第2話:超大罪
無言で歩くこと5分程、草原を抜け少し歩きづらい石で舗装された道を歩きながら視線を右往左往させていると、見慣れぬ野菜を育てている小さな畑があった。見た目は人参とキュウリの中間……いや、大根とキュウリの中間か?
色は薄い緑と緑の縞模様。あの野菜が醸し出す味が気になる。
「やー、姉さん! 今日もまた成果をあげたんだねー!」
その畑で作業中であろう男は、私の前で沈黙を強制するような雰囲気を醸し出す女性を一目見ると手をブンブンと振り、大きな声で言った。
姉さんとやらは、ちらと男の方に視線をやり手を小さく振り返していた。
「姉さんは仕事熱心なんですね」
「姉さん言うな。私はミラだ」
「ミラさんは仕事熱心なんですね」
「少佐をつけろ」
「ミラさん少佐は仕事熱心なんですね」
「少佐をつけるなら”さん”はいらん」
「だる」
私がそう言うと、彼女はパッと振り返り、
「お前がふざけた言い方するからだろ!」
と、声を大きくして言った。
「え、こわ。冗談ですって」
「ふざけた奴だ、……後で覚えていろよ?」
ミラは、はあと大きなため息をついたあと、声にドスを効かせて言った。
ぼうと喋りすぎて少々うざったい絡みをしてしまったようだ。もう少し気を張らなくては。
そんな絡みを一つだけ織り交ぜながら、気づけば大きな門の前へとたどり着いた。
門の向こう側はかなり賑わっていた。茶色レンガの建物が多くあり、露店も出ていた。一見したところやはりというかなんというか、中世時代西洋の街並みに似ていた。人々の服装は、……相変わらずファンタジーだ。
しかし何と言っても目を見張るのは、人々の中に亜人、いや獣人とでもいうのだろうか。個性豊かなコスプレマニアがチラホラ歩いていた。そして、別段誰も気に留めていないようだ。帝国はいろいろな趣味に寛容らしい。
「お勤めご苦労様であります!少佐!」
動きづらそうな西洋風甲冑と腰に剣をぶら下げた門番はミラを一目見ると、素早く敬礼をし、背筋をピンと伸ばしながら言った。
「うむ、任務の途中怪しい男を見つけた。私は任務を続けるので、この男を独房に入れておいてくれ」
「えっマジ?」
思わず、驚愕。
独房? 怪しいだけで留置所スルーでいきなり独房? 怪しいの超大罪。
「は、承知いたしました。魔石の補充はよろしいでしょうか?」
「簡単な偵察任務だ、心配はいらん。では行ってくる」
ミラはドンと私の背中を押し、また私たちが来た道を戻っていった。
すると甲冑さんは私の腕を掴み、そそくさと歩きはじめた。
「ぐずぐずするな、独房はこっちだ」
「ちょ、痛い。なんで独房なんですか」
「怪しいからだろう、妙な格好してるし」
妙な格好とはなんだ。いたって普通の、……いやもう本当は気づいている。
龍やら何やらの刺繍が盛りに盛り込まれたマントを靡かせているやつもいれば、モダンな色合いながらもフリフリした可愛らしい衣装の人もいる。中世風ドレスを着て胸を張った女性もいる。
中には前の世界にもあったタキシードらしきものを着ている人もいるが、この状況で誰が浮いているのか聞かれれば100人中99人は私と答えるだろう。
「まぁ、新参者ということでご勘弁を」
「どこの田舎だってお前みたいな格好をしたやつは見たことがないぞ」
「そう言われましてもね、私にとっちゃ貴方達の方がおかしいもんで」
「どこがおかしいというのだ。甲冑も新調したばかりのものだぞ」
そう言うと甲冑さんは、胸のあたりを拳でコンコンと鳴らした。兜で面持ちはは見えないのだが、きっと誇らしげだった。
「おぉ、いいじゃないですか。出世したんですか?」
「そうではないのだが、この仕事を始めてからようやく落ち着いてきたし、……」
甲冑さんはそう言いかけるが、顎に手を当てた時点でハッとして、
「じゃなかった。いいからさっさと歩け!」
と言って、男はぐいっと強く腕を引っ張った。
「うげ」
首が曲がってパキッと音がした。この世でも軽々に口を開けば痛い思いをすることになりそうだ。
私は独房に着くまで口を紡ぐことにした。
人通りの少ない裏路地を抜け、今度は堅牢そうな壁を抜けると、とても立派で美しい大きな城が私の目に入った。
「おぉ……、これはまたご立派なお城ですな」
「そりゃあそうだ。世界で最強、ツヴァーク帝国の城だぞ」
「最強? というと、戦争中ですか」
「まるで戦争がない時があるような言い方だが、……まぁ戦争中だな」
「そうですか」
とりあえず、もうここが天国であるかのような薄い妄想は捨てよう。
天国で戦争があるというのなら、俺は地獄にでも行くよ。
「さぁ、独房はこっちだ」
「ウィッス」
城を後にし、独房へとまた歩を進めた。
独房とだけ聞いていたので、不安は増幅するばかりであったが、これだけ立派な城を建てるのだ。
そこまで独房はひどくなさそうだ。
しかし、少し歩くと甲冑さんは何故か、小さな小屋の前で立ち止まった。
「ここだ」
「え? 独房は?」
その木造の小屋は軽く見ても入って3人程だろう。
俺は圧縮ファイルにでもされるのか?
