俺の婚約者が天使だった…!
※『私の婚約者は悪魔だった…?』を先に読んでおかないとわかりにくいと思います。不親切設計で申し訳ありません!
レオナード視点がどうしても書きたかったのです…。前作より甘いかも?
俺には、物心ついた時から婚約者がいた。その婚約者と出会ったのは、俺が7歳のころに参加した王宮でのパーティーで。
婚約者の名前は、リーリア・ツェベルン。ツェベルン侯爵家の次女で、藍色のまっすぐでさらりとした髪を持ち、コバルトグリーンの優しい瞳が特徴的な女の子だった。俺の二つ年下だが、とてもしっかりした子なのだ。16歳になった彼女は相変わらず、慈善活動に積極的に取り組み、あちらこちらへと走り回っている。今まで誠実に活動に取り組んできたからか、社交界では、見た目は地味だが慈悲深く、すべての者に分け隔てなく接し、優しい天使のような令嬢であると噂なのだ。見た目うんぬんの下りは正直いらないと思うが…。そして本人は、自分が噂になっているなど、全く気づいていないようだ。
俺はこの婚約者が大好きだった。好きと言ってもそれは家族に向けるようなものと同じである。と思う。俺は恋というものをしたことがないので、あまりわからない。そういうのではないんじゃないかと、以前弟に相談したときに言われた。だからそうなのだろう。
俺とリアは、婚約してから今まで欠かさずに定期的に互いの家を訪れては、お茶を飲んで談笑したり、休みの日にはともに出かけたりしているし、節目には互いにプレゼントを贈り合うほど仲良く過ごしている。リアは家族同然なのだから、当たり前のことだ。
今日は俺がリアの家に行く日だった。俺のことをよく知っている彼女はきっと、俺の好みに合うお茶や菓子を用意してくれているのだろう。俺のために茶や菓子を選んでくれているのかと思うと、自然と笑みがこぼれた。
少し用事で遅くなってしまったが、リアの家に着いた俺は、なんと言って彼女に謝ろうかと考えていた。考えながら廊下を歩き、リアの部屋の前にたどり着いた時、部屋の中から男の笑い声が聞こえた。ドアは開け放たれているので中を覗いてみると、部屋の中央にあるテーブルを囲んでいる二人の人物がいた。一人は言わずもがな、この部屋の主であるリア。もう一人は、俺の弟のリカルドだった。
リカルドがリアを指さしながら笑っている。お前、ひとの婚約者に指さして笑うなよ、とむっとしてしまった俺は、部屋の中に待機していたメイドに会釈をしてつかつかと二人の元へ歩み寄る。そしてリアの背後に立つと、彼女が両手を持ち上げて何かしようとしていたので、その両手をしっかりとつかんだ。
「何やってるの、リア?」
リアの後頭部に向けて声をかけると、首をぐるんと回してリアが俺の存在を認識する。
「レオ!いつの間に来ていたの?今日はレオの代わりにリカルドが来たのかと思っていたけど」
ん?俺の代わりに?
というか俺はなぜリカルドがここにいるのかわからなかった。弟が今日、俺の婚約者の家を訪れる予定なんて聞いていない。
ちらりとリカルドに目をやれば、にこにこと人好きのする笑顔を浮かべていたが、これは絶対に隠し事をする時の笑顔だ。
最近リカルドの行動が変だ。どうしたものか。
などと考えながらリアと話していると、俺の分のお茶と追加の菓子が運ばれてきた。さすがリア。俺の好みをよく理解している。
美味しい茶と菓子、楽しそうなリア、これだけで楽しく過ごせるのだから、リアは本当に天使だな。良い子すぎて俺にはもったいない。
結婚したら、こんな楽しい毎日を過ごせるのか…。恋人でなくても毎日楽しく過ごせるのなら、政略結婚でも悪くないな。
話が尽きないリアを眺めながら、お茶を飲む俺の表情は、明らかに恋人を温かく見守っている顔だったぞと弟に言われたのはだいぶ後のことだった。
***
今日は王太子殿下の婚約者お披露目パーティーに参加していた。俺はリアをエスコートする。
いつもよりおめかしをしたリアは、いつも以上に可愛かった。俺がついこの前贈った淡い水色のドレスにアクセサリーを身につけてきてくれた。自分が贈ったものを身につけてもらえるのって結構嬉しいんだよな。いつもはおろしているだけの髪を華やかにまとめている。今日はめでたいパーティーだからリアのメイド達は張り切ってしまったのだろうか。リアからほんのり甘い香りがする。香水か何かをつけられたんだろう。
せっかくリアをエスコートしてきたのに、会場に入った瞬間リアに待っていてと言うはめになる。俺は父について、顔見知りに挨拶をしてまわった。早く戻りたいな~と考えながら。
だってなあ、この挨拶回りは仕事の一環だ。めでたいパーティーに来てまで仕事をしなくてはいけないなんて誰だっていやなことだろう。こんなことをするよりも、リアと飲み物や軽食をつまみながら他愛もない話をしているほうが断然ましだ。
