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ヘイト・アーマー ~Hate Armor~  作者: 山田擦過傷
1月 召喚
12/189

11話 月月火水木金金

 


 月月火水木金金という言葉があるのであります。


 もとは()の大日本帝国海軍で用いられたものであるらしく、今では慣用句として、休日なく働くことを意味しているのであります。


 その勤労賛美な内容と字面の面白さからか、太平洋戦争中の"欲しがりません、勝つまでは"、"進め一億火の玉だ"などの有名な文句と並んで歴史の資料集か何かに掲載されていた気がするのであります。


 キリスト教など、安息日を定められている諸宗教徒もびっくりでありますなあ。


 日本人の、過労死するほど働いてしまう悪癖はあの頃からあるのかもしれぬ、と過酷な生活に身を投じていたであろう、過去の偉大な英霊たちに思いを馳せる今日この頃であります。


 さて何故、私、佐々木竝人がこんなことを考えているかと申し上げますと、この間、津山勘治先生に魔物と戦うためのご指導を引き受けて頂いたところ、とにかく働け、口答えするな、といったことを仰せつかったからであります。


 そういった訳で、ティリヤ近郊の農村で暮らすようになった私のスケジュールは、


 薪割薪割杭打水汲伐採牛追牛追、


 といった内容になったのであります。

 その労働の合間合間に勘治先生による木刀を用いた稽古を挟み、バカ、グズ、ヘタクソなどと暖かい言葉を掛けて頂きながら、時間の許す限りボコボコにして頂いているのであります。


 いきり立った私の振る木刀は先生にかすりもせず、先生の一撃は的確に頭頂や関節を捕らえるのであります。呪いの鎧を身に着けていなければ、度重なる労働と木刀の打撃により、私の身体はとっくの昔にベージュ色のミンチになっていたことでありましょう。ハハハ。



 そして本日は晴天。昨日と同様に牛追いの日であります。これはどちらかと言うと()()()()と言う方が正しく、コレル先輩が牛の群れを追い、牛の群れが、ひらひらとたなびくマント代わりの布を身に付けた私を猛追し、なんとか牛舎まで誘導するという仕事であります。


 あぁ。コレル先輩というのは牧羊犬の犬畜生であります。私をさけずむような目で見るのが気に入らないところではありますが、出会った日に喧嘩を吹っ掛けられ、私は見事に敗北を喫したため、吠えられても文句は言えないのであります。ちなみにメス犬なんだそうであります。


 そして肝心肝要の牛ども。牛といえば、白黒のまだら模様をした、牧歌的で穏やかな生き物を想像しておりましたが、現れたのは黒々とし、筋骨隆々で、目が据わった魔獣のような連中でありまして、これは闘牛というやつなのではないだろうか、と想像と現実のギャップに立ちすくむしかない私であります。


 牛を飼っている農家の方からは、本当にやるのか?絶対に転ぶなよ?絶対だぞ?と厚く心配されながら始まった本日の第一走。



 私は必死に逃げ、やはり転び、牛にもみくちゃにされ、コレル先輩からは、


 "何やってんだこのウスノロ"といった感じに吠えられたうえに、


 私の働くさまを見物(けんぶつ)しに来たアントニオ氏をはじめとする使徒の皆様が、悲鳴をあげながら牛に()ねられる私を見て涙を流して笑い転げる。


 という地獄を見たのでありました。








「不運だったなヘイト。パン生地みたいだったよ」

 と、いまだくすくすと笑っているアントニオさんが言う。


 牛をなんとか牛舎まで入れ終わった時にはすっかり日が落ちかけていた。僕は例の酒場で他の使徒たちと一緒にテーブルを囲んでいる。この村に飲食店はここしか無い、夕食時になるとここは村の人々で一杯になり、店内は酔っ払いの喧騒で満たされる。使徒もその例に漏れず、日が落ちたあとはこの酒場にたむろし、皆で夕食を食べるのが恒例になっていた。


 一週間も経つとこの光景にも慣れたものだ。飲食のできない僕は今日の給料である硬貨を、テーブルの上で(もてあそ)んでいる。


「笑いごとじゃないですよう。犬コロには怒鳴られるし、僕を見る牛の目がキマっちゃってるんですよ。エサにマリファナかなんか混ぜてるんじゃないですか?」

 僕は泣き言をいう。こちらを睨み、涎を撒き散らしながら迫って来る猛牛の群れには本当に恐怖を覚えた。あれは本当に飼育されている家畜なのだろうか?


