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ヘイト・アーマー ~Hate Armor~  作者: 山田擦過傷
9月 王都強襲編・2
122/189

118話 9月8日 謁見

 


 目を閉じたまま、地鳴りのような声を聞く。

何時(いつ)まで寝ているつもりだ」


 重い(まぶた)を開く。高価(たか)そうなコートを着た髑髏が立っている。

「退屈だ」


 お前の暇つぶしのために生きているわけじゃない。狸寝入りを決め込もうか。


「いいや。お前は起きるさ。起きなければならないと思っているからな」

 髑髏は鼻で笑った。鼻なんかないくせに。悪態をつく。


「暇なんですか」


 そうだ、と悪魔は素直に答えた。舌打ちが出る。

 皮肉をまともに返されるとパンチをすかされたような気分になる。いつだってこいつの手のひらの上なのだ。気に入らない。


「我々は人間と違って死なぬのだ。暇つぶしはいくらあっても良い」

「楽しいようなことは無かったと思いますが」

「そうでもない。死は最高の娯楽(エンターテインメント)だ」


「聞き捨てなりません」

 国を守ろうとたくさんの兵士が死んだ。強大な敵が信仰に殉じた。それが娯楽だと言うのか。


「お前もそう思うだろう?」

「クソ野郎が」

 殺そうと、感情が立ち上がらせようとしたが、力は入らずそのまま倒れ込んだ。身体が言うことを聞かない。見下ろした悪魔が肩を揺らして笑っている。


 もどかしくて(たま)らない。だが、奥歯を噛み締める力もない。


「もうお前が望むものを見せやしない」

 悔しさに侵された脳が負け惜しみを言うと、悪魔は楽しそうに笑った。


「楽しみにしているよ。ヘイト」

 震える瞼が降りる。





 黒い全身甲冑を着た大柄なブラックナイト氏が、僕の乗る車椅子を押している。

 掃除が行き届いた廊下は立派な調度で彩られている。等間隔に立つ衛兵も、この王宮を(かざ)る調度のひとつのようだ。彼らの冷たい目に見送られるように、この国の王が待つ大玉座の間に向かって進む。


 木の車輪がわずかな段差を拾って揺れた。すぐにブラックナイト氏が、

「申し訳ございません。ヘイト様」

「平気です。速度落とさなくて大丈夫ですよ」


 車椅子は僕に負担をかけまいとどんどん遅くなっていた。

 木でできた車椅子は車輪を4つ椅子につけたような簡素なもので、小さな馬車や荷車に近い。ガタガタと揺れ続けていて快適ではないが、贅沢なくらいだ。右腕以外が動かせず、片目も見えていない僕が動き回れているのだから。


「王サマなんて待たせとけばいいんだよ」

「イザベル!それは……」

 珍しく聖騎士としてではなく礼服を纏ったイザベルさんが茶化し、こちらも鎧ではなく修道服を着たアレホさんが周りの衛兵を見渡して気まずそうに言った。


「不敬罪で捕まらないかい?」

 至る所に包帯を巻いたローマンさんが言う。


「どっちが不敬だ。こっちの大将は主の御使いなんだよ?神罰教会による武力蜂起(ぶりょくほうき)と魔獣討伐に協力した謝礼を、って。ありがとうが言いたいなら手土産もって訪ねてくるべきだろ」

「イザベルの言うとおりだ。それに協力ではなくすべてヘイト様の――」

「僕たち犯罪者ですけどね」

 どの面下げて堂々とできたものか。




 王都に現れた魔獣が討伐されてから、1週間が経った。


 12年前は数匹の魔獣が(みやこ)を焼き、少し前には一匹の魔獣が一区画を壊滅させて、巻き込まれた王妃が亡くなった。


 魔獣の召喚はほとんど災害のようなものだが、今回は幸いにも最低限の被害で済んだ。魔獣は突然、濁流のような血を吐いて死んだのだ。悪いものでも喰ったのかもしれない。


 僕たちは無抵抗で捕らえられ王宮で軟禁されていた。とは言え僕はずっと気絶していたし、皆も手荒な真似はされなかったようだが。


 僕が眼を覚ますのを待って、王から直々に褒美が出るとのことで呼び出しがかかった。指名手配犯なのに丁重な扱いという手のひら返しに、万歳三唱できるほど純粋にはできていない。何か裏があるのだろう。


