたのは魚ではなく怪物(リバイアサン)か何かで、あっという間に容易(たやす)くひっくり返されてしまった。

 レガロの練度や規模、精神性や倫理観、化け物と呼ぶ以外に何と例えたものか分からない。



 セバスティアーノさんがパン(がゆ)の入ったボウルを持ってきてくれる。

 スプーンで(すく)うと丁寧に裏ごしされているのが分かった。腹に穴が開いているから、気を遣ってくれたのだろう。


 "夜宴の兜"の口部を開いてスプーンを口に運ぶ。優しい甘さと温まったミルクの香りで少しだけ緊張で(ほぐ)れる。


「"聖職者の抜け道"、見つかったよ」

 イザベルさんは白いカップに手酌(てじゃく)でハーブティーを(そそ)ぎ、一口飲むとそう言う。


「ほ、ほんとですか」

「抜け道でも何でもなかったんだけどね。前々から申告すれば良かったんだ」

「申告……」


 僕が分かってなさそうだったからか――実際に分かっていないのだが――イザベルさんは始めから説明することを決めたようだ。


「昔から王都の検問が厳しいのは有名だけど、2か月前に神罰教会の連中が()()()()てから、さらに厳しくなった。特に都の外に出る時だね。怪しい奴が出られないようにしたわけ」

「だからディマス騎士団は逃げられなくなったんですよね」


「そう。衛兵が人相や手荷物を細かく確認するから、(えら)く時間がかかる。でもそれで文句を言う連中がいる」

「え、聖職者ですか?」

 話の流れ的に当てずっぽうを言うと、正解、とイザベルさんは頷いた。


「20人とかで固まって巡礼する聖騎士とか、なまじ地位のある神父とかが『遅え!』って言って()めたらしいね。で、聖職者の善性を信じるという建前のもと、事前に人数と積み荷の申告を済ませておけば当日の検問を簡易的にするという特例ができた」

「事前の……申告……都の外に出る予約をするってことですか?」

「まあ、そういうこと。素晴らしき"王都の教会権力"があってこそさ。国会の連中は歯噛(はが)みしてるだろうねえ」


 数十人の細かいチェックをするには相応の時間がかかる。それを避けるために当日のチェックを簡単にして、時間短縮をするのか。


「抜け道でも何でもなかった、ってそう言う意味ですか。物理的なものじゃなくて、規則的と言うか、慣例的なものなんですね」


 イザベルさんは僕が理解したことを認めて大きく頷いた。

「大聖堂を案内した修道士(ブラザー)がいただろ?質問の仕方を変えたら教えてくれたよ」

「ああ、あの。でも、そのルールがあるからどうなるんですか?」


 イザベルさんはハーブティーにミルクを入れると、意地悪く口角を上げる。

(まぎ)()む」

「……なるほど」

 今度は分かった。


 王都から巡礼に出る聖職者と一緒に都を出る。人数や積み荷などの、事前の申請にかかる内容の帳尻(ちょうじり)さえ合わせればいい。


 皆が真っ白な修道服を頭まで(かぶ)って手を組み合わせ、巡礼者御一行様となってしまえば、検問を抜けられる可能性がある。


 スプーンで(すく)ったパン粥をボウルに戻し、数回かき混ぜると境目が分からなくなった。


使徒(ダリア)が説得して、大聖堂の協力は取り付けられそうだよ。共同墓地(カタコンベ)を使うセナイダの方もギリギリ間に合いそうだし、私たちは成功しそうな方を使おう」


「皆、うまくいってるんですね……」

「まだ落ち込むのかよ」

 イザベルさんは呆れたような、気にするなと言うような笑い方をする。


 イザベルさんやダリアさん、セナイダさんは"脱出"という大きな目的のため役目を果たした。

 だが、僕が先導した戦いでは皆が怪我をしている。神罰教会の構成員も大勢が死に、預言者(スクブス)は取り逃がした。


「意味は無かったのかもしれません」

 私怨(しえん)に駆られて、皆を巻き込んで、調子に乗って戦ったらこの結果。

 嫌になる。


 その時、ドアを全力で開けて、

「お目覚めですかッ!ヘイト様ッ!」

 ヒメネス家の当主であるドロテオ侯爵が入ってきた。


「おお、父上。おはよう」

「こ、侯爵、おはようございます」

「おはようございますッ!」

 大柄な身体全部を使って発声すると、ずんずんと歩いて椅子に座る。


「いやはや!聞きましたぞ!」

「そうですよね……申し訳ありません、迷惑を――」

「大戦果ですなッ!」

「戦果」


「そうでしょうとも!使徒様方に被害が出なかったのに対し、王都の宿敵である神罰教会の信者はほとんど衛兵に捕まり、その他は死亡、指導者は重症を負っている。神罰教会は!事実上の壊滅ですッ!