「しばらく話題には困らなそうだね」

 と、ずうっと笑っているフベルトさんが言う。彼の前にあるシチューはさっきから全然減っていない。冷めるぞこの野郎。


 ローマンさんは一見こちらを心配してくれているように見えるが、唇の端がピクピクと動いているので、笑いをこらえているのが分かる。教授なんか「今日はお前のおかげで酒がうまい」などと堂々と(のたま)う始末だ。


 仕事をやらせた張本人である勘治先生は「大変だったな」なんて言っている。ここ数日で分かったことだが、ほとんど表情が変わらないあの鉄面皮にもいくつかのパターンがあり、今日のそれは……頬が少し緩んでいる、やはり笑っているのだ。僕の醜態を思い出して。


 僕がむくれていると、

「笑って悪かったよ。ヘイト。明日はノエミさんのところで薪割りだろ?俺とローマンも暇だからあとから向かうよ」

 とアントニオさんが言う。ノエミさんというのはこの間木刀を借りた農家のご婦人のことだ。アントニオさんの言う通り明日は早朝から薪割りの予定である。


 薪割りは動作が杭打ちに似ているからか、比較的好きで、得意な仕事だ。

 ――牛追いとは違って。

 薪割りなら永遠に出来る気がする。僕は黙々と同じ動作を繰り返すのが得意なのかもしれない。斧の一振りでぱかん!と薪が割れた時は、うへへと気持ち悪い笑い声を出してしまい、勘治先生に()かれた猫を見るような目で見られてしまった。


 その後も六人で他愛もない話で和気あいあいと夕食時を過ごし、解散したあと、借りている宿の一室に入った。眠れないのは変わらないので、朝を待つだけだ。


 この世界の宿屋は大きな酒場や飲食店に併設されているのが多く、宿泊をメインに据えた施設は珍しいようだ。この村の宿も先程まで居た大衆酒場がメインで、部屋を貸すのは二階の空き部屋を使う副業といった具合だ。 

 僕も長期で空室を借りるようになったが、三畳程度の広さで、安っぽいベッドとサイドテーブルがあるだけだ。どうせ夜しか使わないし、私物もほとんど持っていない、何より安価なので文句は無い。


 価格といえばお金だ。鍛えて貰っているとはいえ、やっていることのほとんどは労働なので、少額ながら給料が出る。

 やらせて貰っている立場だし、どうせ食事をしないと断ったところ、渡す方もやり場が無いから貰っとけ、と勘治先生に言われ、受け取るようになった。

 アイシャさんに贈る物の分も貯めなくてはいけないから、ありがたいことだ。


 今日の日当が銅貨10枚。その半分を宿代としておかみさんに渡した。今手元に残っている銅貨が30枚ほど。


 銅貨は10枚で銀貨1枚くらいの価値で、生の果物詰め合わせなら銀貨4枚と少しくらいだ、と教授が教えてくれた。ということは銅貨があと10枚ほどでお見舞い品が買えることになる。



 明日からまた頑張らなくては、そう思い。朝日が射すのを待った。





 早朝、気持ちの良い晴天のなか、鶏の鳴き声を聞きながらノエミさんのお宅に向かう。他の使徒はまだ寝ていたり、用事があるとかで僕ひとりだ。何度か行き来したし、農村にそう難しい道は無いため迷うことは無い。道具も先方ですべて借りるため、ほぼ手ぶらで歩く。


「やあ、使徒様。今度はウチで薪割りしてくんな」

「あ、おはようございます。そのうちお伺いします」

 すれ違う人たちと挨拶を交わす。そう広くは無いコミュニティだ。一週間も全身鎧の奇天烈(キテレツ)な人間が暮らしていたら、その(つら)も広まるというものだ。



 目的地に着き、ノエミさんに挨拶したあと、斧とその他もろもろを借りて作業場に向かう。


 作業場といっても、農家の庭にある切り株だ。辺りに玉切りされた大量の薪が乱雑に転がっている。


 切り株に薪を乗せ、ひたすらに割っていく、黒い森(ボステ・ネグロ)から採られてきたばかりのものが多いらしい。この薪を燃料や木炭の材料として使うには乾燥させなければならないそうだ。

