第10話:軍人学校
学校、学校か。あぁ、いやだ。
あんなところ、二度とお目にかかりたくないものだ。いい思い出なんて一つだってない。
中学の頃から不登校だったんだ。思い出があるはずがない。
「ノイもお世話になるんだ。一度見ておかなくてはな」
「はい?」
ミラさんから放たれた言葉は、吐き気がするような言葉だった。
何故28にもなって、学校に行かなくてはならないんだ。10代の頃でさえまともに通えなかったというのに。
「当たり前だろう。私がいつでも訓練できるというわけではないし、ここで魔法や戦闘のイロハを学んでもらわねば」
「いやぁそうはいいましても、学校ですか、……僕28ですよ」
「構わん。40超えた生徒だっている」
「うーん、そうなんですか」
「時々だがな」
うーん、時々か。ものすごく不安にさせる言葉だ。
あぁ嫌だ嫌だ。ゴルドーが言うにはこの世界の学校は裕福な人が行くものらしい。
それはお高くとまった奴らがいっぱいいて、貴族ガー、地位ガー、生まれガー、とかそんな言葉が空を泳ぐんだろう。
あぁ、恐ろしい。やっていける気がしない。
「なんとかなりませんかね」
「ならん。学校は城に併設されている。行くぞ」
「ヒェー」
ミラさんはさっさと城へと向かう。どうしようもないので私はミラさんの後を追う。
城の中はそれはもう豪勢。天井がすごく高い。装飾半端ない。ヤバい。
帝国の城と名乗るには十分すぎる豪華さだ。軍人の数もかなりのものだ。
そんな軍人の間をするりするりと抜け、併設された軍人学校とやらに向かう。
学校に向かうにつれ、周りに若そうな奴が増える。
黒のローブを着た10代ほどの若者がよく見受けられる。気持ち傲慢そうな奴が多い。偏見か。
そんな鼻が伸びた奴らが闊歩する空間を少し歩くと、ミラさんは一つの横開き扉の前で立ち止まる。
扉の上には「1-A」と書かれた小さな看板が壁に刺さっていた。
まさか、教室だろうか。それとも職員室のようなものだろうか。
「ここが教室だ。ちょうど講義が始まる頃だし、挨拶するぞ」
「えっいきなり? 職員室は? 手続きは?」
私の言葉を無視するかのように、ミラさんはガラッと勢いよく扉を開き教室へと入っていた。
流石に、後を追えない。私は教室の前で立ち尽くす。立ち尽くさざるを得ない。
人並みにコミュニケーション能力を持っているとは思うが、人前で挨拶なんて私が一番嫌う状況だ。
扉の向こうからミラさんの声だけが聞こえる。黙って聞くだけの能力は生徒たちにあるようだ。
突然扉がガラッと横に動く。ミラさんが笑顔でこちらに手招きしている。
「挨拶しろ」
笑顔の中の威圧。反抗することなどできまい。
私は観念し、教室へと足を踏み入れる。踏み入れ私の目の前に広がったのは、とても広い教室。200を超える生徒の数。
あぁ、目眩がする。発表会じゃあねえんだぞ。なんでこんな大勢の前で挨拶せねばならん。
「これからこの教室で共に勉学を学ぶ、ノイと言うものだ。仲良くしてやってくれ」
ミラさんは私の背中をポンと叩く。吐きそうになる。
「あー、よろしくお願いします」
感じるおよそ200以上の視線。いや中には寝ている奴もいるが、それでも大量の視線に打たれ、嗚咽感が増す。
乾いた拍手が私を迎えた。一見して15人ほどしか拍手していなかった。熱い歓迎じゃないか。
「じゃあこのまま授業を受けてこい」
「えっ、案内は」
「すまないがここの人に案内してもらってくれ。実はこの後作戦会議にいかなくてはならなくなってしまってな」
「そんなぁ」
あゝ、絶望。この空気感、とてもではないが正常ではいられない。
ミラさんはさっと教室から出ていってしまった。ミラさんの背中を追った視線の行き先は、足元しかなかった。
「ノイ君。私は主に戦闘魔法の訓練を担当するカイエンだ。よろしく」
そう言った先生の顔はとても綺麗な顔立ちをしていた。
「よろしくお願いします」
なるほど裕福な学校となると先生まで高貴だ。育ちが良さそうな格好に、女性を困らせそうな顔立ち。
砕いて表現すると、イケすかねぇツラしてやがる。それにまだ若そうだ。同い年、または俺よりも下か?
