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ヘイト・アーマー ~Hate Armor~  作者: 山田擦過傷
8月 王都強襲編・1
112/189

109話 8月25日 三つ巴

 


 戦棍(メイス)(たずさ)えた完全武装の聖騎士が鉄の巨体に向けて得物(えもの)を振り下ろす。ヤツの構えは多少ぐらついたが、それだけだった。


「何だ、相手して欲しいのか?」

 反撃として繰り出された掌底(しょうてい)や前蹴り、パンチの一発で聖騎士は()される。


 全身に甲冑を纏った敵と戦うのなら、エストックのような刃物で装甲の隙間を狙うか、メイスのような鈍器で鉄板ごと叩き潰すか。


 だが、こいつは、ムドーは。


 極限まで鍛え上げたボディビルダーやプロレスラーの皮膚を()ぎ、()き出しの筋肉をすべて金属にしたようなこいつには、そんな定石(セオリー)が無意味だ。そして、ムドーの攻撃は、一撃一撃が鈍器(ハンマー)を振り降ろすかのよう。


「お前の相手は僕じゃないのか!」

 倒された聖騎士を見て、そう呼びかける。金属でできた化け物はこちらを向いてから、笑った気がした。


 敵が地面を蹴る。速い!


 身体が発した警戒に従って横っ飛びに避けると、ムドーのタックルが馬車の荷台を粉々にした。鈍重な見た目からは想像の及ばない速度と力。


 砂煙から起き上がる巨体の横っ腹に打撃(ブロー)を入れるが、びくともしない。雑に振られた相手の左腕を、両腕でガードしながら距離を取る。(かす)っただけなのに、(しび)れるほど重い。


「その魔剣は抜かねえのか。良いねえ。やっぱ喧嘩は素手じゃなくっちゃなあ!」

 ムドーは両腕を広げながら笑う。

 重機(ブルドーザー)に立ち向かっている感覚だ。



 身体能力(フィジカル)頑丈さ(タフネス)で圧倒的に劣る僕が、こいつに対して優位性(アドバンテージ)を持てるとすれば、鎧から生えているこの尻尾しかない。呪いの鎧に巻き付いていた尻尾を(ほど)き、地面に()わす。


 1歩で数メートルを詰めてきたムドーの拳を避け、目元に向かって掌を突き出す。攻撃ではなく、ただの目くらまし。素早く尻尾を太い両足首に絡ませる。


「おおっと!」

 踏み出そうとしたムドーは重心を崩して前向きに倒れた。がら空きの背中に向かって跳躍(ちょうやく)し、重力と全身甲冑の重量を乗せた両膝(りょうひざ)を沈み込ませる。


 ダメか。

 生身の人間相手なら背骨が折れそうな攻撃だが、効いていない。尻尾を掴まれて引っ張られた。こちらの重心もくずされる。


 お互いに体勢を立て直したタイミングで膝蹴りがくる。ミサイルのように迫った膝から(しん)を逸らした。攻撃の掠った重い衝撃の残る胸で、ムドーの上がった足を抱え、相手の胴に巻き付けた尻尾を掴む。


