白金の章 棚からぼたもち
パタンと自室の部屋の扉が閉まるの確認しすると、思わず笑いがこみ上げる。
「フッフッフ……なんて僕はツイているんだ!!! 日本! ジャパン! あぁ日の出る国!! まるで愛の女神のように僕を魅了してやまない黄金郷! きっとこれは運命!」
思わずヒャッホウ!と飛び跳ね回りたいの抑える。だけど興奮で笑いが止まらない。ふっ、ふふっ……ふはははははは!!!
「はい、そこまででございます。よくそんな恥ずかしいセリフが次々と浮かびますね。坊っちゃま、私がいる事にいい加減お気づきください」
バッと後ろを振り返るとそこには僕の執事がいた。長い黒髪を一つに束ね、執事然と真夏でも燕尾服を着こなす。白い手袋のまま眼鏡をクイッと上げる仕草が、1つ年上とは思えない色気を放っている。……僕の乳兄弟、ヒューバート。
「ヒュー、いるならもっと早く声かけてよ」
全く……変なところ見られてしまった。僕が少し口を尖らせながら言うと、おやおやと言いながら眼鏡をクイッとあげる。
「お声掛けしようとした矢先、突然壊れたかのように笑い出されたので、ついに皆の憧れの王子が混沌の神に魅入られたかと思ったのでございます」
「ふーん、で? 本音は?」
「あぁ、何だか馬鹿な事をしているなと。よく恥ずかしくないな、一体いくつになったんだ等々、面白かったのでしばし眺めておりました」
「主人を馬鹿にしちゃダメ! 面白がるのも禁止! 全く……本当に君は昔からそうやって僕をおもちゃにするんだから」
僕が流石に主人を馬鹿にしすぎだろうと突っ込むと、穏やかな笑顔を見せながら少し考えている。
「いえいえ、おもちゃになど……どちらかというとペットのように日々お世話をし、愛でているのですよ」
「ペットなんだ……僕」
執事にペット扱いされる僕って一体?とショックを受けていると、『はいはい、そこまでですよと』パンパンと手を叩たく。
「まぁ、冗談はこのぐらいにいたしましょう。大旦那様の見舞いに行かれた坊ちゃんが、何故そんなにも馬鹿笑い……いえ、上機嫌でお帰りになられたのでしょうか?」
「また馬鹿って言ったな! ヒューは僕が主人だって思ってないよね!? ……まぁ今はいいや。実はさ、お祖父様の体調が悪いっていうのは真っ赤なウソだったんだけど、かわりにとんでもない事を命令されてね……」
僕は興奮が抑えきれずやや早口で、今日あった僥倖をヒューに喋った。大人しく話を聞いているヒューは、相変わらず顔色一つ変えずにふむふむと頷いている。
「ほぅ、大旦那様もなかなかのお茶目ですね。まさか病人に見せかけるために模造品を用意するなど……」
「いや、そこに驚いて欲しいんじゃなくて! お祖父様のイタズラはどうでもいいんだよ! 日本だよ日本! カンダム! ソーラームーン! ドラゴンポール! 夢にまで見たあの国に行けるんだ! ヒューも日本が大好きじゃないか!」
僕の興奮とは裏腹に涼しい顔で話を聞くヒューが何だか面白くない。せっかく驚かせようと思ったのに……と思っていたら、いきなり爆弾発言が落とされた。
「えぇ、存じております。既に私は大旦那様より坊っちゃまと共に日本へ行くように仰せつかってますから」
そのために今日は出発の準備をしていたのですと、しれっと示す方向には確かにいくつかのスーツケースが並んでいた。一体僕の執事はお祖父様といつの間にそんな話をしたんだろう。悔しい。どうせなら先に言ってよ!……って、あれ?
「お祖父様が『同行者は1名しかダメじゃ、よく考えて選ぶのじゃ』と言っていたけど、ヒューは決定なの?」
僕がはて?と首を傾げると、また眼鏡をクイッと上げて、当たり前のようにとんでもないことを言った。
「えぇ、当然です。以前から大旦那様が何やら怪しい動きをしておりましたので、興味本位で問い詰めましたら『孫達にはくれぐれも言わないで欲しいと』縋り付いて……いえ、お願いされましたのでその見返りに私が同行したいと脅し……願いでたのです」
「ヒュー、君は執事だからね!? もう少し自覚して! だからこの話の時、お祖父様の僕を見る目が泳いでたんだね……ごめん、お祖父様」
僕が遠い目であの時のお祖父様を思い出す。うん、何だか今思えば僕の方を見るときだけ挙動不審だったなぁ……
「せっかく坊っちゃまが快適にお過ごしできるよう、わざわざ志願いたしましたのに……何かご不満でしょうか?」
「不満というか、色々と間違ってるからね。お祖父様脅すとか逆に君が怖いよ。一応あの人あれでもまだ現役の創始者だからね?」
僕が注意すると、ヒューは良かれと思ってやったのにと、少ししゅんと悲しそうな顔をしている。だけど、僕は騙されない。
「ふーん、そう。じゃ、あっちの中身なに?」
僕が指差した場所には、僕の荷物の倍はありそうなスーツケースが並んでいた。
「坊っちゃまに快適にお過ごしいただくための物と、少々の私物が入ってます」
「少々の私物ねぇ……」
僕はおもむろに大量に並んだスーツケースを片っ端から開ける。すると中にはこれでもかと大量のゲーム機、モニター、ゲームソフト、パソコン等々が入っていた。
「……これ、何?」
「少々の私物です」
「どこが少々なの!? ほぼ全部でしょ? このゲームオタク! 僕より楽しみにしてるじゃない! 僕のためのマンガが申し訳ない程度しかないんだけど!?」
この執事、どれだけ日本に行くのが楽しみなの!というかこんなに持っていっても全部できないでしょ!と詰め寄ると、これが日課をこなすための最低限の量だと言ってのける。一体いつそんな日課をやっていんだろう?
