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ヘイト・アーマー ~Hate Armor~  作者: 山田擦過傷
8月 王都強襲編・1
102/189

99話 犬も祈れば神を見る?

 


 街から王都へ向かう主要なルートはふたつ。

 交通量が多く、道も――若干は――マシで、比較的安全であるが遠回りになる、大河沿いの東ルート。


 あまり人気(ひとけ)がなく道も狭い、小さめの川に沿って進む西ルート。僕たちはこちらを進む。


「聖職者が好むのは西だ。(ティリヤ)の聖域に巡礼するならこっちの方が近い」

 ささやかに焚かれている暖炉の火が、イザベルさんの陶器のような肌を照らしている。



 商隊が森に入った時、夜はてっきりキャンプかと思っていたが、そうではなかった。


 ティリヤから30㎞は離れ、鬱蒼(うっそう)とした森の中ではあるが、土を踏み固めた道があることには変わりがなく、ここが人間の生活圏だということを教えてくれる。今晩は、途中で見つけた修道院で過ごすことになった。


 ぽつりとした印象の修道院ではあるが、旅人を泊めることはままあるようで、設備も準備も一通り(そろ)っている。ただ、慣れた様子で出迎えてくれたが、旅人に使徒が3人も混じっているというのは予想外だったようで、大層ざわつかせてしまった。


 修道院のひとたちは大慌てで客あしらい(おもてなし)の準備を進めてくれていて、メルチョル男爵とレネ傭兵団は馬車の整備があり、僕たちは暖炉のある食堂で話をしながら待っている。



「こんな森の中で危険ですよねえ。何で巡礼するんですか?」

「そこに聖域があるから」

 登山家(アルピニスト)のようなことを言う。


「ま、苦難を乗り越えて主の教えを広めた過去の聖人たちに(なら)っている、のかね。(たっと)き彼らの助言が、私らの信仰の一部でもあるわけだし」


「イザベルさんも同じ理由ですか?」

 自由奔放(じゆうほんぽう)な彼女は、戒律(かいりつ)(のっと)って旅をする巡礼者と同じ考えを持っているのだろうか。ふっ、と笑うと、ショートのブロンドが少し揺れる。


「姉が、父の決めた相手のところへ嫁に行って、次は私だ!と察した時には教会の扉を叩いてた。修道院も肌に合わなくてね。聖騎士の巡礼に無理矢理ついて行ったのは10歳だったかな」


「イザベルさんは子供の頃からイザベルさんだったんですねえ」

 結婚したくないから僧になり、旅に出るとは。一番過酷な選択肢を選んでいるように思えるが、彼女にとっては気楽な道なのかもしれない。


「馬鹿にしてない?熟練の聖騎士は、熟練の旅人でもある。一緒に行ってやるんだから感謝なさい」


 彼女がこの旅に同行する理由はそういうことだ。旅慣れない僕たちを王都まで導いてくれる。旅費をケチって遠出したいだけかもしれないが。


「イザベル。そもそも聖騎士とはどのような者たちなのだ?どうにも正体が掴めん」

 おずおずとブラックナイト氏が質問した。僕も聖騎士については、教会が所有する戦力としか聞いたことがない。現代的な感覚で言うと、教会と武力というのはちぐはぐしている気がする。



「ああ、分からなくてもしょうがない」

 イザベルさんは腕を組み、明後日(あさって)の石壁を見つめて考えをまとめると、


「まずは巡礼者たちが武装したのが始まりだ。旅に危険は付き物だし」

「獣や賊から自衛できなくてはな」

 そうそう、とイザベルさんは頷く。


「次に、異教徒に奪われた聖域を取り戻そうとした聖職者たちが、そう名乗った。聖戦に(おもむ)くから聖騎士だって」

「かつての戦争か」


「ああ。で、最後に、使徒から聖遺物をもらった聖職者たちが、これはすなわち、主に叙任(じょにん)された聖騎士だと言い出した」


「使徒様に、聖遺物を(たまわ)った……」

由来(ゆらい)がみっつあるんだね」

 ブラックナイト氏が下を向いて静かになったので、ローマンさんが変わりに相槌(あいづち)を打つ。


「そう。もっとあるかも。何せ全部"自称"だから。それでひと悶着(もんちゃく)あってね……」


「分かった。『我こそが真の"聖騎士"なり』って?」

 ダリアさんが演技がかって言い、イザベルさんは、正解、と苦笑する。



「みんな自分が正しくて、他は偽物だってね。浅ましい。でも笑いごとじゃ済まない軋轢(あつれき)になっていったから、当時の教皇(きょうこう)がめんどくさくなって全員聖騎士とするってお触れを出したのさ」


