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ヘイト・アーマー ~Hate Armor~  作者: 山田擦過傷
8月 王都強襲編・1
119/189

116話 望んだ結末

 


 細身の闘牛士に向けられる拳には殺意が込められている。見ていて一発一発に背筋が(こお)る思いをしながらも、決められたかのように空を切る。


 大振りの隙を()うように金色の刃が閃くと、金属で覆われた身体に一筋の血が流れた。



 ムドーはすぐに切り替えた。打撃から、捕縛へ。ぐっと姿勢を低くし両腕を広げてダリアさんへ(つか)みかかる。


 結果は同じだ。広がった赤い布(ムレータ)はするりとムドーの両手をすり抜け、ダリアさんはすれ違うように後ろに立っている。


 後ろへ振るった手刀もムレータをはためかせただけだ。ダリアさんは安全圏へ一歩だけ動いている。


 嵐のような攻撃を繰り返すムドーに対し、ダリアさんは落ち着き払った動きで()く。まるでムドーを操っているかのようだ。


 あれが、牛相手でも、旅の道中で僕が相手の時にも見せなかった、才能(レガロ)の本領発揮か。


 光の鎧ヴェスティド・デ・ルーセスは、ダリアさんが長年(つちか)ってきた闘牛士(トレーロ)としての能力を拡張する。


 (きら)びやかな衣装はその身を守り、華やかなムレータに()()()()()、突き出されるエストックは骨の隙間を正確に貫く。


 相対(あいたい)するのが牛でなくともだ。

 人間同士、一対一の近接戦闘なら絶対に負けない。


 そして――


 彼女の振るう金色のエストックは"シャナの金糸"だ。自警団から受け取った餞別(せんべつ)。呪いを(はら)聖遺物(レリキィア)は、"無道の鎧(ムドー・アーマー)"の鋼鉄の繊維に滑り込み、肉を(えぐ)る。


 死神が鎌を振るような回し蹴りをあっさりと回避し、ダリアさんは刃を振るう。

「ガ……ァ……」

 左肩に刃を受けたムドーが(うめ)いた。



 数歩下がったムドーの動きに焦りはない。ダリアさんの間合いを慎重に測り、待ちに入った。自分から攻めずにカウンターを狙う。


「考えたね。でも――」


 ダリアさんは関係なく攻勢を掛けた。

 突き出されるエストックをムドーは左手を犠牲にして防ぐ。ダリアさんの腕が伸びきったタイミングを狙って打撃を放つが、光の鎧ヴェスティド・デ・ルーセスの芯を(とら)えることはない。