 まだ乾燥前で水分を多く含んでいる薪は裂け目(クラック)が無い。そのため一撃できれいに割るというのは難しい。同じ個所に何度も斧を食い込ませる必要がある。

 だが、僕は五日間の木刀杭打ちを()たことで、そのあたりの技術に抜かりはない。

 僕の斧遣いはノエミさんにも褒められたものだ。

 村の人が僕のことを"薪割りの使徒"と呼んでいるのを小耳にはさんだこともある。蔑称(べっしょう)でないことを祈るばかりだ。


 半分程度まで切れ目を入れたら、薪の反対側を上にして斧を振る。

 体重の乗った一撃は、狙った個所に命中し、軽快な音を立てて薪が割れた。うへへ。


 こうしていると全て投げ出して薪割りだけやっていたくなる。


 もうあのメス犬に罵倒を浴びせられながら、化け物のような牛に追いかけられたくない。


 嫌な思い出を振り払うように、僕は薪割りを続けた。




「ヘイト、お茶にしましょう」

 とノエミさんに話かけられた時には昼食時になっていた。僕は適当な薪に斧を食い込ませて放置し、ノエミさんについていく。

 最初に断りを入れた際、話し相手になってちょうだい、と言われてからは遠慮するのを止めた。


 庭に小さな木のテーブルと椅子をふたつ運び、二人で座って休憩にする。こうして会話するのも何回目かになるか。会話といってもノエミさんが一方的にしゃべり、僕が相槌をうつというのが正しい。話すのは苦手だからそちらの方が気が楽だ。


 ノエミさんは息子さんとそのお嫁さん、お孫さんと暮らしている。彼らは日が出ているあいだ農作業に出ているから、今家にいるのは家事と内職をしているノエミさんだけだ。

 彼女に子供は四人いたが、息子さんの一人は王都に行き、たまに手紙をよこす程度で、それきり帰って来ていない。娘さんは嫁に行き、今は(ティリヤ)で暮らしている。


 ――もう一人の息子さんと旦那さんは、黒い森(ボステ・ネグロ)の侵攻作戦に参加しているうちに、帰らぬ人となったそうだ。



 彼女は最近、嬉しいことがあったと話す。ティリヤに嫁に行った娘さんに孫が生まれたそうで、顔を見せに来たらしい。つまり、ノエミさんにとってはひ孫になる。孫が生まれた時も嬉しかったが、ひ孫ともなるとその喜びも一入(ひとしお)だったと。


「本当に可愛かったわ。辛いこともたくさんあったけど、生きていて良かったって思えたの」

 ノエミさんは相好を崩して話す。こちらにまで喜びが伝わってくるようだ。


 僕たちはゆっくりとティータイムを過ごした。






「それでね、勘治先生ったら凄いのよ。ドゥルセなんか人妻なのにね……」

 しばらく先生がご近所の奥様にどれだけ人気があるかの話を聞いてると、


 ふと、ノエミさんが突然しゃべるのを止めた、


 なんだか不自然だ、僕をしっかりと見ていた目は、今は遠くを見ていた。


 彼女の目線は僕ではなく、その後方に注がれているように見える。


 昨日言っていたアントニオさんとローマンさん到着したのか?


 いや、ノエミさんの表情は青ざめている。


 胸騒ぎが、嫌な予感がする――



 僕は椅子から立ち上がりながら振り向くと、遠くに五百円玉程度の大きさをした動くものが見えた。あっちは確か、壊れた柵がある方向だ、まだ修理が終わった訳では無い。まだ距離はあり、確信はないが、すでに僕の心はささくれ立っている。


「ノエミさん。家に入って、絶対に出てこないで」

「でも……」

「いいから、任せてください」


 ノエミさんが名残惜しそうに家に入ったのを確認したあと、僕は斧を取りながら、歩き出す。


 もうはっきりと見える距離にいる。

 ……一匹じゃない、四匹はいる。


 縦に割れた口、野良犬のように地面の匂いを嗅ぎながら歩く姿。

 ()()()