 ここです、とブラックナイト氏が言うと同時に、観音開きの扉をふたりの親衛隊が開いた。この先が現王、ホセ・レオノード・デ・ゴート・アギュラが待つ大玉座の間、か。


 めちゃくちゃ豪華にした体育館、といった感じだろうか。赤と黄を基調にした大広間には一切の隙がなく、左の一列にハルバード、右一列に大剣と携えた親衛隊が並んでいる。


 立ち入った者に礼儀正しさを強制させるような威圧感がある部屋の最奥、兵の並木の終着点には暗幕のかかった絵があり、それが見下ろすようにふたつの椅子が並んでいた。


 左側は空席、右側の右側の椅子には大柄な男が座っている。


 王の姿がよく見える位置までくると、ブラックナイト氏、イザベルさん、それとアレホさんが右膝と右拳をカーペットに付け、(こうべ)()れた。


 僕もその場でうつ伏せに倒れて礼儀を示そうとしたが、堂々としてろ、とイザベルさんに囁かれ、車椅子に全体重を預けてぼうっと王と目を合わせることになった。偉い人の前で何とも間抜けだ


 ホセ王は黒を基調とした礼服を着こなし、この部屋の主であると示すかのように自然体で座っている。40代くらいか、黒髭を蓄えた浅黒い精悍(せいかん)な顔つき。一目で立派な王だと分かるのに、どこか覇気がないように見えるのは、疲れた目元のせいか。



 王の(そば)に立つ初老の役人が大きな声で話し始めた。

「この(たび)の神罰教会による武装蜂起への対処、それに加え、魔獣の討伐での働き、大儀であった。えぇ、使徒(アポストル)の皆様には……王から直々の謝礼と……それから、お言葉を(たまわ)ることを……許す、します」


 最初こそ堂々とした語り口だったものの、少しずつ躊躇(ためら)いが混じるようになり、最後の方はたどたどしくなってしまった。目線は忙しく泳いでいる。彼は実直なのだろう。同情する。


 王へ絶対の忠誠を示さなければいけないのに、謁見に現れたのはまさしく神様の遣いなのだ。この世の主とあの世の主の板挟みになっている。


「まず、王都への侵入、そして、ディマス伯爵の処刑を襲撃した……罪……に関しまして、はこれを、恩赦(おんしゃ)とします」

 役人は冷や汗をびっしょりとかきながらそう言った。


「それから――」

「もうよい」

 (もつ)れるような語りに痺れを切らしたのか、ホセ王は役人を制して口を開いた。


「貴君らの魔獣討伐の働き、見事であった。あのまま暴れさせていれば王宮は落ちていたことだろう。私も死んでいたかもしれぬ。偉大なる主のご助力には感謝しきれぬ。よって指名手配は取り下げ、都での滞在を許そう」


 低く声量のある声で、少しも表情を変えずに続ける。


「しかし、この国に平安が訪れたわけではない。北方諸国は勢いづき、南の黒い森(ボステ・ネグロ)は予断を許さぬ。そしてまだ、この都から神罰教会がいなくなったわけではない」


 ザカリアスを呼べ、と言われた役人が扉まで移動した。入り口が開いてアーサー・ザカリアス・ル・ヴァリエ・アギュラ将軍が入ってくる。


 ザカリアスは王の前まで悠然(ゆうぜん)とくると、ブラックナイト氏の隣に膝を着いた。

「ザカリアス、貴様は親衛隊の一部を連れて北へ()き、ネグロンの軍と合流しろ」

何故(なぜ)


「北方諸国の軍勢が国境線付近で集結している。名目上は軍事演習との報告だが、これまでよりはるかに数が多い。貴様の耳にも入っているだろう。ディマス伯爵がこの都にいる今、有事の際に動ける戦力が必要だ」

「しかしこの都の治安はア、悪くなっている。親衛隊が減れば……」


「そこは捕縛しているディマス騎士団を解放し、治安維持への協力を要請(ようせい)する」

「兄上!」

 立ち上がったザカリアスを目線だけで制し、ホセ王は僕たちへ向き合った。


「使徒よ。伯爵の身柄を引き渡していただこう。ディマスにも恩赦を出し、騎士団への指揮を頼みたい」


 これは、妙なことになったな。


 北方諸国への対処にザカリアスがあたり、都の警備をディマス騎士団に任せたい、とくるか。普通は逆だろう。素直にディマス伯爵たちを解放して彼らの領地へ返してあげれば済む話だ。


 ディマス騎士団を無事に王都から出すという目的を持つ僕たちにとって、彼らが無罪放免となるのは都合が良いが、何か伯爵を王都に置いておきたい理由でもあるのか。


 これは、先手を打っておいて正解だったかもしれない。

「王よ。発言をお許しください」

 とローマンさんが言い、許す、とホセ王は頷いた。


「実は、神罰教会による蜂起が起きた日から、ディマス伯爵の行方が分かっておりません」

「何?貴君らが(かくま)っていたのではないのか?」

 王は(いぶか)しみ、顎に手を当てて目線を下げた。


(おっしゃ)る通りです。我々はリーレーズ女子修道院で治療していた伯爵をヒメネス家まで移送する計画を立てておりました。ですが、移送途中に足跡が追えなくなり居場所が分かりません。蜂起の混乱に乗じて何者かが連れ去ったようです」