「世界最強の帝国の独房にしては、なかなかに質素ですね」
「何を勘違いしている。独房は地下だ」
「あぁ、なるほど」
男は軽く蹴ったらぶち壊れそうな扉の城を外した。
「この扉意味あります?」
「いいからさっさと中に入れ」
と言って、男はぐいっと強く腕を引っ張った。
「うげ」
首が曲がってパキッと音がした。
私は独房に着くまで口を紡ぐことにしたことを忘れていた。
扉はギイと弱々しく情けない音を立てて開かれた。
小屋の中はとても貧相で、真ん中に物々しい雰囲気を醸し出す地下へ続く階段と、入り口付近で鍵番であろう男が座って本を読んでいた。
「不審者だ、鍵を頼む」
鍵番は本を閉じ、円形の鍵束をいじりはじめ、一つ外した。
「では、6番でお願いします。武器をお預かりします」
「了解した」
甲冑さんは、腰にぶら下げていた剣を鍵番に渡す。
「行くぞ」
「これはまたご立派な入り口ですな」
「……お前ほんと口が減らんな」
心底呆れたような物言いだったが、声に苛立ちなどは感じられなかった。
「これは失敬」
「まぁ、お前が悪者でないことを願うよ」
「そう言って貰えると、ありがたい」
甲冑さんは、ふっと小さく笑った。すると少しだけ胸が暖かくなって、心細さが薄れた。
人との会話はやはりこうでなくては。頭を使わず、気も使わず、しかし思いやりを持つ。
ただの他愛のない会話だというのに、やけに郷愁を感じて、ほんの少し口角が浮く。
独房へ向かうため階段を降りているというのに、心が浮く。
が、降りるにつれ、浮いていた心と口角が段々と下がる。それどころか、元あった場所よりも下がる。
薄暗い。とても薄暗い。
薄暗く、ゆらゆらと揺れる蝋燭の火は、かろうじて足元が見えるほどに照らしていた。
だのに静かと言うわけではなく、騒々しい。
その騒々しさは階段を降りれば下りるほど、近づく。
「ちょっと、地下で猛獣でも飼っているんですか?」
「そんなわけないだろ、まぁ、……」
「まぁ?」
「……まぁ大丈夫だ。とりあえずお前の入る独房には誰もいないはずだから」
「とりあえず? 後々入る可能性があるんですか?」
「まぁ、……」
「まぁ?」
甲冑さんは、何も言わなかった。
冗談じゃない。死んでも犯罪者扱いどころか、そんな雑な牢に入れられるのか。
死んでから不幸続きだが、この仕打ちはたまらん。
地下はさらに薄暗い。何故あんなに立派な城が建っている国の独房がここまでおざなりなのか。
あんな馬鹿でかい城建てるくらいならもう少しここに設備を回せいや。
牢の前を通るたびに、罵詈雑言が飛んでくる。
「オラァ! はよ出せや!」
「酒ー! まだ酒が足りねえー!」
「新入り入るなら俺を出せやー!」
なんてこった。やっぱり猛獣を飼っているじゃないか。
中には、しおらしくしている奴もいるが、動物がほとんどだった。
「話が違うじゃないですか。猛獣おるやないですか」
「いや、……一応人間だから」
「そんなぁ」
「……さぁ、ここがお前の入る場所だ」
そう言って、甲冑さんは鍵を外し"檻"を開くと、キィィと音が鳴り私の不安を掻き立てる。
私は檻へと足を踏み入れる。
石畳。床は超石畳。スペースは十分にあるのだが、これでは牢ではなく本当に檻だ。
人が入るべきではない。そりゃあ人も猛獣になる。
いや、それより。
人いた。隅っこであぐらをかいて静かに座っていた。
「え、人おるやないですか」
振り返る頃には、ガシャンと"檻"を閉める音が聞こえていた。
「ちょいちょい、甲冑さん。人、人おる」
「えっ」
甲冑さんは、檻を覗き込むと、動きが固まる。
「あー、……ごめん」
「いやごめんやないよ」
「まぁ、あいつはただの酒飲みだ。昨日飲み過ぎて暴れてただけっていうし、……普段はおとなしい奴だと思うから、多分」
「やば」
「少ししたら担当がお前に話を聞きにくるから大人しくしててくれよ、じゃ」
「やば」
甲冑さんはカシャカシャと音を鳴らしくさってそそくさと行ってしまった。
というより、くっついた指はそのままなのか。
はあぁ、と大きな溜め息をつきたまらず座り込むが勢い余って尻をぶつける。痛え。
「よぉ」
後ろから、しゃがれた声が聞こえた。
まぁ当然と言うか、なんと言うか。酒飲みと言われていた男は私に話しかけてきた。
不安を何とか押し殺し、私は口を開く決心をした。