夏祭りに最高の告白を
【登場人物】
琴浦ななみ:高校一年生。夕夏とは小学校から一緒。夕夏以外に親しい友人はほぼいない。
鷲森夕夏:高校一年生。優しく面倒見がいいのでクラスメイトから人気がある。
告白とは、秘密にしていたことや心の中で思っていたことをありのまま打ち明けること。
しかし一般的に人が誰かに告白をする、というのは恋心を伝えることを指すことが多い。
断られれば地獄、OKされれば天国。だからこそ自分が告白をする立場になった際には最高のシチュエーションとタイミングで告白をしたいと考えるのも当たり前じゃないだろうか。
私、琴浦ななみは今日の夏祭りで友達の鷲森夕夏に告白をする。
夕夏と私は小学校からずっと一緒の友達だ。明るくて元気で優しくて、なんて言うとありきたりではあるけど、一緒にいる時間がまったく苦じゃない、むしろ毎日ずっと一緒にいたいと思える女の子。夕夏と同じ高校を選んだのだって私が離れたくなかったからだ。そして高校受験を前にしてその『離れたくない』という想いが『好き』なのだと気付いた。
まぁ気付いたからいって何が変わるわけでもない。私は夕夏と一緒にいられればそれでいい。同じクラスになれただけで狂喜乱舞した私にとって、今の関係のまま学校生活を送るだけで十分なんだ。
――なんて悠長なことを言っていられたのも最初の三カ月だけ。
高校に入ってから夕夏はますます可愛くなった。おまけに面倒見がよく頼りがいのある性格とあってはクラスメイトから慕われるのも当たり前だ。問題はそれが男女問わずということ。
夏休みに入る少し前。掃除の時間に教室の隅で男子たちがなにやらこそこそと話していた。
「鷲森って可愛いよなぁ」
「優しいし勉強も出来るし、あぁいう彼女がいたら高校生活も楽しいんだろうなぁ」
「じゃあ告ったら?」
「ムリムリ、断られたら顔合わせづらいじゃん」
「彼女にするんだったら早い方がよくね? 夏休み前だし逝ってこいよ」
「フられるの前提かよ!?」
私はホウキを持つ手を止めて男子たちの会話に耳をそばだてていた。
(これは、まずい――!?)
もし誰かに告白されて彼氏が出来たりすれば、もう私と一緒にいてくれなくなる。それは嫌だ。どうしよう。どうすれば止められる。
(そうだ!)
逆転の発想。誰かと付き合われるのが困るのなら私と付き合ってしまえばいい。そうすれば夕夏は私の為に時間を使ってくれる。
では告白するとしてどうすればいいのか。告白の経験がない私は、やり方や作法、タブーについて色々と調べてみた。出会って数カ月がいいとか他の人に取られるのを焦って告白するのはよくないとかちょっとあまり見たくないことが書いてあったりしたけどとりあえず有用なことも分かった。
まず恋愛は夏に成就しやすいという。夏の暑さが気分をも開放的にさせる、というのはよく聞くことだ。学校では夏休み前に付き合ったカップルが夏休み後に別れていたりすることもある。……たとえが不吉だった。私は夕夏とひと夏で終わるつもりはないのだから夏休み後に別れるケースは考えないようにしよう。
そして告白のタイミングは昼よりも夜の方がいいらしい。確かに辺りが暗くなる方が雰囲気が出るし、綺麗な夜景なんかを見ながら告白というのはロマンチックなことこのうえない。
その他もろもろを踏まえて出した結論が『夏祭りの夜に告白をする』だった。二人で打ち上げ花火を見ながらそっと手を繋ぎ、秘めた想いを伝える……最高じゃないだろうか。
夏祭り当日。