「では、ノイ君。これから魔法の講義があるのだけれど、魔法の書は持っているかな?」
「すいません、何分急でしたもんで手持ちは何も」
「構わないよ、魔法は使えるかな」
「あー、そうですね。ファイアくらいなら」
すると、教室からはクスクスと笑い声が生まれた。うーむ、ここの子らはファイアは余裕なのか。
「ファイアくらい? 他は?」
「最近魔法を覚えたので、なんとも」
先生はわざとらしく肩をがっくり落とす。失礼な奴だ。
教室から漏れ出る嘲笑は次第に大きくなっている。やはり私の読み通り、裕福な奴なんていい育ちであっても意地の悪い奴らばかりのようだ。
他の生徒たちを一瞥する。ぼーっとしているやつや、何を考えているのか真顔のやつもいる。
しかし大半の奴らは口に手を当てたり、隣の席の人間と喋りながらこちらを見てニヤニヤしてやがる。鼻っ柱ブチ折ってやりてえ。
「あー、……まぁそうか、構わないよ。この後、外の訓練場で魔法の実戦講義がある。勉強していきなさい」
「へい」
「よし、では皆移動してくれ」
生徒たちは続々と立ち上がり移動し始める。
なんだなんだ、私が来るからみんな座らされていたのか。いちいちそんなことしないでくれや。
ミラさんもやってくれるわ。このみてくれでコミュニケーション能力が人以上にあるはずがないだろう。
「ノイ君は訓練場の場所を知らないだろう。私について来なさい」
「了解しました」
言われるがまま、先生の後をちょこちょこついていく。何か悪いことをして先生に連れていかれているみたいで恥ずかしい。
城の外に出て、広場とは反対の場所に歩き始めると、そこには大きな壁に囲われた訓練場があった。
生徒たちでぞろぞろと入り、時たま肩がぶつけられた。
人の形をした的や、円形の的ずらっと並んでいる。剣術の訓練をしている人たちもいる。
本物の剣戟を見るのは初めてだ。もちろん真剣ではないだろうが中々迫力がある。自分でやるのは嫌だが。
「よし、ではこれから前回講義で行ったサンダーの実戦を行う」
サンダーか。サンダーの講義を受けているものはファイアを笑うのか。素人目から見たらそう変わらんものだが。
「では、まず先生が、……」
「いえ先生! ここは私が!」
そうイキりたち、生徒の中から一人だけ澄まし顔で手を挙げているやつがいた。なんども言うが裕福そうだ。
それに加え目立ちたがり屋なんて救いようがない。
「おぉ、エイブリー。やってくれるか」
「サンダー程の下級魔法ならお手の物ですよ」
そう言いながらエイブリーは顎をくいとあげていた。エイブリーきめぇな。自信過剰にもほどがある。
しかし女子生徒からの羨望の眼差しはエイブリーを刺しまくっている。まぁモテそうなツラしてるもんなぁ。
「では、レベル1からやってもらおう」
「先生、見くびってはいけませんよ、……」
エイブリーは右手のひらを人形的に向け、
「サンダー・フォウ!」
ズァッ! と大きな音を立て、エイブリーの右手から放たれた雷光線は瞬きをする間も無く20mほど離れた人形的を黒焦げにした。
生徒たちからは大きな拍手がと黄色い声が湧き上がる。まるでアイドルだ。
「おぉ、……流石だなエイブリー。学生のうちから先生を超えないでくれよ」
先生の顔色を見るに冗談で言っていないようだ。なるほどサンダー・フォウをつかえると天才学生扱いになるのか。
「ふふっ、超えさせないよう先生も頑張ってくださいね」
髪をかきあげほくそ笑みながらエイブリーは言った。ゲロ吐きそうなほどのナルシズムだ。
するとエイブリーはちらと私の方に視線をやると、
「では次は転校生の、……ノイ君だっけ? やってもらおうかな」
と言いやがった。
なるほど、中々に悪党。性格がねじ曲がってやがる。気色悪い。死ね。
「まぁ、そうだな。では次! ノイ君!」
無能先公も乗り気じゃねえか。クソエイブリーの言葉にどれだけの黒さがあるのかも見抜けないのか。
それとも知ってて次の番を俺に指名しているのか? 適当に講師なんてやりやがって。
しかしここでシクったらこっちでも不登校になってしまいそうだ。
人並みにこなすに越したことはない。
「了解です」
フォウはたしか、レベル4。
俺がサンダー・フォウを何万回撃ったところで、倒れやしないだろう。なんならレベル100だって撃ってやろうか。
いや、目立ってどうなる。人並みに、人並みにさ。レベル2とかが人並みか?
レベル2は、……なんだった。
「すいません、レベル2の魔法数字はなんでしたっけ」
「……ップ」
ドッ!
と、笑いが沸き起こりやがる。全員で私をあざ笑う。辛い。
先生思わず吹き出し、手で口を押さえてやがる。あぁうぜえ。
「レベル2はトウだけど、……とりあえず君はサンダーの元だけで、魔法数字はいいよ」
嘲笑を交えながら先公はほざく。後ろからの嘲笑は収まらない。私の苛立ちも収まらない。
「ど忘れですがな。トウですね」
「無理しないほうがいいよ。体力持ってかれて倒れたら僕の責任になっちゃう」
もうそのニヤけヅラは見飽きた。
「サンダー・トウ」
人形的に向けた手のひらから、先ほどではないが大きな音を立て、人形的に当たる。人形的は胴の部分が黒焦げになっていた。
「おぉ、すげえ」
発動したのは自分なのだが、びっくり。魔力がどれほど必要なのかは知らんがあっさり成功。
まぁ、人並みにこれだけできたらいいだろう。
振り返ると、先ほどの喧騒とは打って変わってしんとした空気が流れていた。
先生のほうを一瞥すると、大きく目を開いていた。
「あら、ダメでしたか」
先生はハッとして、
「あ、あぁ。よくできたね。ご、合格だ。次!」
大丈夫だったっぽい。よかった。
それから、何人か名指しを受け、サンダーの実戦が続く。
続くに連れ、自分の行動の失敗に気づく。
ほとんどの生徒がサンダー・オン。つまりレベル1で発動していた。しかもだいたい失敗していた。
これじゃあ俺が粋がっているみたいだ。いや粋がってしまったのか。恥ずかしい。
もう少し大人しくしなくては。