 アイシャさんを傷つけ、ノエミさんの家族を奪った、醜悪な敵。

 心のどこからか、ふつふつと憎悪が湧いてきた。


 つい、舌打ちしてしまう。

 あの狗のような魔物に比べたら、牛追いのコレル先輩が愛玩犬に思える。


 



 魔物共がこちらに向かって走り出した、速い。

 じゅうぶんに勢いの乗った突進は僕の反応速度を超えている。


 足に食いつかれた衝撃でたまらず斧を手放してしまい、そのまま仰向けに倒される。

 三匹に手足を嚙みつかれ、一匹が馬乗りになり、動きを完全に拘束される。

 僕はされるがままに群がられ、必死にもがいても何もできない。


 クソッ、このままじゃノエミさんのところまで行かれてしまう。



 その時、風切り音と共に僕の右腕に食らいついていた魔物が弾かれた。


 チャンスだ。自由になった腕で、馬乗りになっている魔物の口に手を突っ込み、舌を掴んで力任せに引っこ抜いた。悲鳴と共に魔物が離れる。


 また風切り音がし、今度は足が自由になる。どうやら飛び道具での援護射撃が来ているようだ。


 身体が自由になった隙に、無理やり身体を起こして左腕の魔物を殴りつける。

 不快そうにこちらを威嚇した魔物に、矢が突き刺さった。



「ヘイト、無事か!?」

 駆け寄って来たのはアントニオさんだ、少し離れたところに漆黒の大弓を構えたローマンさんもいた。見知った顔の援軍に安心する。


「はい、助かりました。ありがとうございます」

 と僕が答えると彼はほっとしたように笑顔を見せる。


 次が来るぞ!というローマンさんの叫び声が聞こえた。


「立てるか?」


「はい!」


「残念だがまだ気を抜けないみたいだ、戦えるか?ヘイト」


「大丈夫です、やれます」


「よし。俺たち二人で猟犬(サブエソ)を足止めする。そうしていればローマンが連中を衝撃波(ショックウェル)で仕留めてくれる」


「わ、分かりました」

 実は用語の意味を理解できていなかったが、先程のように食われていれば、あとはローマンさんが魔物を殺してくれるのはなんとなく分かった。


 ローマンさんはするすると農家の屋根に登って、狙撃の体勢を整えている。


 魔物――猟犬(サブエソ)といったか――が来た方向を見ると、少し遠くに八匹くらいの姿が見える。


 まだあんなにいるのか。と思うと同時にサブエソの群れ、そのうちの一匹がバラバラに弾け飛んだ。


 一拍遅れてローマンさんの方向から破裂音が聞こえる。きっと彼がやったのだ。


 ぼ、僕には当たらないよね?


 それが、戦端の幕を切る合図になった。残りのサブエソが駆けてくる。


 速いが、先程と同じ(てつ)は踏まない。僕は歩幅を合わせ、斧を下からフルスイングする。体重の乗った刃は、先頭を走っているサブエソの口内に吸い込まれるように入り、顎関節を破壊しながら振り抜かれる。


 よし、命中(ジャストミート)だ。一匹はこれで再起不能だろう。

 ボコボコにされているだけの勘治先生との稽古は、無駄ではなかったようだ。


 だが二太刀目を考えていない僕はフルスイング後の体勢だ、二匹目以降をどうすることもできない。なんとか足を動かして牙を避けるも、やがて先程と同じように引き倒される。



 すぐさま、アントニオさんの助けが入った。


 いつの間にか、彼の両手は黒い靄のようなものに覆われている。何か武器を持っているようだが、靄に隠れて判別がつかない。

 彼が手を向けると、血飛沫が飛び、僕に群がっている魔物が怯む。

 あれが彼の才能(レガロ)なのだろうか。


 隙が出来たので反撃しようとすると、

「ヘイト!下がれ!」

 アントニオさんに言われて咄嗟(とっさ)に身を引くと、サブエソの一匹に大きな風穴が空いた。


 忘れていた、僕は足止め、仕留めるのはローマンさんだ。

 なんて正確な狙撃だ。いつの間にか魔物のバラバラ死体が増えている。

 いやしかし、とても弓矢の威力とは思えない。衝撃波(ショックウェル)といったか……


 敵の数は確実に少なくなっている。このまま行けば勝てるだろう。


 僕は気合を入れ直し、次の獲物を見据えた。




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