「大事なのってそこなの?って争いね」

 黒と金の長髪を耳にかけて、笑いながらダリアさんは言う。


「ホント。我々は(みな)、主の(しもべ)()を守護する者は(すべか)らく聖騎士足り得る。共に教えを(あまね)く人々へ伝えるのが使命」


 失礼します、と声がかかる。用意ができたようだ。

 食堂の入り口から、少年や少女たちがスープの入った木皿を運んできた。緊張の面持ちで食事を運ぶ小さな聖職者の姿に皆の注意が向く。


 イザベルさんは頬杖(ほおづえ)を付き、その様子を(いつくし)しみに満ちた眼で見ていた。


「鎧を纏う。その理由を忘れなければ、大事なことを見失わないのにね」

 誰に向けたようでもない滑り落ちるような独り言は、食器の音で散らされていったが、確かに耳に残った。





 森の中を馬車が進む。2台すれ違えないほどに狭いが、道があるだけありがたい。

 日が昇る直前に修道院を後にして、いつくかの集落を過ぎてからというもの、ひとの気配を感じない。建物があっても廃墟だ。


 街と王都から遠いこの辺りには、盗賊との遭遇報告も多いと聞く。証拠に、いくつか木の枝に吊るされた衣類が見えている。


 使徒として召喚された時、神と名乗った男から授けられた(セミ)才能(レガロ)である"基礎精神耐性"のおかげか、あれがただの枝に引っ掛けられた服ではないと知っても、気をしっかり保つことができている。