俺がホール内で父についてまわっている最中に、ホールの真ん中あたりでざわめきが広がったことに気づいた。何かあったのかと気になり、父に断りを入れ見に行くと、そこには老夫人とリアの姿があった。二人の足下にはわずかにこぼれたワインらしき液体が小さな水たまりを作り、夫人がリアに謝罪と感謝の言葉を述べている。リアの様子をよく見ると、彼女のドレスに赤っぽいシミが広がっていた。この状況から察するに、リアが夫人を助けようとしたところ、飲み物がリアのドレスにこぼれてしまったのだろう。
状況は把握できたが、自分の婚約者が汚れたドレスを身にまとったまま放っておくなどできないと、俺はリアの元に駆け寄ろうとしたのだが、ちょうど父もこちらに近づいてきていたようで、引きとめられてしまった。有無を言わさず父に引きずられていく俺を許してくれ…、すまない、リア。
どんどん行くぞと父に連れられ、さんざんつまらない話を聞かされたすえに、ようやく俺は解放された。早くリアの元へ行こうとホール内を見回すが、彼女の姿は見当たらない。ひとりで控え室にでもいったのだろうか?でもリアのことだから、きっと俺にひとこと声をかけてくれるはずだ。だからリアはどこかにいるはず。
そうして探し回り、俺はすぐにリアを見つけた。しかし、リアの元に向かう俺の足取りはだんだんとゆっくりになる。
それは、リアが一人ではなかったから。リアの元には、リカルドがいたのだ。
最近、こういうのが多いなあ。と思ったのもつかの間、二人の様子がおかしいことに気がついた。そして衝撃的な言葉が俺の耳にも届く。
「俺はお前が、リーリアが好きなんだ」
リアは何も言わない。リカルドがさらに何か言っていたが、俺の頭の中は先ほどの告白の言葉で埋め尽くされていた。
リカルドが、リアを、好き?
彼女は俺の婚約者だ。
……でも、俺たちは恋人ではない。
俺も彼女も互いのことが好きではないし、他に好いた人がいるわけでもない。
じゃあ、もしリアが、俺ではないやつを選ぶのならば。
俺以外の男と結婚するならば。
そんなのいやだ。認めない。リアの婚約者は俺だし、リアと結婚するのは俺だ。
ここで、俺はやっと気づいた。
俺はリアが好きなのだと。
幼い頃に出会い、婚約者になって、今まで当たり前のように一緒に過ごしてきて。
この感情は仲の良い妹を大切に想うようなものだと思っていたが。
一緒にいることが当たり前になって、自分の本当の気持ちに気づけなかったなんて、情けない。
こんなところでやっと気づくなんて遅すぎる。
しかし、幸いにも俺たちは婚約者だ。これからリアに好きになってもらうチャンスは十分にある。
だから、今はとにかく、リアがリカルドに奪われないように引きとめなければ。
俺はすばやくバルコニーに出ると、左腕をリアの腰にまわしてぐいと引き寄せた。俺の登場でリカルドが目を見張る。
リカルドが俺に、リアのことをどう思っているのかと尋ねたので、俺は思っていることを素直に口に出す。
俺の言葉にリカルドがわずかに表情を歪め、そしてリアに手を伸ばそうとしたので、リアをかばうように前に立つ。そして、弟に冷ややかな視線を向けた。
すると、リカルドは俺から目をそらし、バルコニーから姿を消した。
くるりと振り返り、リアを見つめる。
邪魔者もいなくなったことだし、やっと愛しの婚約者と二人きりになれたのだ。自然と口角があがる。そして怪訝そうなリアが口を開く。
「レオ、さっきのリカルドへの言葉の意味は何?大切に思っているとか、一生をともに過ごすのは私以外いないだとか…。まるで私のことが好きみたいな言い方で、びっくりしたんだけど」
「うん。そういうことだよ」
すかさず答えるとリアは眉をしかめたまま。
「わからないの?俺はリアが好きってこと」
あれだけじゃわからないか、と思い、先ほど気づいた気持ちをはっきりと言葉にした。
俺はリアが好き。
あれ、リアの時が止まってる。と思ったら大きな声で
「そんなわけないでしょう!」
と。ん~、そんなことあるんだけど。
リアが言うには、俺が昔リアのことを好きじゃないと言ったから、今俺がリアを好きだなんてあるはずがない、とのこと。
確かに言ったけど、昔は昔、今は今、じゃないか。
まだ言葉を続けようとするから、俺はついに我慢ならなくなって彼女の唇に自分のそれを重ねた。すぐに離れたけれど、リアの唇やわらかかったな…。
にんまりと笑っていると、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているリア。そしてみるみる真っ赤になった。可愛すぎる。
にやにやしているだろう俺は、真っ赤になっている彼女の顔を覗き込み、言った。
「これでわかった?」
「へ」
「俺がリアを好きってこと」
「……いやいやいや、いつから?」
「さっき気づいた」
リアの頭にはてなが浮かんでしまったので、俺は先ほどのいきさつを説明した。これで理解してもらえたかな?