お母さんのお下がりの浴衣を着付けてもらい姿見の前でポーズをとってみる。薄紫の布地に菖蒲の模様が散っていて大人びた印象がある。ふむ。馬子にも衣装と自分で言うのもあれだけど、和服を着ると貞淑さが増して美人に見えるもの。後ろ髪をアップにしてうなじが露出しているのもポイントが高い、と思う。メイクはノーズシャドウやアイラインを少し濃くして夜でも立体感が出るようにしている。
やるだけのことはやった。あとは夕夏と夏祭りに出掛けて――告白をするだけだ。
◆ ◆
ななみから『夏祭りに行こう』と誘われたとき、これはチャンスだと思った。
出店を回りながら美味しいものを食べ、遊び、しめくくりに花火を見る。デートに必要なことのほとんどが夏祭りには詰まっていると言っても過言ではない。
決めた。夏祭りの最後に打ち上げ花火を見ながら、私は琴浦ななみに告白をする。
告白というのは女の子にとってとても大事なイベントだ。出来る限りロマンチックに、想い出に残るように告白をしたい。毎年夏が来るたびに『夏祭りのときに告白されたね』なんて照れながら言うななみを想像するだけで頬が緩んでしまう。
正直に言うと告白するのは怖い。告白をしてしまうことでななみとの関係が壊れてしまうんじゃないかと不安でしょうがない。だが何もしないからといって今の友人関係が壊れないかというとそういうことでもない。
夏休み前の掃除の時間。ゴミ捨てに行こうとした私はベランダ通路で男子たちが何かをこそこそ話しているのに気が付いた。別に興味もないので特に気にもせずに横を通ろうとしたとき、よく知った名前が聞こえてきた。
「――俺は琴浦さんかな」
私は立ち止まって耳を大きくする。
「え、まじで? 俺はあんまり話した印象ないわ」
「教室じゃ目立ってないけど笑ったときとかめっちゃ可愛いから。鷲森さんと話してるときの顔見てみろって」
「へぇ、んじゃ告白すんのか?」
「こ、こ、告白とかは、別に」
「ああいうおとなしそうなタイプだったら押せばなんとかなるかもよ」
「そ、そういう強引なやりかたは好きじゃないし」
「おいおいヘタレかよ~」
私はゴミ箱の中を確認しているフリをしながら心の中で叫んだ。
(はぁぁぁっ!? 私のななみに告白ぅぅぅ!?)
ななみは可愛い。それはとっくの昔から知っている。特に最近はメイクもするようになってその可愛さには拍車が掛かっている。
(学校じゃメイク禁止だし、いつも私と一緒にいるから変なやつは寄ってこないと思ってたのに……)
このままではダメだ。男子の言う通りななみは押しに弱いところがある。私がワガママを言って困らせても最後はいつも折れてくれるくらいに。つまり、男子から必死に交際をお願いされたら同情心からOKしてしまうかもしれないのだ。それは何としてでも阻止しないと。
なら私のやることはひとつしかない。誰かのものになるくらいならいっそ私のものにしてしまえばいい。押しに弱いという性格を私が利用してやるのだ。
そういうわけで、ななみとの夏祭りはまさに渡りに船。夜空に咲く花火をバックに想いを伝える……なんてロマンチックなのだろう。もしかしたら二つ返事で告白を受けてくれるかも……。
夏祭り当日。
お母さんにお願いして親戚の人からお下がりの浴衣を借りた私は、姿見の前で最終チェックをする。水色と白色の市松模様に撫子の花柄。清涼感があり可愛らしい。そして髪を後ろでまとめることによりバッチリ見えるうなじでセクシーさもアピール。メイクにも変なところはない。リップだけいつもより明るいピンクにしてみた。
うん、なかなかいい感じ。これで少しでもななみがときめいてくれればいいんだけど。
拳を握り気合を入れて、私はななみとの待ち合わせへと向かった。
◆ ◆