 木々の隙間に何かが見えた気がした。また同じだろうか――いや。


()めてください」

 そう御者に声をかけ、馬車の上に登って木々の隙間を見つめる。


「"最適(オプティマイゼ)(ーション)"」と呟くと、暗い森の中が鮮明に映った。


「どうした?ヘイト」

「ローマンさん。レガロを」

「――分かった」


 彼の腕から黒い枝葉が生え、まとまると、精緻な造形の大弓になる。


 あれは死体じゃなくて、まだ生きている人間だ。

 木の枝から吊るされたロープには輪がつくられ、白っぽい服を着たおじいさんの首にかかろうとしている。

 そして周りに4人、薄汚れた装備の男が囲んでいる。まだこちらには気付いていない。


「盗賊だ。先を見てきたけど、ちょっと先に別の連中がキャンプしてる。どっちにしろぶつかるねえ」


 瞬く間に偵察を終わらせたイザベルさんが(そば)でそう言う。

 数十メートル先に4人、そして僕たちの行く先に別動隊か。先に見つけられたのは幸運だった。


「おじいさん、襲われたみたいですね。ひとりでしょうか」

「巡礼者だろうね。大して金も持ってなさそうだし、腹いせに吊るそうってとこか」


「ひどいことするな。盗賊も殺さず行けます?」

「殺した方が楽だよ。後腐れない」


 聖職者~。

 さらりと恐いことを言うイザベルさんだが、ここは違う世界で、そういう時代だ。道徳観も異なる。


「これから人助けに行くんですから、まあ、縁起悪(えんぎわる)いかな、と」


 嘘だ。余計な罪を背負いたくないだけ。

 それに僕は不死身だ。そもそも殺し合いは公平(フェア)じゃない。それを味方にも()いるのは違うが、皆なら大丈夫だろう。


 さて、どうするか。

「ブラックナイトさん。何かいい案ありますか?」


「……では、ヘイト様とイザベルであの方の救出をお願いいたします。私とローマン様で別動隊を叩きましょう。ダリア様とアレホは、メルチョル男爵の護衛を頼む」


「分かりました。じゃ、機先を制してきます」





 コソコソせず、馬鹿みたいに、茂みを()()けて真っすぐ進む。


「誰だ?」


「使徒」


 僕がそう言うと、盗賊たちは笑った。


「ジジイ、良かったな。お迎えだ」

「ひとりじゃ寂しかっただろ」


 おじいさんの首にかかったロープは枝を通し、でかい男が握っている。引っ張れば滑車の要領で締まる。


 ハゲ、歯欠け、

「良いモン着てるな。ありがてえ」

 そして、デブが戦棍(メイス)を抜きながら歩いてくる。デブは間合いに入ると、バッターボックスに立ったように武器を振りかぶり、僕の頭に向かってフルスイングした。


 金属の衝突する不快な音が響く。


 首が少し動いたが、姿勢は崩れなかった。ゴキ、と首を鳴らし、盗賊の胸倉を掴む。合った眼は驚きに見開かれていて――


「ごめんなさいね」


 呪いの鎧の面を、思い切り相手の鼻梁(びりょう)に叩きつけた。ぐしゃ、と音がする。


 声も上げずデブは倒れ、ハゲは槍を構える。笛を吹いた歯欠けに近づき、両手を首へ振り下ろすモンゴリアン・チョップを放つ。


 ハゲの放った槍の穂が、脇の下に突き刺さった。装甲(プロテクター)のない、布だけの部分だ。狙いは良い。


 だが()かない。


 ホルスターから斧を抜き、槍を叩き割る。

 足払いをかけ、仰向けに転んだ頭に向かって刃先を振り下ろした。斧はつるりとした頭皮に傷を付けず、地面に深々と突き刺さっている。ハゲは気を失った。


「やめろッ」

 でかいのは縄を握ったまま、こちらを(おび)えた表情で見ている。これ以上動けば引っ張られて、おじいさんが吊るされてしまう。

「消えろ。こいつを殺すぞ」


「人質にはなりませんよ」

「何をッーー」


 ふっ、と現れたレイピアが、縄を斬っている。でかいのが後ろを振り向いた時には、おじいさんを確保したイザベルさんは距離を取っていた。


 中途半端な長さになったロープを手放すでかいのに近付く。引き抜かれた山刀(マチェーテ)を両手で掴み。


 刀身を折った。





 そのまま夜になった。今日はキャンプだ。

 行程は想定内の遅れ。まだ取り戻せるらしい。


「夜が明けたら貴方方(あなたがた)の処遇を決めます。それまで大人しくしていてください」

 ひとつの馬車に詰め込んだ10人の盗賊にそう言って、焚火(たきび)へ向かう。


「で、じいさんは、何でこんなとこにいたの?」

 そうダリアさんが聞き、巡礼です、とおじいさんは答えた。汚れた白い服は修道服で、やはり聖職者だったようだ。


「若い頃はこうして巡礼をしていたものですが、王都に引きこもるようになって、衰えていたようです。重ね重ね、御礼を申し上げます」

 70代くらいのおじいさんはゆっくりと言って、座ったまま深々と頭を下げる。


「失礼ですが、盗賊共に治癒の秘跡(ひせき)()り行っていましたね。高徳の聖職者だとお見受けいたしますが、供は連れておられないのですか?」

 ブラックナイト氏がそう聞く。丁寧な言葉遣いの裏に、不信感が混じっていた。


「主の遣わした使徒様が闘牛をされたと聞き、世を去る前に一目見ねばと。居ても立ってもおれず、単身飛び出しました。


 『欲がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生む』とは正にこのこと。主に奉仕する者の端くれとは言え、お恥ずかしい限りです」


 おじいさんはまた深々と礼をする。ダリアさんが召喚されたのはついこの間なのに、情報が早いな。


「ふぅん。やろう、闘牛(コリーダ)

 言いながら立ち上がったダリアさんは、レガロを発現させる。


「牛がいませんが」

「もちろんヘイトが牛役だ」


 彼女の長身から枝葉が伸び、装飾的な鎧を形作っていく。ダリアさんのレガロ、"(ヴェスティド)(・デ・)(ルーセス)"だ。


「どうすればいいですか?」

「私を捕まえられたら何でも言うこと聞いてやる。本気でこい」


 闘牛をする使徒とはこのダリアさんで、僕らと王都へ向かう。このおじいさんとは完全にすれ違いになってしまう。死ぬような目にあったのに、ティリヤへ行っても望みのものは見られない。