「神罰教会か――?嘘は()いておらんだろうな」

「はい。()に誓って」


 あの時、神罰教会のテロが起きる前、伯爵の居場所をより安全な場所に移そうと皆に提案したのは他ならぬ僕だ。でも僕自身、伯爵がどこに行ったか知らないから嘘ではない。伯爵の(そば)についている螺良杏里(つぶらあんり)さんにすべて任せている。


「王よ、伯爵がこの都を出たという情報は入っていますか?」

「いいや。ない」

「では、まだこの都にいる可能性が高い」


 ローマンさんとホセ王のどちらも、相手が何を考えているか、どう出るか読み合いながら話を続ける。


「それでは、ディマス伯爵の捜索に協力していただけませんか」

「……何が欲しい」


「はい、我々に都の捜索をするご許可と、民への公示をお願いいたします。使徒である私たちが分かれて歩き回れば、治安維持にも貢献(こうけん)できるかと」


 ローマンさんはお金などの即物的なものではなく、軟禁からの解放を要求した。相手の利を提示しつつ権利を主張している。この国の主であれば、口先ひとつでどうにでもなることだ。


「ふむ……」

「我々はディマス騎士団の面々と既知(きち)の間柄です。私から治安維持の協力をすれば、無下(むげ)にはしないでしょう」


「なるほどな……貴君らはこれからどこに滞在するつもりだ。当てがなければ王宮での滞在を許可する」

「ヒメネス家におります。ですので、今後の情報交換は家の者を通していただければ問題ないかと」


 ホセ王は、ローマンさんの表情に罪悪感がないか探すようかのに見た。彼の整った顔には冷や汗のひとつもない。そして、

「承知した。互いに情報を交換できるよう手配させよう」

 と言った。





 謁見(えっけん)が終わり大玉座の間から出る。その間ずっと、ザカリアスには燃えるような眼で見られていた。5人連れたって廊下を歩く速度は遅い。僕に合わせてくれている。


「僕はこんな調子ですし、皆は先に行っててください」

 良いのかい?とローマンさんが先ほどとは打って変わって柔和(にゅうわ)な表情で言う。


「はい。ブラックナイトさんに運んでもらいます」

「分かった。じゃあヒメネス家で待ってるよ」


 きっぱりと離れていくローマンさんとイザベルさん、少しこちらを気にするアレホさんの3人はあれこれ喋りながら離れていく。僕に対して気を(つか)わないから、彼らといるのは居心地がいいのだろう。


 王宮から出ると、青色に良く晴れた空が見えた。

 ゆっくりと車椅子を押すブラックナイト氏は、周りに誰もいなくなったところで話し出す。

「ディマス伯爵がリーレーズにいる時、二度、暗殺者がきたそうです。幸いにも杏里様が返り討ちにしたと」


「やっぱり伯爵の居場所はバレてたと。神罰教会ですか?」


「はい」


 ――"ローレルの冠"と"ウィリの弓"で敵を洗脳し、手駒にして、神伐の悪魔に勝利をもたらす――


 神罰教会の首領(トップ)、預言者と呼ばれるあの女の能力は、おそらく洗脳だ。それが意味することは、僕たちの誰でも神罰教会のスパイになり得るということ。


 あいつの能力を知っているのは僕だけだ。

 皆にはこう伝えた、「伯爵をヒメネス家に移送したい」と。だが、螺良さんにだけはこう伝わったはずだ。


「セバスティアーノさんを連れて、伯爵と姿を(くら)ませ」


 伯爵の移送を企てたのはもちろん彼の安全確保があるが、僕たちのなかにいるスパイを(あぶ)()したい。



「セバスティアーノから紹介された場所は、闘牛場、ヒメネス劇場、地下墓所、大聖堂の4か所です。杏里様はこのうちのどこかに移動しております。身の回りのことはセバスティアーノがやっているので、問題ないかと」


「そうですね。現王は伯爵をどうするつもりなんでしょう?」


「分かりませんが、ホセ王は聡明(そうめい)な方です。何か考えがあるのでしょう。油断できません」


「はい」

 これからその4か所を巡り、他の勢力よりも早く伯爵を見つけ出す。


 神罰教会。


 ホセ王。


 そして僕たち。


 これから始まるディマス伯爵の争奪戦に、僕は一歩リードしている。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 不死身とはいえ戦闘シーンがある度ここまでボロボロになる主人公も珍しい [気になる点] ブラックナイト氏の正体、王達も分かっててスルーしてそう [一言] 初感想失礼します。魔物や使徒の設定が…
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