夜の神社は大勢の人で賑わいを見せていた。立ち並ぶ幟や吊るされたたくさんの提灯。参道には隙間のないほど出店が並び、人々が行列を作り境内へと向かっている。お祭りはこの地区全体で行われているので周囲の路地にも出店が並び人で溢れかえっている。行き交う人の顔は一様に楽しそうだった。
「やっぱり混んでるねぇ」
入り口の鳥居を遠巻きに眺めながら夕夏が言った。私も苦笑してそれに頷く。
「お祭りで人混みは避けられないよ。時間はあるからゆっくり回ろう」
なんたって浴衣姿の夕夏と一緒なのだ。どれだけ人が多くても動くなくても嫌なことはない。待ち合わせで夕夏と会ったときからその可愛さに胸の鼓動が早くなっているのだから。
「それもそうだね。とりあえず中に行こっか。それで美味しそうなのは手当たり次第に買って食べるってことで」
「うん、量が多いやつは半分こにしよ」
「おっけ。色んなの食べたいもんね。よーし、じゃあ何から食べる? わたあめとかは最初らへんにいっとく?」
「いいんじゃない。重たいのは真ん中くらいがいいかな」
「焼きそばとかはそのあたりだね。間にかき氷挟むのもよさそう」
私は夕夏と談笑しながら鳥居をくぐった。今のところはあまり気負うことなく夕夏と話せている。あんまり意識しすぎて怪しまれては元も子もない。
人混みの隙間を縫うように進んでいると、夕夏が振り返った。
「はぐれないように手つなごっか」
「え?」
「ほら、ななみ手出して」
「あ――」
私の返事も待たずに夕夏が私の手を取って握った。柔らかい夕夏の手の感触に私の心臓が飛び跳ねる。
(ゆ、ゆ、夕夏の手!? わ、私夕夏と手を繋いで……あぁ、夏祭りに来てよかった……)
夏祭りに来た目的も忘れ、私は夕夏に手を引かれながらしばし夢心地のままでいた。
◆ ◆
(いきなり手を繋いで変に思われなかったよね?)
ななみの手を引いていた私はドクドクと高鳴る心臓を抱えながら胸中で呟いた。
お祭り、人混みとくれば手を繋ぐのは自然なことだ。もちろん普段やらないことをしてななみに意識してもらえればいいなという考えのもと行ったわけだが、予想していた以上に恥ずかしい。
(でも嫌がってる感じはしないし)
離れないように手をぎゅっと握るとななみも握り返してくれる。その感触とあたたかさだけでも今日ここに来て良かったと思う。
っと、あまり繋いだ手に気を取られていてもしょうがない。もっとななみとおしゃべりしないと。
「……去年ってななみとお祭りに来たんだっけ」
「んー、去年は都合があわなくて来れなかったんじゃなかったかな」
「あぁそういえば私がおばあちゃんのとこに行くからって断った気がする」
「そうそう、確かそんな感じ。その前の年はどうだったか忘れたけど、中一のときは一緒に来たはず」
「私も思い出してきた。確かななみが光るステッキみたいなのを異様に欲しがって、絶対いらなくなるよって私が言ったのに買ったんだよね。五百円くらいしたんじゃなかったっけ?」
「……夕夏よく覚えてるね」
「むしろそこしか覚えてない。あのステッキってまだ持ってるの?」
「……机の引きだしにしまってある」
口を尖らせて恥ずかしそうにしているななみはとても可愛いかった。私はくすりと微笑みかける。
「欲しかったら買ってあげようか?」
「いらないっ」
(あぁもうそうやってちょっとムキになるとこなんかホントに可愛いなぁ……)
口角が上がりそうになるのを抑えてななみを眺めていた私だったが、ハッとなる。
(からかってどうするの。それでななみの機嫌が悪くなったら告白どころじゃないんだから、もっとななみに喜んでもらわないと!)
