『ヨケツ』
白い壁。緑色のカーテン。少し黒墨の見える白い天井。
部屋の中に鳴り響く規則的なピッ……ピッ……という機械音は聴くもの次第で煩わしく感じるかもしれない。
そんな場所に血色の悪い男性が1人、薄目を開けてベッドの上で横たわっていた。
彼の腕には点滴の管が繋がっており、鼻には酸素確保の管が通っていた。点滴の先には透明な液体と、赤黒い物が吊られている。恐らく赤黒い方は輸血パックだろう。
本来、輸血パックを必要とする患者というのはかなり限定される。意識を無くしている事の方が多いのでないだろうか?
しかし男に意識は有った。だが動けなくもあった。
男は現代でも珍しい奇病に罹っていた。男の病は言葉にすれば簡単なものだ。
『エネルギーと共に血液が無くなっていく病』。男の病はそれだった。
彼の病はカロリーを使う度に血液の絶対量が減っていく病なのだ。つまり生きているだけで体の中から血液が無くなっていく。
原因不明の病で治す方法は皆無。ある時突然快復へと向かい完治する病のため、ただ輸血を行い延命させる以外に解決方法は無いのがこの病の恐ろしいところだった。
男がこの病の存在に気付いて医者に受診し、緊急搬送されて数日が経っていた。
しかし、輸血することで延命すると言っても、やはり病院にストックされている輸血パックというものには限度が有る。そろそろ男に回せる輸血パックが残り少ない。そんな話を看護師が彼の回診に来た主治医に報告しているのを朦朧とする意識の中で確かに聞いていた。
男は思った。「あぁ、俺の命ももうすぐ終わりなのか」と。
そう考えると込み上げて来るものが有るのだろう。自然と男の眼から滴が垂れた。
彼に転機が訪れたのは死を覚悟した時から数えて次の丑三つ時頃だった。
当然彼はその時刻が丑三つ時だなんて事はわかっていない。だが、確かに彼の前に現れたのだ。化け物が。
眼は人の頭のように大きく、鼻も人間で言う口の部分が隠れるほどに長い。顔面積は成人男性2人分の肩幅ほどで、表皮は爛れて溶けているかのように悍ましい姿だった。
本来であればこんな化け物が目の前に現れたら未知への恐怖で震え上がる事だろう。しかし男はもはや自身の死を悟っていた。だから恐怖は湧き上がらなかった。
化け物が男の顔を覗き込むように体を男へ向け乗り出す。そして口を開いた。
「ダ ズ げ デ や ロ ウ が?」
嗄れた聴いていて不快感を覚える声が男の脳に響く。
その声に乗った感情と呼べるようなものを言葉で表せば、『嘲笑』の言葉がしっくり来るだろう。
しかし男にそんな事を考える余裕は無かった。故に答えた。
「助けてくれ」と。
夜が明けて看護師が巡回に来た時の事だ。彼のバイタルチェックの為に彼の許へ訪れた看護師は驚く事となる。
なんと男の血色が昨夜迄と比べると明らかに良いのだ。
気付いた看護師は直ぐ様主治医を呼びに走った。
男はその後、念のためと検査の為にもう数日入院したが、緊急搬送されて入院していた時間は1週間ほどだった。
男は退院の際、病院の入口から出たあと振り返りこう言った。
「『ヨケツ』様ありがとうございました」と。
『ヨケツ』。漢字で書けば『与血』。
血が無くなり今にも亡くなりそうな者の許へと訪れ、その者が望めば助けてくれるという不思議な怪異。その見た目はとても悍ましいものだが、助けられた者達は総じて「『ヨケツ』様ありがとう」と感謝の言葉を述べるという。
これは少し不思議な怪異のお話。
『ヨケツ』のビジュアルはガチ〇ピンとム〇クのム〇クを思い浮かべればわかりやすいかもしれません。