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荒木空の佰物語  作者: 荒木空
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『アイツ』


 これは私が話を聞いた当時に働いていた職場の先輩から聞いた話。



 当時私が働いていた職場はとても綺麗なビルでした。それもその筈、何せ私が入社する1年前に当時の場所に建物を移転したからです。

 社会人4年目だったその頃の私は、何かと私の教育担当だった先輩に迷惑を掛けていて、その上飲みに行ったら何かと愚痴を聞いてもらっていました。


 そんな気心知れた先輩と4年目になっても飲みに行くぐらい仲が良かった私達は、いつものように仕事終わりに飲みに行ったその時の事です。いつもの店に入ったタイミングで先輩が行ったんです。


 「今日は止めておこう」


 急にどうしたんだろう?そう思いながら見た先輩の顔は真っ青で、額からは大量の汗を流していました。明らかに先輩の様子が異常だったため私は先輩の言うことを素直に従いお店には謝罪をしてから先輩を連れて何処か座れる場所に移動しました。


 見つけた場所に先輩は走り込むように向かうと、そのまま体を投げ出すように座ると、脚を大きく開いて仰け反ったあと、膝に肘をついて俯いてしまいました。


 「どうしたんですか先輩?」


 私がそう聞くと、先輩は体を大きくビクッと反応させたあと、ゆっくり顔を上げて私の事を見てきました。その顔は正に『焦燥』でした。


 「居たんだよ…」

 「居た?」


 店に入った途端の反応でしたから「あぁ、よっぽど苦手な人が居たのかな?」なんて思っていたんですが、それにしてはとても震えた声でした。


 「ほら、お前も知っての通り、1年前に俺達の職場が今の場所に移転したのは知ってるよな?


 その移転した理由なんだが、表向きは建物の老朽化故にって事だったんだが、実は違うんだよ」


 最初予想していた事とは全く違う話が出てきて、当時の私の頭の中は(はてな)で一杯でした。ですが、次の先輩の言葉で自分の血の気が引くのを感じ取りました。


 「実はな、実は、本当はとある奴の自殺が原因で、建物そのものを変えようって話になって移転したんだよ…」


 「悪い、水を買って来てくれないか?咽が渇いた」そう言って、話が始まったところではありましたが先輩が休憩を挟んでくれて、唐突に告げられたカミングアウトに頭が真っ白になった私は、なんとか先輩が作ってくれた時間を使って冷静になるよう努めました。


 買ってきた水を先輩に渡して、続きを待っていると、水をゴクゴクゴクと5分の2ほど飲んだ先輩は、私の様子を見て続きを話してくれました。


 「7年前、……なんでか名前は覚えてないが、同僚が1人居たんだよ。性格や容姿は普通なんだが、大のオカルト好きでな…。休憩時間によく俺もその話に付き合わされたもんだ。


 ……その同僚が、ある日仕事中に、いきなりこう言ったんだ。"アイツが呼んでいる"って。当時はオカルトのやる過ぎで遂に頭がおかしくなったかなんて皆で馬鹿にしてたんだが、アイツがそれを聞こえてたかどうかは今じゃわかんねぇ。


 ただ、その一件からアイツは人が変わったように体を壊すような、頭のおかしい事をやり始めたんだ。普通に奇行って言えば良いのかな、最初は職場に酒を持って来て業務中なのに酒を飲んだりしてたんだ。ソコまではまだ、ただのアル中で済んだんだが、次第に七味とかの香辛料を大量に持参してその場で飲み込んだり、詳しくは知らないけどアルコールと唐辛子とかを煮詰めた激辛エキスをその辺に散布したりとか、とにかく訳のわからない奇行は次第に他の奴等の業務にも支障を来すようになり始めたんだ。


 そんなアイツの奇行が始まってから1ヶ月。そろそろアイツの処遇を決めようと上が最終決定を下そうとしていた頃だ。アイツはそれまでとは打って変わって普通に出社してきたんだ。最初は怪しんだが、普通に挨拶してきたから遂に正気に戻ったか。そんな事を思ったんだ。だけどその直後だった、アイツはフロアの真ん中に立ってこう叫んだんだ。



 全てはアイツの為に!!



 あぁ、何も正気になんて戻ってなかった。それどころか、急にアイツの体が爆発したんだ。漫才とかで体に仕込んだ風船が割れたような、そんなお笑いじゃない。文字通り爆発したんだ。


 いきなり人が爆発したんだ、今でも思い出したくないが、アイツの肉片やらアイツの血なんかが飛び散る訳だ。正に阿鼻叫喚って言葉が相応しい状況になったんだ。

 それから色々有って、警察の調査も入ったんだけど、何処にも機械的なものは一切見当たらなかったらしい。それにこれは不幸な事故として処理された。


 アイツが爆発した時にアイツの肉片やら血やらを浴びた大半の奴等は会社を辞めた。

 俺も辞めようかと思ったけど、社長に土下座までされて軌道に乗るまで居てくれって頼まれて、その後の忙しさも相まってアイツの事を忘れてたんだ……。けどな……」



 そこで先輩は空を仰ぎ、大きく深呼吸をしたあと、意を決したようにこう言いました。



 「そのアイツがさっき、店に居たんだよ」



 他人の空似なんじゃないか?そう聞いても、先輩は頑なに「いや、アレはアイツだった」と言って、取り付く島がありませんでした。


 結局その日は飲むなんて気力にはなれず、そのまま解散することになりました。


 その2日後の事です。いつも通り出社してきた先輩は、唐突にこう叫びました。



 「アイツが呼んでる」



 この後の流れは……敢えて語らなくても良いでしょう。

 ただ、先輩が亡くなった当日は、私は亡くなった幼馴染みの法事に呼ばれていたため出社しませんでした。そして2度もそんな事が起こったんです、その会社はすぐに潰れました。


 不謹慎ですが、幼馴染みが私の事を護ってくれたのかな?なんて思って亡くなった幼馴染みに感謝しながら、それでも私は未だにあの時の事を思い出します。焦燥しきった先輩の顔や、唐突に叫んだ先輩の様子、そして翌日出社した時に私のデスクに付着した先輩の物と思われる血や肉片のことを。その度に夢に見て(うな)されます。


 そしてこう思わずにはいられません。




 もしかしたら次は、私があぁなるかも。

 会社が潰れてから私は、あまり眠れなくなりました。



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