「ご、ごめんごめん。お詫びに最初に食べるやつはおごるからさ」
「ほんと? じゃあどうしよっかな――」
きょろきょろと出店を見回すななみを見て胸を撫で下ろす。ななみが喜んでくれるのなら今日のお金は全部出してもいいのだが。
しばしの間、私は悩むななみの横顔を見て心を癒すのだった。
◆ ◆
夕夏がいつもより優しい気がする。しかも私の腕や肩に触ったりとボディタッチも多い。いや、人が多いからぶつからないように気を遣ってくれているだけだと思うけど。
(これも夏祭りのお陰かな)
夏祭りだから普段よりも近い距離でいられる。触れ合っても気にならない。周りにいる大勢の人の喧噪や熱気に当てられて自然とテンションが高くなる。
いつしか手を繋いでいるのを気にしなくなるくらい普通に夏祭りを楽しんでいた。
わたあめ、りんごあめ、やきそば、イカ焼き、牛串、じゃがバタ、かき氷、チョコバナナ、今川焼き……スーパーで買ったり自分で作る方がかなり安いのは分かっていても、これらは祭りで食べるからこそ意味があると思う。外で食べた方が美味しいというのもあるが、食べ物をシェアしたり一口ずつ食べ合ったりなんてのが気軽に出来るのは祭りだからこそ。現に参道の端っこではカップルたちが、あーん、と食べさせている。羨ましい限りだ。
もちろん食べるばかりがお祭りではない。
「ななみ、射的やろうよ! 何が欲しい? 私が取ってあげる」
定番の射的の屋台で夕夏が聞いてきた。私は並べられた景品を一通り見て答える。
「じゃあスイッチ」
棚の最上段に鎮座したニンテンドースイッチの箱を指さす。
「あれ絶対に無理なやつ! どうせ中身カラで接着剤でくっつけてるから」
「そんなことないよ、おじょうちゃんたち~。中身入ってるよ~。ほら、接着剤も使ってない」
お店にいたおじさんが私達の会話聞いてスイッチの箱を持ち上げてみせる。確かに空箱じゃないしくっついてもいない。
「ホントかなぁ? じゃあおじさん、一回やる」
「はいまいど。十発で三百円ね~」
お金を払いコルク弾の入ったトレーを受け取り、夕夏がライフル型の空気銃に弾をこめる。そして狙いを定め、引き金を引いた。
ぽん。放たれたコルク弾はスイッチの箱の上を抜けていった。
「おしい」
「もう弾道は分かった。次当てるよ」
夕夏が冷静に告げた。こういう仕草を格好いいと思ってしまうのはひいき目に見過ぎだろうか。
「――よし」
再び夕夏が引き金を引いた。
ぽん、と放たれたコルクの弾丸は一直線にスイッチの箱の上部に命中する。最高の位置だ。落ちるかどうかは分からないがかなり揺れるはず――。
ぽと。
しかし箱はまったく揺れもせずに弾をはじき返し、なおもその四角い体躯を見せつける。まるでラスボスのように。
「…………」
「…………」
「残念だったね~。次は落ちるかもしれないよ~」
「おじさん! 中身絶対スイッチじゃないでしょ!」
「それは取ってみてのお楽しみだよ~」
「お楽しみの時点でスイッチじゃないじゃん!」
「ま、まぁあれが本物のスイッチだとはどこにも書いてないし」
以前にお祭りのくじで当たりが入っていないことがニュースになったこともある。
「どうせそんなことだと思ってたけどね。ななみ、もう無難なやつ狙うよ。何がいい?」
「夕夏が狙いやすいやつでいいよ」
「りょーかい」
結果はグリコやガムなどの小さなお菓子五個を獲得した。
次は私が輪投げに挑戦してみた。相変わらずあきらかに取らせる気のないゲーム機の箱が置いてあった。むしろ絶対に無理なのが見て分かるだけ良心的かもしれない。やってみた感想は意外と距離感と力加減が難しいと思った。ゲットしたのはチョコ二個と変なトロフィーのレプリカだけ。トロフィーに関しては邪魔なので返品した。
