開幕 孫達よ大志を抱け!!!
ここはヨーロッパのとある国、穏やかな気候となだらかな丘陵に囲まれたこの国は、周りの国からの中継地点として栄えている。そんな国の中心地に一際大きな屋敷がある。
暖かい春の日差しが満遍なく降りそそぐ屋敷の一等部屋。そこに1人の老人が弱々しく横たわっている。
「ゴホッ、ゴホッ」
キングサイズのベッドに横たわり咳に体を揺らすのは、この国で不動の地位を築き上げた男。生きる伝説。『経済界の紅蓮神山』ことエルラード・アードラスヘルムである。
若かりし頃、彗星の如く現れた彼は次々と国内では類を見ない新規事業を起こし、その全てを成功へ導くという前代未聞の偉業を成し遂げた。山のような大柄な体躯に燃える様な赤髪、仕事のやり口は冷静でいて大胆。まるで地の通っていない機械の様だと恐れられ、いつしか彼にはその見た目からまるで孤高にそびえ立つ赤き山の様だと揶揄させる様になった。
他社の追付いを許さず、一代にして瞬く間に国をも手中に収めるほどの地位、名声、富を築き上げた。
そんな彼だが普段の人柄は温厚でお茶目。初孫が生まれた時など街一体の店という店を借り、住民や観光客問わず朝から晩まで全ての飲食を無償で提供したという愛情深い一面もある。
……それも今は昔。ベッドに横たわる老人は、伝説の片鱗すら感じられ無いほどヨボヨボと萎み、後は天に召されるその時を静かに待っているようだった。そしてその老人の前に3人の見目麗しい孫が並ぶ。
まず目を引くのは190cmは軽く超える長身にこの老人から受け継いだであろう燃える紅蓮の髪。スッと切れ長で灰緑の瞳は、見る者を萎縮させるであろう威圧を放っている。老人の孫の長男レイナード・アードラスヘルムである。
次に目を奪われるのが、宵闇に輝く月のような白金色の髪。大きく澄み渡る空の様な瞳は、見つめるだけで老若男女問わず虜にしてしまうという魅惑の眼差し。誰にでも優しく微笑みかけるその姿は国中の女性の憧れ、次男ティアハルト・アードラスヘルム。
そして最後は長女ローゼリカ・アードラスヘルム。誰もが羨む赤みを帯びた金色はまさに国の至宝と称され、その天真爛漫な性格と相まって花の妖精と呼ばれている。無邪気さに伴って傍若無人に振る舞うが、その姿すら愛らしいというのがもっぱらの評判である。
「おぉ、お前たち……来てくれたのか。ほらよく顔を見せてくれ、大きくなったのう」
老人がニコニコと手招きをすると、3人は招かれるまま老人に近寄る。老人の側では長年彼に寄り添っている執事が譲る様に一歩下がった。
「ゴホッ、ゴホゴホ……はぁ、ふぅ……。ワシは見ての通りもう長くはない……。可愛い孫達よ、ワシが天に召される前にこの老ぼれの最後の願いを聞いて欲しい……」
老人が喋るのも億劫だと言わんばかりにゼイゼイと息をしながら3人の孫を見つめる。そんな中、レイナードが鋭い眼差しで老人を睨みつける。
「お祖父さま、また新しい遊びですか? こちらは次の役員会に向けての調整や雑務で忙しいのですが……。あぁ、それと昨日コソコソとメイド達が何か運び入れてましたけど、なるほど良く出来た模造品ですね。その体。頭だけ本物とは凝っていらっしゃる」
フンと嘲笑いを浮かべるレイナード。これには老人も驚いた様子で目をカッと見開く。
「なぬ!? 何故バレた! チッ! せっかく今日のために半年も前から念入りに策を練っていたというのに……ぬぅ、仕方ない」
何やら悔しがっている老人はバレては仕方ないと、いそいそとベッドの下から這い出てくる。なるほど改めて見ると、ベッドの上には自分の肌に似せて作った、ヨボヨボの模造品をベットに横たわらせ、首から上だけは自分が出る様にわざわざその部分のマットレスをくり抜いたらしい。
何とも間抜けな再会を果たした老人は咳払いをしながら衣服を整える。
「後、そこにいるのは分かってますよ父上。いい加減私たちを題材にするのはやめて頂けませんか? こちらはまだ仕事が山積みの中わざわざ時間を作ったのですよ。そろそろ執筆活動は辞めてお爺さまから仕事を継いでいただきたい」
……おっと流石は我が息子。親のことはよくわかっている。仕方がないと私も老人と同じ様にベッドのから這い出し……
「父上! 這い出しながら物を書くのはやめてください!」
▲▲▲
目の前では今もまだ現役で誉高い名声を保持した、お祖父さまがぶつぶつと呟きながらふてくれている。先ほどの模造品とは似つかない巨漢は、どうやら私の指摘に不満らしい。いじける様にこちらをチラチラ見てくるが、知らん。