「おらァ!」

 全力で前に押し、()()(だお)しの要領で仰向(あおむ)けに倒す。

 聖騎士が落としたメイスを拾い、空を見上げているムドーの首を踏みつけて滅多打(めったう)ちに殴る。


「グ、がァッ!」

 5,6回目のフルスイングで、メイスの()が折れた。


 倒れた姿勢から放たれた雑なフックが腹に入った。内臓が揺れる。

「――ッ!」


「こんな喧嘩ア、久しぶりだ。楽しくなってきた」

 ムドーはゆっくりと立ち上がり、兜の隙間から血反吐(ちへど)を吐き出した。しこたま頭を殴ったのに、ダメージは少ない。


「本気で行かせてもらうぜ」

 ムドーが腰を落とす。最初と同じ構えだ。

 1歩踏み込みからの、右のジャブが2回、左のストレート、を思い切り姿勢を低くし、(ふところ)に潜り込んで(かわ)す。


 僕ができることは決まっている。というか選択肢が少ない。大柄で屈強な敵に立ち向かわなくてはならないなら、ひたすらに相手の重心を崩すしかない。


 相手の腰に頭を寄せ、両の膝裏(ひざうら)を抱きしめるように腕を回す。そのまま双手刈(もろてがり)の要領で――


「"戦士"の悪魔よ、契約を履行(りこう)する!」


 ムドーの巨体がピタリと止まった。このまま持ち上げて倒そうとしたが、まるで、巨木を根っこから引き抜こうとしているように動かない。


 戦士の魔法、こいつ、まだ強くなるのか。

 逃げなければ、と思った瞬間に、身体を上から抱え込まれた。

 そのまま強引に軽々持ち上げられる。半回転し、視界が高くなり、遠くが見えた。


 身体が宙に浮く。


 まずい、パワーボム――!


「おらアアアァァァ!!」

 浮遊感は急降下する感覚へと変わり、自分の身体が鈍器のように地面へと叩きつけられる。


 上半身が破裂してバラバラになったかのような、衝撃。


 視界が暗く――





「残念だ、ヘイト。お前とは別の場所で会いたかった」

 (かす)れた視界に、見下ろしたムドーが映る。首を吊り上げられているのだ。死んだ幽霊や、あの聖騎士と同じように。


 たった一撃か。

 頑張ったつもりだが、ものの見事に(くつがえ)されてしまった。


 僕を掴んでいない方の手で枯草(かれくさ)(たば)を持っている。火が付き、タバコのように白煙をくゆらせた枯草の束を、こちらへ近付ける。

「その鎧、貰っていくぜ」


 白煙に巻かれた途端(とたん)、拘束感がゆるみ始めた。まさか、呪いの鎧が脱げかけてる?ムドーが着ている鎧と言い、神罰教会の目的は……



「何者だア」

 聞いたことのある声が聞こえる。ムドーは声のした方へと首を動かして、僕から手を離した。呪いの鎧を着たまま、重力に従って地面に倒れ込む。


 土と(こす)れる音を聞きながら声のした方を向くと、10名ほどの王国親衛隊を引き連れて、黄金の鎧を着た男が立っていた。


「来たか、アーサー・ザカリアス!俺はムドー」

 ムドーの声に歓喜(かんき)が混じる。


「その十字架、神罰教会。自分から出てくるとはなア。探す手間がァ、(はぶ)けた」


「ああ、お互い会えるとは運がいい」


 ムドーは草の束を投げ捨て、構えた。

 ザカリアスは親衛隊に目線で指示を出す。聖騎士たちを救助させて、ムドーとは一対一で戦うつもりか。


吾輩(わがはい)を前にして逃げんのかア」

「逃げる?まさか。お前も標的のひとりだぜ」


 金属の巨体が雄叫(おたけ)びを上げ、この国の英雄の方へと地面を蹴った。

 唐突に、アーサー・ザカリアスとムドーの戦いが始まる。





 放たれたムドーの拳が"神威招来(コンダクトシールド)"にいなされ、3度目のパンチを受け流したザカリアスがアッパーカットを放ち、ムドーの顎を的確にとらえる。


 ムドーは少しぐらいついたが、()ぐに体勢を立て直してザカリアスへと果敢(かかん)に殴りかかる。


 戦闘の経験値ではザカリアスの方が(はる)かに高いが、基礎能力(ポテンシャル)は鎧と魔法を使ったムドーが勝っている。


 僕を一撃で戦闘不能に追い込んだムドーが、あの時手も足も出なかったザカリアスと、互角に戦っている。



 うつ伏せにピクリとも動かない僕に、誰も目をくれない。

 今のうちに逃げるか?