「こういうのは景品じゃなくて取るまでの過程を楽しむものだから」
夕夏がそれらしいセリフで締めくくった。
「射的でわりとムキになってたのに?」
「なってない。あれはあのおじさんにノっただけ。もし本物だったら私が取っちゃって商売あがったりになってたから勘弁してあげたけど」
銃を撃つ真似をして夕夏が笑った。私も微笑んでうなずく。
「まぁ実際当てるの上手だったもんね。銃を構えるのも様になってて格好よかったし」
「そりゃななみが見てる前でかっこわるいとこ見せられないから」
「え?」
「り、リクエストしてもらったのに外してばっかりじゃ情けないでしょ?」
「う、うん、まぁ」
びっくりした。まるで夕夏が私に良いところを見せようと頑張ったみたいに聞こえた。
いや、本来ならもっと私が夕夏に積極的にアピールしていかなければいけないんだ。少しでも私にドキドキしてくれれば、告白だってうまくいくはず。
そのとき境内の奥になにやら大きい横長のテントみたいなものが建っているのに気が付いた。テントの上部に設置された大きな看板には『恐怖の館』というおどろどろしい文字が踊っていた。
お化け屋敷だ。そういえば毎年あった気がするが中に入ったことはなかった。わざわざ夏祭りで怖い体験なんてしたくないからだ。
(――いや、これは使えるかもしれない)
デートでお化け屋敷に入るのなんて鉄板中の鉄板。暗闇の中で迫り来るお化けに悲鳴を上げ、隣にいる夕夏に抱き着けば自然と密着出来て仲も深まる。『お化け怖いの?』とからかう夕夏に『こ、怖くないけど、もっと近くにいてよ』とひっつく私。夕夏の中の庇護欲をかきたて、さらには体を寄せ合うことでドキドキ感もアップ。完璧だ。
「夕夏、あそこに恐怖の館っていうのがあるんだけど――」
◆ ◆
危うく本音を悟られるところで私は胸中で息を吐いた。
しかしななみが誘ってくれたお化け屋敷は好都合だ。怖がったななみを抱き締めるもよし、自分がななみに抱き着くもよし、どっちに転んでも得しかない。
受付にいた妙に迫力のあるおばあさんに入場料金を払ってさっそく中へと足を踏み入れる。
恐怖の館と書いてあったが内装のテイストは館というよりも昔の日本家屋に近い。破れた障子や襖。ぼろぼろの畳に破壊された家具。庭のつもりだろうか井戸や竹やぶのようなものまである。そしてあたりに響くのは人の笑い声や泣き声が混ざり合った不協和音。照明の暗さもあいまってかなり不気味だ。ときおり先を進んでいる他の客らしき女性の叫び声も聞こえてくる。
これは結構ちゃんとしたお化け屋敷かもしれない。私がそう思ったとき、障子の隙間から「おぁぁぁ」と最初のお化けが飛び出してきた。
ななみの反応を見て悲鳴をあげるか受け止める側に回るかを判断しなくては。
「…………」
ななみは固まっていた。驚いているわけでも怖がっているわけでもない。ただ怪訝な表情で飛び出してきたそれを見つめていた。
私もあらためてそれを見やる。
お化け。確かにお化けなのだろう。長い黒髪はぼさぼさで死装束を身に纏った人の形をした作り物。ただし、顔のデザインが壊滅的だった。簡素に描かれた目と鼻と口は子供が書いたお絵かきみたいで、端的に言うとかかしの顔だった。恐怖を感じるどころか滑稽ですらある。
ななみも私と同じ感想だったのだろう。なんとも微妙な表情を呟いた。
「えっと、お化けまで予算が回らなかったのかな」
「そこに一番お金を掛けるべきだと思うんだけど」
たまたま最初のお化けの調子が悪かったのかもしれないと先に進んでみるが、出て来るお化けのクオリティは軒並み低かった。首がじゃばらホースみたいに伸び縮みするろくろ首、異様につるつるした肌ののっぺらぼう、血まみれで顔がガン黒に見える落ち武者などなど、途中からお化けのつっこみ所を探すゲームになるほどだった。