一方の父上はメイドに机を用意させ、まだ書き物を続けている。我が父ながら全くもって役に立たん。その執筆の熱意を仕事に向けて欲しい物だ。そしてこの子にしてこの親有りではないが、この2人が意気投合し何か面白い事を考えつくと、面倒なことしか起きない。全く……本当に迷惑極まりない。
ようやくいじけることに飽きた祖父は、バッと我々兄弟を振り返るとおもむろに
「お前たち、日本に行ってこい。そんでもって一番好きな物を持って帰れ。その一番好きな物がワシの好みと合致したら、そいつがワシの後継者じゃ!」
と宣言した。……案外ボケたのかもしれない。
「お言葉ですが祖父さま、後継者は父上では? それに何故日本に?」
鋭く追求する私に祖父は指をいじいじとしながら答える。……大柄な狸じじいがやっても全く可愛くない。
「うぅむ、簡単に説明するのは難しいのじゃが、お前達の父が後継者などなりたくないと申し出たので、仕方なしお前達から後継者を選ぶことにしたのじゃ。日本についてはな、ワシが好きだからじゃよ」
「大旦那様、とても簡単に説明されてますよ。お見事です」
後ろで棒の様に突っ立ったままの執事がここぞとばかりに祖父を褒める。私は思わずため息をついた。セバスよ、お前が長年甘やかすから周りに被害が広がるのだぞ。
「お祖父さま、簡単に話せばいいという物ではなく、明確な意義を……」
「僕、行きます!」
私の言葉を遮る様にそれまで黙っていたティアハルトが勢いよく手を挙げた。それを見て私は少し焦る。この狸じじいの本心はまだ掴み取れてないが、後継者など無関心そうな弟がはっきりと明示したのだ。『自分が後継者になりたい』と。
「くっ、早まるなティアハルト。お前はまだ未成年で学生の身分だろう。見知らぬ土地に行くなど無謀すぎる。学生は学生らしく学舎でだな……」
「いえ、兄上。先月で大学院までのカリキュラムは終了しました。今後、兄上と共にこの家を担う一員として、見知らぬ土地で僕の力がどこまで通用するのかを試したいのです」
キラキラと輝く瞳は興奮気味に私に訴えてくる。フッ……どうやら私は勘違いしていた様だ。神童と呼ばれ皆に愛される天使の様な弟が、私を差し置いて後継者に選ばれようなどと無粋な思いを抱くはずがない。それならば……
「そうか、お前のその気持ちありがたく頂戴しよう。仕方ない、私も保護者としてお前と共に日本に行き己の世界を広げるとしよう」
「兄上……」
「あー、盛り上がっとるところ悪いんじゃが、3人とも行くことは強制だからの。後、場所は3人バラバラのところに住んでもらうからの。同じ所じゃ勝負になら……ゴホッ、い、いや好みが重なる恐れがあるからの。そこはルールじゃルール! 後はそうじゃのー、期間は1年間にしようかの。そんぐらいがちょうど良いじゃろ」
「えっ、おじーさま、私も強制なの?」
今まで私たちのやりとりを黙って見ていた妹が目をぱちぱちさせながら聞き返す。
「うむ、そうじゃ。ローゼリカもティアハルトも学生として学校に通ってもらう。学生というのは青春じゃ。そこでしか得られない物もきっとあるじゃろう。ワシは楽しみにお前たちの報告を待っとるよ」
「「学校」」
妹と弟の声が重なった。学校と聞いて目を輝かせる妹とは対称にせっかく学生のカリキュラムを終了させたばかりの弟はウンザリしている様だ。ふと、妹が首を傾げる。
「それじゃ、レイナードお兄様はどうするの? 私たちが学校に行っている間、ずっと1番好きな物探せるの? そんなのずるいわ!」
「いや、レイナードは日本へ行ってもそのまま今の仕事を行ってもらうぞ。今流行りのテレワークというやつじゃな、ふぉふぉ」
ぷーっと頬を膨らませた妹を抱き上げ、よしよしと宥めるのはいいが、いかんせん納得がいかん。これならば弟妹よりもおそらく好きな物探しとやらに裂く時間は難しいだろう。くっ……国に残った方がまだ楽なのではないか……。
色々と言い淀む様子も怪しいが、残念ながら家の内外含めて最高権力者である祖父が、わざわざこの様な手の込んだ悪戯を考えてまで話したということは、まず拒否権がないのだろう。私はもうこれ以上追求することを諦めた。
「まぁ、皆それぞれ思うところがあるじゃろうが、ワシから言えるのは1つ……」
周囲がゴクリと息を飲む。
「孫達よ大志を抱け!!!」
パァンと部屋中に隠れていたメイドや従者が一斉にクラッカーを放つ。ふぉふぉふぉと祖父の高らかな笑い声が響き、私は大志ではなく頭痛を抱えるのだった。
お茶目では済まないとんでも祖父さんです。
父さんは空気よりも存在感がありません。
孫達はみんなキラッキラですね、色々と。