 祝杯だ!とっておきのワインを開けましょう!どうせ置いていくのだッ!」


 ドロテオ侯の目線からは同情や憐憫(れんびん)が一切感じられない。本気で勝ったと思っているのだ。

 考え方が違い過ぎる。


「いや、でも……」

 また後悔の迷路に迷い込みそうになったが、ドロテオ侯の発言に引っかかるものがあった。


「侯爵、その、『どうせ置いていく』って……」


 ドロテオ侯爵は自分の発言に今更気付いたかのように目を見開く。

「おおっ!そうでした!セバスティアーノ、今すぐ荷物をまとめろ!」


「やっとお(いとま)でしょうか?ドロテオ様におかれましては不肖(ふしょう)の私をここまで雇ってくださり――」

「違う!お前の円形脱毛が広がりきるまで辞めさせんぞッ!それより大変なことになったのだ!」

「チィッ!」

 セバスティアーノさんは火花が散るような舌打ちをした。


 イザベルさんが聞く。

「父上、夜逃げですか?」

「夜でも昼でも良いが、南へ逃げるぞ!」


「父上ほどのお方が逃げるほどのこと?」

「うむ。ザカリアス将軍が北の遠征から帰ってくる。レオナルド・ネグロンと共にな」

「レオナルド・ネグロンって……」

「誰そいつ」


 イザベルさんが眉根を寄せる。レオナルド・ネグロン、どこかで聞いた名だ。

 話に出たのは何か月も前じゃない。ネグロン家なのは間違いないだろう。王都に来てからどこかで話題に上がった。


『……ついこの間、このネグロン家の宗主であるカリストが帰天し、四男のルーカス・ネグロンが継いだ』


「あ、家を継げなかったネグロン家の次男」

「ほう!よくご存じで。差し支えなければ情報源をお伺いしても?」

「ホセ王から直接聞きました。でも、あれ?」


 流石ですな!と言うドロテオ侯の言葉を聞き流す。

「いや、でも、次男って北方諸国と繋がりがあるって」


 確かホセ王の説明では、北方諸国の軍が国境付近に集まってきていて、もしそのまま侵攻されても戦えるようにザカリアスと親衛隊が向かわせたと。


 家を継げなかったレオナルド・ネグロンは北方諸国へ情報を流す代わりに亡命するつもりだとも言っていたような気がする。


 ザカリアスは王国側で、レオナルド・ネグロンは敵国側のスパイだ。それが一緒になって帰ってくる?


 イザベルさんはこめかみや顎を触りながら聞く。

「帰ってくるのが早くない?国境まで行って、北方諸国を(イジ)めて帰ってくるんだとしたら、あと1か月かかってもおかしくない」


「北方諸国の軍隊は国境付近に集結はしたそうだが、戦闘陣地の作成のみを実施したとの情報だ」


武力衝突(ぶりょくしょうとつ)はなかったのか。なるほど。

 ね、まさか、ザカリアスはネグロンの軍まで連れて帰ってきたわけじゃないよね?」


「そのまさかだ」

「うーわ」

 イザベルさんは頭に銃弾を食らったかのように仰け反って背もたれに体重を預ける。

 また話についていけなくなった。


「どういうことですか?」

 北方諸国はの侵攻はなかった。

 ザカリアスは、親衛隊、レオナルド・ネグロン、そしてネグロン家の軍と共に王都への帰路にあると言う。戻ってきたら脱出の難易度が上がり、大変ではあるだろう。

 しかし、そんなことを言いたいわけではないように見えた。


 ドロテオ侯爵は眉間の皺を深くする。

「ザカリアス将軍は、ホセ王に対しクーデターを起こすつもりです。王都はまた戦火に包まれるでしょう」


「は……」


「12年前のクーデター、その再演ですッ!!」


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