(こんなんじゃななみに抱き着けないじゃん……)
がっかりはしたがこれはこれで楽しいのでありかもしれない。お化け屋敷で爆笑する経験もなかなかないだろうし、結果としてななみが楽しんでくれればいいのだ。
歩くこと数分。出口が見えてきた。
あっと言う間だったね、なんて話しながらのんきに出口に向かっていたとき。
「うぉぉぉぁぁああぁぁああっ!!!」
完全に不意打ちだった。突然耳の後ろから聞こえた叫び声に私とななみは飛び上がった。
「「きゃぁぁぁぁぁああああっ!!」」
ゾンビに扮したスタッフに追いかけられ、二人でもつれあうように外に飛び出る。またのお越しを……と受付のおばあさんが呟くのが聞こえたが構っている余裕はない。
周囲の人達から奇異の目線で見られながら近くの大きな木まで走ると、根元にしゃがみこんだ。
「……いきなり大声で驚かすのは反則でしょ……」
「ね、あんなの叫ぶなって方が無理だよ……」
しばらくしてようやく息が整って、私はななみと手を繋いだままだったのに気が付いた。
「あ、ごめん、ずっと手繋いでたね」
離そうとした私の手をななみがきゅっと握る。
「別に大丈夫だよ。夕夏が手を握っていてくれたから安心できたし」
ななみの柔らかな笑顔に私の胸が締め付けられた。
(あぁ――好き)
勢い余ってこの場で告白してしまいそうだった。でもさすがにお化け屋敷の直後というのはタイミングが悪い気がする。
だっていよいよこの後は。
はやる気持ちを抑えてななみに問いかける。
「そろそろ花火の時間だけど、どこで見よっか」
◆ ◆
お化け屋敷は期待したものじゃなかったけど、そのおかげで良いこともあった。驚いて逃げたことで私も夕夏も心臓がかなりドキドキしたはずだ。そのドキドキを恋愛感情と認識してしまう、いわゆる吊り橋効果というものがある。勘違いでもなんでも夕夏と恋人になれるなら構わない。
「花火がよく見えそうな場所調べてきたから私に任せて」
「おぉ、ななみ準備いいね~」
当然。花火が綺麗に見えることは告白を成功させる為の必要条件だ。
「あっちに公園があってそこからならビルも邪魔にならないんだって」
私が先導しながら入り口の方に移動を始めたとき、絵馬を掛ける場所の横でうずくまっている男の子に気が付いた。年齢は幼稚園か小学校低学年くらいだろうか。周りに大人は誰もいない。
「ねぇ夕夏、あの子……」
気になったので夕夏にどうしようかと尋ねる意味で話しかける。夕夏はその男の子に気付くや否やすぐさま近寄っていった。
「どうしたの? ケガでもした?」
しゃがんで男の子と視線の高さを合わせ夕夏は優しく声を掛ける。
すごい、と思った。私はあんなに早く行動を起こせない。話しかけて不審に思われたら、保護者から怒られたら、と考えると最初の一歩が踏み出せない。
(こういうところを好きになっちゃったんだよね)
男の子とコミュニケーションをとる夕夏の横顔を眺めながら自分の気持ちを再確認する。
(だからこそ、今日は頑張って告白しないと)
決意を胸に改めて気合を入れた。その為にもまずはこの男の子を夕夏と一緒に助けてあげなければ。
その男の子――タケル君は小学校一年生で、お母さんと二人で夏祭りに来たらしい。しかしそのお母さんとはぐれてしまいどうすればいいか分からずに歩き疲れてここでうずくまっていた、というのが夕夏が聞き出したことだ。
泣き腫らしたタケル君の目を見て私と夕夏は顔を見合わせる。
「どうしよう夕夏? 交番に連れていく?」