 数十秒の攻防でムドーの上半身はボロボロになった。左腕は特に酷く、鎧は(なか)()がされて血みどろになっていた。


 それでも、奴の全身に(みなぎ)る闘争心には衰えがないように見える。

 ダリアさんはそんなムドーに攻撃の手を緩めることなく、間合いに踏み込んでエストックを突き出し、力なく突き出された左腕を貫通した。





「殺すって言った割には手緩(てぬる)いぜ」

 刃が刺さったままの左手に力が込められた。傷口から果物を絞ったように血が流れる。


「コイツっ!?」

 ムドーは刺さったままの"シャナの金糸"を掴む。刀身が抜けずにダリアさんの動きが止まり、その一瞬にムドーの右ボディフックが入った。


「ダリアさんっ!」

 ()()に食らったダリアさんの身体が転がる。

「敬語……禁止だっての」


 痛みに耐えながら言葉を絞り出している。両腕を地面に着き、何とか起きあがろうとしている。

 ムドーは悠々(ゆうゆう)と自らの左腕からシャナの金糸を引き抜いて雑に放り捨てる。

 ダリアさんがまともに息ができるようになるまで時間がかかる。

 僕は少しだけ動けるようになっている。



 立ち上がり、ムドーへ向けて声を掛けた。

「その怪我(けが)、放っておいたら死ぬぞ」


「心配無用。死は敗北じゃねえぜ。最後に俺たちが勝てればいい」

 奴は首にかかった黒塗りの十字架を握る。言葉には伊達も酔狂も感じない。本気で言っている。


黒い森(ボステ・ネグロ)は魔物を産む。ひとに仇名(あだな)す存在だ。それを信仰してるなんて――神罰教会は間違ってる」


「間違ってる?お前ら使徒(アポストル)(かしら)こそ間違ってるぜ。今の神は偽物だ」

「何を言ってる?」

「そうだろ?」


 ダリアさんの呼吸が少しずつ落ち着いてきた。ただ、それはムドーも同じだ。

「神が住む天国があるなら、はじめからこの世界を天国にしてしまえばいい。


 神に人をつくる力があるのなら、はじめから罪を内包した人間など作らなければいい。


 神が万能なら。どうして俺たちを苦しめる」


「そんな、都合よくは、いきませんよ……」


「だったら。お前らが良い世界を創らないなら、俺たちが創る。我らが"神伐"と、預言者(ママ)と共に」


 上半身と左腕の、ボロボロになった無道の鎧(ムドー・アーマー)を力任せに引きちぎった。血と汗でずぶ濡れの、古傷だらけの巨体が(あらわ)になる。


「俺は無道(ムドー)――」

 千切った鎧をグローブのように両の拳に巻いている。守ってくれるものが少なくなっているのに、ムドーの気迫は増すばかりで。


「大切な者たちを守り、新たな世界へつながる道を創る」


「こいつ、ちょっとヤバいかもね」

 ダリアさんはフラフラとしながらも立ち上がり、ムレータを握りしめる。フルフェイスで見えるわけがないのに、彼女の額から汗が滴るのが分かった。


「息は整ったか?じゃあ行くぜ。ダリア、ヘイト」


 今にも死にそうなほど血を流す男と相対して、死なない僕はびりびりと緊張している。


「戦士の悪魔よ!契約を!履行するッ!!」






 気を抜けば座り込んでしまうような身体を叱りつける。


「ガアアァァァァアアアッッ!!」

 猛獣のような咆哮を上げながらムドーが襲いくる。無様に転がって避けた拳が地面を(えぐ)った。


 (たお)れた兵士からロングソードを拾ったダリアさんが斬りつけるが、浅い。慣れていない武器だからか、あの一撃で負傷したのか動きの精彩(せいさい)を欠いている。


 打って変わって技術をかなぐり捨て、獣のように大きく動くムドーに対応しきれていない。ムレータでいなしているが長くは保たないだろう。



 お互い、まともな攻撃を一発でももらったら終わり。



 ムドーの片足に抱き着いて、持ち上げてバランスを崩そうとするが、重い。持ち上げた足に力が入って踏みつけられる。呪いの鎧が(きし)む。胸が潰され――


 ダリアさんの刺突をムドーが避けて解放された。彼女の方に向けられた拳を尻尾で拘束し、飛び掛かりながら顎を殴るが、(かす)めただけだ。



 全力で戦っている。


 ムドーは無防備な僕に狙いを定め、気付いたダリアさんのムレータが僕を(かば)った。


 手刀が肩に当たる。直撃を(まぬが)れたものの地面に叩きつけられた。


 早く立ち上がらないと、と手を着くと、ずる、と滑る。


 気付けば辺りは血の海になっていた。


 (ひた)した手のひらは赤く(まみ)れている。


 ムドーから流れ続ける命が、広場の石畳を赤黒く濡らしている。咆哮を上げ続ける大男は肩で息をし、肌の色は青ざめ、暗く(かげ)っている。


 このまま戦い続ければ……攻撃を避け続ければ……そう思ってしまって、何故だろうか、無性(むしょう)に悲しくなった。


「そこまでしてまだ戦うのか!」

「当たり前だアァァッ!」


 叫びながらもダリアさんへの攻撃を止めない。

 僕たちを無表情で見つめる白亜の老人が、あまりにも憎たらしく。

 巨体に飛び掛かって裸締めを仕掛けるが、決まりが甘い。悔しさを噛む。


「もう止めよう!馬鹿馬鹿しい!ひとりで戦うことないだろ!そんなに――」


 なってまで。


 あまりの勢いに振り落とされた。ムドーは僕に構わずダリアさんへ向かって拳を振るい続ける。

 ダリアさんは反撃もできずに避け続ける。


「黒い森は!ママは!俺たちの未来だ!負けられねえ!」


「そのママはどこにいるんだ!?お前を助けにもこないで!」


 僕のところにはダリアさんがきてくれて、命がけで戦ってくれている。だが、神罰教会は誰も助けにこない。


 腰を抜かして頭を抱えている、黒いローブの男がいるだけだ。



 ムドーのような男が、こんなに強い男がこんなになってまで戦ってる。ひとりきりで。群れていたら結果は変わっていたのに。


「言ったよなア!俺が!ママのために道を創るんだアアァァッ!」


 ムドーは全身全霊の右ストレートを放とうとする――


 ダリアさんはムレータで受けようと――


 だが、ムドーは途中で動きを緩ませ、重心を変えて左アッパーの構えを取った。

 こんな土壇場で、命のやり取りで、このタイミングでの、渾身のフェイント。


 直観してしまった。これは当たる。

 ムドーは死んでない。

 間に合わない。


「ダリアさんッ!」



 アッパーがムレータを絡めとる。

 しかし、拳は光の鎧ヴェスティド・デ・ルーセスに触れることなく空を切っていた。



 ダリアさんはその場にへたり込んでしまっていた。

 もう体力の限界だったのだろう。それが彼女を救った。


 ダリアさんの手からロングソードが(こぼ)れ落ちる。腕から黒い枝葉が伸び、1メートルほどでまとまると、すぐに美しいエストックになった。


 シャナの金糸ではなく、光の鎧ヴェスティド・デ・ルーセスが持つ本来のエストック。


 大振りをした無防備な上半身に、鋼色の刃が吸い込まれていく。反応したムドーが大きく距離を取った時には遅かった。


 右肋骨の下あたりを抑えた手の指の隙間から、とめどなく血が流れている。よたよたと地面を()るように足を動かし、ムドーは膝を着いた。


 勝ったのだ。









 胸騒ぎがする。


 身体は反射的に魔剣を抜いて、殺意を込めてムドーへと投げつけた。切り傷だけでも与えられれば、乞患(オーヴァードーズ)の能力でムドーは自刃する。


 回転して飛来するむき出しの刃をムドーは握った。指から血が滴っている。傷が入った。



「……ありがとな、ヘイト。でも、こんなもんで俺は殺せねえよ」


「やめろ」


「この命は神なんかから貰ったもんじゃない。ママから貰ったもんだ。だからママのために使う」


「お前のママは、お前のことなんか考えちゃいない」


「愛されてるかは問題じゃない。俺が愛しているかだ。ひとは愛する誰かを未来に進ませるために生きてる」


「普通は親が子を前に送り出すもんだろ」


「ママは俺なんかとは違う。ママなら世界を変えられるぜ。だから俺が道を創るんだ」


「恐怖と暴力でか、それが聖戦だって言うのか」


「主張を通すために武器を握る。俺たちとお前たちで違うのは、自覚が有るか無いかだけだ」


「何でその力を……正義のために使えなかった……」



 僕の前で、そんな死に方しないでくれ。


 頼むから、これで死んでくれ。


 僕に殺されてくれ。



「俺の"正義"、見せてやるぜッ――――"戦士"の悪魔よ!」


「……畜生」



()()()()()()()()()()()()()()()!()!()



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