言葉にならないうめき声のような音を発しながら、真っ赤な顔で俺を見つめるリアは可愛すぎて、またキスを落としたくなってしまう。
それ勘違いでは?とか言われたけど、勘違いじゃないぞとリアを説得する。リアってば、まだ疑うの?俺たち何年のつきあいだと思ってるんだ。俺がこういう嘘を言うような人間じゃないってわかってるはずだろ。
あー
「もう、何悩んでるの?リアが俺を好きじゃなくても俺たちは婚約者。もうすぐ結婚して一緒になるんだから、リアが悩んでもどうにもならないよ。今のうちに俺のこと好きになっておけばいいよ」
ぎゅっと、強く抱きしめる。
むぎゅむぎゅすると、リアが現在の心情を吐露した。今まで俺のことをそういうふうに見てこなかったからどうしたらいいかわからない、と。
腕の中からリアを離して肩に手を置き、目線を合わせるようにかかんだ。コバルトグリーンの瞳に映り込む自分の姿。
「リアは俺のこと嫌いじゃないんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、それでいいよ。これから一緒にいて、だんだん好きになってくれたらいいから」
そして微笑んでみせた。またリアの顔が真っ赤になる。
天使か? 知ってた。
リアを腕の中に閉じ込めながら俺は、これからどうやって好きになってもらうか、頭の中で計画を練るのだった。
***
バルコニーを後にした俺達は、ドレスが汚れてしまったリアを休ませるべく、控え室に向かった。具合が悪くなってしまった人のための部屋でもあるので、部屋の奥にはベッドもある。
俺は、意識してしまわないようベッドを見ないようにして、リアをソファまでエスコートする。
そして謎の沈黙が二人を包む。
先に沈黙を破ったのは俺だった。
「リア」
彼女が顔を上げる。
「これからリアに好きになってもらえるように努力する。でもたまに気持ちが抑えきれなくなって……抱きしめたり、キスしたりしてしまうかもしれない。…でも、リアが俺を好きになるまで、いやがることはしない。だから、いやなことはいやだとはっきり言って」
こくんと頷いてくれたリアの頭をなでた。
「あと、覚悟しておいて?絶対、リアに好きになってもらうから」
にっと笑ってみせると、リアも笑顔を返してくれた。
***
それから、宣言のとおり俺はリアに猛アタックを開始した。
リアと過ごす時間を大幅に増やした。少し時間が空いたら彼女の元を訪れて、お土産のお茶や菓子をつまみながら話をして過ごし、休日はリアの好きな所に出かけ、リアが今まで精力的に取り組んできた慈善活動に俺も参加するようにし、とことんリアとの時間を増やした。
そのおかげか、次第にリアの俺への感情が少しずつ変化してきたように思う。以前とは違う好意が態度にあらわれるようになってきた。本人は隠しているつもりなのだろう。そんなところも可愛くてたまらない。
早くリアが俺に好きって言ってくれないかな。
そしたら、思う存分に抱きしめてキスして愛でたいと思う。
俺の婚約者は天使だった。
レオナードが無自覚になってしまったのは、リカルドのせいでもあるでしょう。リカルドは意外と悪い男でした。
そして内容には全く関係ないのですが、私のパソコンでは「リカルド」とうつと真っ先に「梨花ルド」が出てくるのですが、そのままEnterを押してしまい、うちなおすというのを何度もやっていました…(-_-)
それはさておき、ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!