第8話:異常
十二分にニコチンが回っているような気がする。
そもそもこのタバコにニコチンが入っているのかわかったものではない。とりあえず箱にそのような表記がない。
しかし、脳にはニコチンが回ってるような気がするのだ。
その証拠に少し気持ち悪い。立て続けに5本吸うのは良くなかったか。
増す気怠さを頭に抱えながら、吸い殻を持って部屋を出る。
一階に降りると、広場でゴルドーがタバコを吸いながら新聞を読んでいた。
「おはようございます」
「おはようございますって、……もう11時だぞ」
ゴルドーはちらとこちらに視線をやると、呆れたような顔つきで言った。
「なんと」
思ったよりもぐっすりだったようだ。しかし思い返すと確かに、この少しの頭痛は過度な睡眠をとった時によくやってくる。
本を読んでいた時の気怠さもそのためか。
「まぁ疲れとったんですよ」
「そうかい、飯はどうすんだ? 軽食なら出せるぞ」
「へぇ、それはありがたい」
「といってもパンと水くらいだけどな」
まぁ、ありがたい。胃に何か入れられさえすればそれでいい。まさか無一文がまた飯にありつけるとは思わなかった。
しかし意外とサービスがいいな。もう少し明るい場所に店を出せばそこそこ儲けられただろうに。
「十分ですわ。あと灰皿とかってあります?」
「そこの受付に重ねてあるのを持ってってくれ、パンは二つまでな」
そういってゴルドーは机の上に置いてある少し黒ずんだバケットを指差した。
バケットにはパンが4つしか入っていなかった。
「ちなみに明日もあのパンにありつけるんです?」
「明日になってみんとわからんな。因みにバケットのパンは10日ごとに補充される」
「因みに今日は何日目なんです?」
「一日目だ」
早いとこ金を稼がんといかんようだ。さっさと魔法を覚えてしまおう。軍は給料その日払いに対応しているだろうか。
「じゃあ一つもらっていきますね」
「うい」
ゴルドーは新聞から視線を離さず言った。
私はバケットに入った小さなパンを掴んだ。軽く掴んだだけなのにパンはヒビが入りボロボロと少し崩れた。
「因みに10日毎に何個補充されるんです?」
「10個だ」
今日補充されてもう6個食ったのか。
「パンむちゃ好きなんすね」
「まぁな。それよりノイは何時に軍に行くんだっけか?」
「15時です」
「そうか、まぁ今部屋に時計ないだろうし時間になったら呼ぶよ」
「助かります。それより一日って何時間です?」
「24時間だろ? マジで聞いてる?」
ゴルドーはイかれた奴を見る目で私を見ている。ひどい奴だ。
やはり時間の感覚は前の世界と一緒なのか。過ごしやすくて助かるな。
「ど忘れですよ。気にせんといてください」
「忘れる? 一日の時間忘れる?」
「15時まで部屋でゆっくりしてますね」
そう言って私はゴルドーのクソみたいなツッコミを無視し部屋へと戻った。
15時まで大体4時間ほど余っている。とくれば今私ができることといえば勿論「魔法について」だ。
勉強が億劫であってもやはり魔法は気になる。早く使ってみたいのだ。なんてったって「魔法」なのだから。
スッカスカのパンを齧り、魔法の書を手に取り、最初のページを開く。
目次にはずらりと並べられた、魔法の数々。どれから見ようか、迷ってしまう。
しかし、やはり最初はファイアだ。最初の魔法はファイアと相場が決まっているのだ。知らんけど。
ページをめくろうとして頭に何かが引っかかった。その引っ掛かりが私の手をピタッと止めた。
待て。待て。
私は最初のページはほとんど流し見したので、どうにも曖昧だ。
曖昧なのだが、引っかかった。羅列された魔法一覧に引っかかったのだ。
確か、「十分な魔力を持ち合わせていない場合魔法は記載されない」とか書かれていなかったか?
目次には記載されるのか?
そう思い私は、寝起きに見た「魔法の書について」の項目を見返す。
「魔法の書について」の項目に綴られた文を1文字1文字指で追いながら確認する。
そして、項目にははっきりと、
「逆に言うのなら記載されていない魔法は発動するにはまだ魔力が十分にないということになります。(目次にも記載されません)」
と、書かれていた。
ということは、ということはだ。
私は全ての魔法を唱えるのに十分な魔力を持ち合わせている、ということになる。
これはもしかして、私はとんでもない才能を持って転生したのではないか?
前世があまりにも報われなかったものだから、という神のサービスだろうか?