 いや。


 ムドーの狙いは僕とザカリアス。そして、ザカリアスの目的はここで暴れたムドーと、逃亡中の僕だ。この教会の本拠地である大聖堂で、国会と神罰教会と使徒の()(どもえ)ができている。


 僕が逃げ出した時の、ムドーとザカリアスの動きが読めない。なら、今はこのままザカリアスにムドーを抑えてもらう。


 横目でムドーが捨てた枯草の束を見る。この草から立ち上った煙が当たった時、呪いの鎧が緩んだ。もしかしたらと思い、尻尾で()いた火を消すと、こっそりと魔剣の(さや)に入れる。



「アーサー・ザカリアス!お前とは一度戦ってみたかった!」


 ザカリアスが臙脂色(えんじいろ)の大剣、"エグゾカリバー"で動きを遅延させて、ムドーをタコ殴りにするが、有効打になっていない。効果が切れた途端(とたん)に、戦士の魔法で強化された鉄の化け物の拳が、ザカリアスを襲う。


 互角じゃないのかもしれない……ムドーが押している。尋常ではない殺意を(たぎ)らせた刺々(とげとげ)しいまでの攻撃性が、ザカリアスから反撃の芽を奪っている。


 ザカリアスは多分、教会の勢力下であり、怪我人と仲間が散らばるここで、大規模な攻撃を放ちたくない。だから"神威招来(コンダクトシールド)"の(いかずち)も、"火尖鎗"の炎も使っていない。


 仕方ない。

 地面に手を着き、泥の中でもがくように身体を持ち上げ、立ち上がる。良し。まだ何とか動ける。


 激しく打ち合うふたりに近付き、ムドーの太い首に尻尾を巻き付ける。


「ッ!」

 ほんの一瞬、ムドーの注意が()れる。その一瞬にザカリアスがラウンドシールドの先端を叩きこんだ。


 ()()ったムドーの膝を後ろから蹴り、ザカリアスがさらに盾で殴り、延髄(えんずい)を蹴り上げ、ザカリアスが大剣で顎を(さら)う。


 僕とザカリアスのふたりがかりで、ムドーへと渾身(こんしん)の打撃を繰り返す。


「ウオオオォォォッッ!!」

 辺りの空気を響かせる叫び声を上げたムドーが、思い切り跳躍(ちょうやく)して距離を取った。


 着地した巨体は片膝を着く。

 少しは効いたみたいだな。


 気付けば大聖堂には、大勢の聖騎士や王国親衛隊が集結していた。装備を見ると、大槌(スレッジハンマー)や鎖を持っていて、なかには騎兵もいる。これだけの戦力があれば、ムドー相手といえど押し切れる。



「ムドー、いつまでかかってるの?」

 視線が空中に()()けられた。その甲冑は、空から降ってきたのだ。


 標準的な西洋甲冑に見えるが、どこか華奢(きゃしゃ)に見えるシルエットには不釣り合いなほど大きな戦斧(バトルアクス)を持ち、純白に輝く毛足の長い、毛皮のコートを羽織(はお)っている。


「ハイドレート、邪魔すんじゃねえ。ここからがいいところだってのによ」

「遊んでるんじゃないの。母さんが待ってる」


 あれがハイドレート。神罰教会の伝道師(イヴァンゲリスタ)のひとりか。ムドーの(そば)で地面から浮いている女騎士。あれもまた、ただの鎧ではないのだろう。


「ママが……仕方ねえ。またやり合おう!ザカリアス、ヘイト!」


 ムドーは構えを解いて首を鳴らした。撤退する気か。


「逃がすかアッ!」

 最も早く反応したザカリアスは、エグゾカリバーを振りかぶって異形の鎧を着たふたりへと突撃した。ハイドレートと呼ばれた女騎士は、浮遊した状態で前へ出て巨大なバトルアクスで迎え撃つ。


 切っ先が衝突(しょうとつ)した瞬間。

 炸裂(さくれつ)した爆風が身体を打った。


 身体が地面を転がる。何だ!?、と自分で発した言葉が聞こえない。連鎖的に爆竹を鳴らしたかのような音が掻き消し、吹き出した黒煙が辺りを包んでいる。


 爆発したのだ。何かが。パラパラと砂粒が呪いの鎧に当たっている。

 数分かけて爆煙がなくなると、ムドーとハイドレートの姿は消えている。


「どこ行った……?」


 ふらふらと立ち上がり、辺りを見回して特徴的な鎧姿を探す。まんまと逃げられたのか?


 後ろから聞こえた足音に振り向くと同時に、苛立(いらだ)ちと嫌悪感を募らせたザカリアスの表情と、振りかぶられたエグゾカリバーの刀身が見えて――


 意識が途切れた。


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