プロローグ
「ノイ、……あなた一体、何者なの?」
激しく揺れ、世を侵食せしめんと天まで伸びる炎はとてつもなく巨大であった。
夜を白昼に変えられるのではないかと思うほどの猛炎は、負傷した兵士と、ミラと、そして転がる大量の焼死体を煌々と照らしていた。
「あなたが言った通りですよ。私はノイという者で、それ以外の何者でもありません」
事実だ。私は何者でもない。人ですらない。
何者でもない私は死に、そして何の因果かは知らんが、圧倒的な力を持ちここに立っている。
ミラはとてつもなく怪訝な表情をしていた。何もそれは、鼻腔を劈く人の焦げる匂いだけが彼女の眉を顰める理由ではないのだろう。
その証拠に、彼女の眼差しは呼吸や筋の動きを一つも見逃さぬよう私をとらえて離さず、ただまっすぐ伸び、私の瞳孔を貫く。
その眼光に宿した思いはきっとネガティブだというのに、何故だか私はその視線を逸らすどころか視線を重ねて少し、悦に浸る。
この視線の交差には何か、前の世界には一つとしてなかった"愛"さえ見いだせてしまうと思えたからだ。
勿論これは浅はかな思い込みだとわかっている。そこに愛などなく、あの青い油絵で装飾した美しいガラス玉のような眼に宿る思いも、警戒と畏怖だけなんだろう。
彼女の眼下に移り脳に送られる映像の情報は、猛炎に照らされ焼死体を周りに置きながら表情一つ動かぬ精神異常者ということだけで、それ以外には何もないんだろう。
何とも悲しい。が、それはそうだろう。
初めて見た私の姿は、野党に斬り伏せられ発狂していた軟弱者だったはずだ。
それがたったの2日後に、無傷で、野党のアジトを言葉通り何もかも燃やし尽くしたのだから。
「あなた、前の世界で死んでここに来たと言っていたわね、……なぜ死んだの?」
ミラは警戒を一切怠らず、剣を強く握りしめたまま言った。
"前の世界"、その言葉を聞いて、ふと思う。
なぜ、死んだか?
理由は一つしかない。が、それを言っては下手な勘違いをされてしまうだろう。
疑心は敵意に変わり、警戒はより一層強くなり、場合によっては鞘に収まっている切っ先を私に向けるだろう。
しかし、それも仕方がない。
「それは私が、紛う方なき”ひとでなし”だからでしょう」