待て、浮かれるにはまだ早い。
そもそも、才能はある程度ある人はこんなものなのではないのだろうか? そうであったのなら興醒めだ。
私は思い立って、魔法の書を持って部屋を出る。足取りは無意識に早くなる。
階段を降りると、ゴルドーは先ほどと全く変わらぬ体制で新聞を読んでいた。
私の階段を降りる音を聞いてか、ゴルドーは新聞から視線を外し、ゆっくりとこちらを向いた。
「なんだノイ、なんか足らんものでもあったか?」
「いえ、そうではないんですけどね。ゴルドーさん一度魔法の書を持ってもらえます?」
「そりゃいいが、……どうせファイアしか記載されねえぜ? 俺あれ以来魔法勉強してねえし」
魔法の書をゴルドーに渡すと、ゴルドーはすぐに本を開いて私に見せてくれた。
開かれたページには先ほどびっしりと魔法の名前が羅列されていたはずなのに、最初のページには「魔法について」と「ファイア」と「フラッシュ」しか目次には載っていなかった。
「あれ? あぁそういえばフラッシュもあったか。使い物になんねえから忘れてた」
そう言ってゴルドーは本を閉じ、すっと本を机に置いた。
「こんな感じだ」
「そうですか、……因みにミラさんが持つともっと記載されたりするんです?」
「そりゃあ、あの人は努力家だからな、半分とはいかなくとも4割くらいは記載されるんじゃねえか?」
「4割なんですね、全部記載されるにはどれ位魔力がいるんです?」
「さぁ、……魔法の書を全部埋められたやつなんて見たことも聞いたこともねえからな」
これはもう、浮かれてもいいんじゃないか?
私は人知を超えた魔力を身につけていると捉えていいんじゃないか?
口角が上がる上がる上がる。だめだ。まだ耐えるんだ。
まだわからない。そもそもゴルドーは学校に行ってないのだ。その手の専門家には全ての魔法を使いこなす人間がごまんといるかもしれない。
「あー、……じゃあ、自分の魔力を調べることとかってできるんですかね?」
「なんだよ、……もしかしてやばいくらい魔法が記載されてたのか?」
「いえ、ファイアだけです」
開かせない、軽々に自分の情報を。
特に魔力が多いことによってどのような扱いを受けるかわからない世界だ。
自分の情報は隠すに越したことはない。
「ふーん、……まぁ軍なら健康診断ついでにやってくれるんじゃねえの? 有料だけど」
「有料かー、まじかー」
「流石に診断料はだせんぞ」
「結構するんです?」
「20000くらい」
「かー」
魔力診断は当分お預けのようだ。いやしかし、このお預けは精神に良くない。
期待と不安を抱えながら生活を送ることになるのだ。どうにも心臓がキュッと握られる感覚が続いてしまう。
「あー、了解です。また部屋戻りますね」
「あぁ」
部屋に戻りベッドに腰をかけるが、落ち着かない。
仕方なくタバコに火をつけ、深く吸い込み吐き出す。何とは無しに空を見上げる。
しかし、落ち着かない。貧乏ゆすりは止まらず、時折立ち上がっては、またベッドに腰掛ける。
これではまるでイかれたカラクリ人形だ。こんなことをしたって無駄だとはわかっている。わかってはいるが、止まらない。
ものの2分ほどで吸い尽くしたタバコの吸い殻を灰皿に押し付けると、私は魔法の書を開いた。
やはり見間違いではない。
「ファイア」、「フラッシュ」、「ウィンド」、「アクアー」、「デトキシー」、「アクロン」、……まだまだある。
落ち着かないし魔法使ってみるか。記載されてるということは使えるんだろう。
「手のひらを上に向けて、……ファイアあぁあつっ!」
いや熱くなかった。ただかなりビビった。
正確にいうと火が出ている右手からは熱さを感じない。しかし火に左手を近づけると確かに熱い。
本当に上を向いた手のひらから、100円ライターほどの本物の火が出ている。
「おぉ、……おぉ、……」
感動で言葉が出ない。声帯が震えるままに声を出すことしかできなかった。
それほど私の視界は異常。ありえない光景。まさに、魔法。
何度もここが異世界であると実感してきた。しかし、これ以上の実感はない。
私は魔法を使ったのだ。これ以上の実感はないだろう。
そしてもう一つ、私はもうこの世界の住人であると実感した。確固たる実感だ。
火は10秒ほどして消えた。私はぎゅっと手を握り、ほのかな体温以上の温度を手のひらと、そして胸に感じる。
その熱さを頭にまで移し、私は「ファイア」のページを開く。
文字、文字、文字。文字の羅列に熱は一気に冷める。しかし頬を叩き気を張る。
まぁ、要約すると手から火が出る。火の元だけを発動するのにMPは1必要らしい。
いやMPて。まぁそっちの方がわかりやすくはあるがしっくりこないな。これじゃゲームっぽい、いや十分ゲームっぽい世界か。
Lvが上がることに必要なMPが増えるようで、Lv10となると350もMPが必要なんだと。まぁ大変。
形状を変えるての場合、必要なMPは1.5倍になるそうだ。
光線の場合はランス、球体で飛ばす場合はボールを魔法の後に付け加えるんだと。
ランスの場合はファイアランスか、これもわかりやすい。
使ってみてぇなぁ。ファイアランス。ファイアボールもいいな。
他にはどんな魔法があったかな。そう思い私は目次へと戻りパラパラとページをめくる。
パラパラとめくると、やはり目立つのは黒一色のページ。
私は「特殊・危険魔法について」の項目にもう一度たどり着く。