「これでも厳選した方なのですが……仕方ありません。もう少し減らしましょう」
やれやれと肩を竦めると、荷物から僕の心の聖書を次々と取り出していく。
「あぁ! やめて! 僕のマンガは減らさないで!!」
そんなこんなのやりとりをしながら一緒に持っていくものを選んでいく。僕は用意してくれたマンガの他に、次々にアニメのキャラグッズやマンガを入れていく。
すると、『もう少し見た目に沿った中身になったらどうですか?』と横槍を入れてくる。もう!そもそも僕に日本のオタク文化を教えたのはヒューでしょうが!
小さい時から野山で走り回るんじゃなくて、自室で読書にかこつけて一緒にマンガを読んだりゲームをしたりしていた。懐かしいなぁ……何度ケモモンで対戦してもヒューに勝てなかったなぁ……、うん、ケモモンも持っていこう。
ふと、横を見るとヒューのスーツケースにもケモモンが入っていた。思わず『今ならヒューに勝てるかな』と呟くと優しく微笑みを返される。あぁ、ヒューも昔を思い出していたのかなと、つられて笑顔になる僕にスッとゲーム機を差し出してきた。
「坊っちゃま、何事も思い上がってはなりません。時には諦め、逃げることも恥ではないと今一度私が教えて差し上げましょう。さぁ、対戦の準備を!」
「何でそこでスイッチが入るの?! 今荷造りの最中だよね!? 昔が懐かしいねっていう和んだ雰囲気だったよね!? って、あぁもう分かったよ!」
こうして僕は有無を言わせない笑顔の執事から、空が明るくなるまで徹底的にモケモンで叩き潰されるのであった。
▲▲▲
「坊っちゃまは爪が甘い、いいですか? そもそも同じ個体でもそれぞれ強さが異なるのです、ほらごらんなさい、同じサンダーソンでも私の方が攻撃が早い」
「そんなの育てる前に教えてよ! そもそも進化前のイーブンは野生にいないでしょ?」
「あなたのレポートは何のために存在しているのです? そんなもの、1番高い個体が現れるまでリセマラですよ」
「僕はゲットしたコが運命だと思ってるの! ってあぁ、僕のチビリュウ!」
「甘い、甘すぎますよ坊っちゃま。徹ゲー明けに飲むリポビタンΩよりも甘い! 最終進化が種族値600を誇る強者を、まさか進化させずに使うとは……坊っちゃまを初めて尊敬いたしました」
「君もう少し体大事にして? というよりこれが初めての尊敬って酷くない?! 僕はキャラの見た目が好きなの! 好きなキャラで戦いたいの!」
「全く、人々から神童と言われるお方が……嘆かわしい」
「ほっといてよ! 可愛い物こそが僕の正義なんだから!!」
「ふっ、力こそパワー。強くなければケモモンではないのです!」
「どっちも力だから! 何その三流悪役みたいなセリフ!」
ギャーギャーと言い合うことが多けど、このどうしようもない執事は、同時にかけがえのない親友だ。一緒に日本に行けることが嬉しくて仕方ない。さぁ、もう一戦!と意気込む姿に呆れつつも、僕は朝メイドが呼びに来るまで付き合わされた。
……二度とヒューにケモモンで勝ちたいなんて言わない。
お互い目の下のクマを笑いながら、朝食に向かう。部屋を出る前に『これを飲めば元気1発です』と手渡されたのはリポビタンΩ。蓋を明けグッと一気に飲み干すとどうしようもできない甘さが口に広がった。思わず口を押さえヒューを振り返ると、満面の笑みで飲み干している。うん、初めて見たよ。君のそんな笑顔。
これが徹ゲー明けのテンションかと身震いしながら、僕は部屋を後にした。
神童と呼ばれても中身はオタクなティアハルト
主人をペット呼ばわりするヒューバート
今回の話に1番喜んだのはこの2人です。