 しょうがない。やるか。すでにやる気まんまんで赤い布(ムレータ)を振っているし。


「いきますよ」

 牛の真似をして両手の人差し指を立てて額につけ、ダリアさんに向かって地面を蹴る。


 けっこう本気でやったのだが、ムレータを舞い踊らせるだけで、彼女のしなやかな肢体(したい)には(かす)りすらしなかった。しかし闘牛ごっこは、場を盛り上げることはできたようだ。

 おじいさんは最初(ほう)けて、そのあとは笑顔を見せていた。





「で、こいつらどうするんだ?」

 太陽が顔を出して、出発の準備をしている。捕縛された盗賊たちを見下ろしてイザベルさんが言った。


「殺しましょう」

 冷えた口調で答えるブラックナイト氏の言葉に、盗賊たちはビクッと震える。


「これまでも同じ罪を犯してきた連中です。解放すれば次の犠牲者が出るでしょう。私が手を下します」


 巨大な黒甲冑が、戦斧(バトルアクス)を構える、処刑人のような姿を見られる者はおらず、自分の両膝に視線を落としている。


 自由を奪われ、馬車に詰められ、生きるか死ぬかも宙ぶらりんで一晩放置された彼らは、声も出せずに青い顔をしていた。


「待ってください」

 ブラックナイト氏の言うことはもっともだろうが、僕の気持ちは決まっている。()()りにしたのは、殺すためではない。


 しゃがんで、盗賊のリーダー格の顔を覗き込む。

「他に仲間は?」

「い、いない」

「本当に?」

「あ、ああ」


 ふむ。


「――木こりはいつでも人手不足です」

「は……?木こり?」


「おじいさんを護衛してティリヤへ行ってください。この聖遺物を持っていけば、マイケル・アーリマンという使徒が話を聞いてくれます」

「せ、聖遺物って……」


 マイケル(ミック)さんから預かったサバイバルナイフで縄を斬り、()を盗賊に握らせて、おじいさんの方を向く。


「良いですか?」

 貴方を殺そうとした連中と一緒ですが、とは言葉にしない。おじいさんはゆっくりと頷いて、


「構いません。


 力の限り人々を救うと信念を抱いていたはずが、いつしか権力闘争に明け暮れ、少なからぬ人々を不幸にいたしました。それが主の命だと信じ。


 首に縄がかかったとき、これは罰なのだろうと」


 話が決まったことを察した皆は、ため息を吐きながら盗賊の縄を解いていく。我がままを言って申し訳ない。


「私もこの者たちも同じ罪人。何を(いと)いましょうや」


 当の盗賊たちは解放されて呆気(あっけ)に取られている。殺されると思っていたのが、殺そうとした人間を護衛して街へ向かえと言われたから、当然の反応だろうか。



「さっさと行こう」

 イザベルさんに声をかけられ、(きびす)を返すと旅支度を終えたおじいさん一行に声をかけられた。


「使徒様、お名前をお聞きしてもよろしいですか」

「ああ、ヘイトって言います」


「ヘイト様、この(たび)の奇跡、夢を見ているようでございました。私のような者を救って頂き、感謝の念に()えません」

「奇跡って、大袈裟(おおげさ)ですよ」


 そう言うと、おじいさんは顔をほころばせる。


「何もお返しできませんが、せめて祈らせてください。ヘイト様には無用でありましょうが」

「いえいえそんな、ありがとうございます」


 おじいさんは慣れた様子で、しかし心の(こも)った十字を切る。

「我が信仰を旅人の靴に、衣に、杖に。主のご加護がありますように」




 通れ、と関所に立つ衛兵が言った。

 車列はゆっくりと動き出す。メルチョル男爵の護衛という名目で、問題なく通過することができた。


 近い集落へ入って、宿を取り、メルチョル男爵と詳細を詰めた。

 ここはもう王都の領地、ティリヤの権力が届かない、現王と将軍の勢力圏だ。


「心苦しい限りですが、同行できるのはここまでです。ですが、脱出の際は可能な限り手助けをするようにと、セフェリノ様から(おお)せつかっております」


「ありがとうございました。でも、ご無理はなさらず」


 都まではもう30㎞ほどだ。時間短縮のため、ここからは男爵たちと別れ、馬を乗り換える。


「ローマン様、ヘイト様、ダリア様、ご無事を祈っております。アレホ、イザベル、ブラックナイト、皆様の護衛をよろしく頼むぞ」


 明日には王都へ到着してしまうだろう。


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