「うーん、多分タケル君のお母さんはタケル君を探してるだろうし、あんまり移動しない方がいいと思うんだよね。タケル君、お母さんとどこではぐれたか覚えてる?」
タケル君が首を横に振った。手掛かりを得られずに夕夏が唸る。
「んー、ここにいるってことは神社に入るときにはぐれた可能性が高い、かな。でもこの人混みで連れて歩くのは危ないよね。タケル君も疲れてるし」
ぶつかったりして危険というのもあれば、私達が連れ回すことであらぬ疑いを掛けられることもある。
「迷子センターとかないかな。そこで放送してもらえればすぐ見つかるかも。でも迷子センターなんてよっぽど大きいお祭りじゃないとないよね」
「迷子センター……」
夕夏が考え込んだあと、「ちょっと待ってて」と近くの出店に走っていった。数分も経たずに戻ってきた夕夏の手には水風船が握られていた。
「ヨーヨー釣りのおじさんに聞いてきた。迷子センターじゃなくて実行委員会の本部が近くにあるから、そこに言えばなんとかしてくれるって」
「ほんと? よかった」
「私ちょっとひとっ走りしてその本部に行ってくるからななみはここでタケル君と待っててくれる? はいタケル君、これプレゼント。もうすぐお母さんと会えるからね」
水風船をタケル君に渡してから夕夏は人混みのなかへ消えていった。あの瞬発力と行動力は本当にほれぼれする。
タケル君が水風船を両手で挟んだまま呟いた。
「あのおねーちゃんかっこいいね」
「……うん、すっごく格好よくて優しい、私の大切な人なんだ」
水風船のゴム紐の輪っかをタケル君の指に入れてあげながら、私は心の底からそう答えた。
◆ ◆
(あぁぁぁぁ、花火が始まっちゃうよぉぉぉぉ!!)
人波の隙間を縫い、実行委員会の本部まで駆け足で向かいながら私は心の中で吠えた。
(でもあんな小さい子をほっとくわけにもいかないし、せめて任せられる人にタケル君をお願いするとこまではやらないと……あぁもう浴衣走りづらい!)
悪態をつきながら走ることしばし、『実行委員会本部』と書かれた紙が吊り下げられた簡易テントに到着した。
そこにいた祭りの法被を着たおじさんたちに事情を説明するとすぐさま町内放送で呼びかけてくれることになった。これでまずは一安心だ。
おじさんの一人と共に神社へと戻り、ななみとタケル君に報告する。あとはおじさんがついているから、と言ってくれたのでお言葉に甘えようと思ったのだが、ななみの口からは意外な言葉が飛び出した。
「……タケル君のお母さんがくるまで私達もここにいない?」
私の足元の地面ががらがらと崩れ落ちた気がした。
(そ、そんな――花火が、ロマンチックが、告白が……)
だがそれも一瞬のこと。不安そうにななみの浴衣の袖を握っているタケル君を見て気をしっかりとさせる。
「――うん、そうだね。私達が一緒にいるからタケル君もここでお母さん待てる?」
小さく頷くタケル君の頭を撫でてあげる。ここまできたらしょうがない。最後まで付き合うのが責任というものだし、何よりもこのままお別れしたら私がすっきりしない。
タケル君を間に挟み、三人でしゃがんだまま学校のことや夏休みに何をして遊んだかなどを話した。次第にタケル君の顔に笑顔が浮かぶことが多くなっていった。
――ドン。
大砲のような音。大勢の人が立ち止まり夜空を見上げた。小さな歓声のようなものがあがる。
「花火、始まったみたいだね」
ななみがタケル君の手を引いて立ち上がった。私もそれに続き、出店の並ぶ向こうの夜空を見つめた。
ドン。ドドン。
次々に花火が打ち上がってきた。ここからだと遠くて見づらいが、見えないということはない。
「タケル君、肩車してあげよっか」
私が聞いてみるとタケル君は目を輝かせてこくこくと頷いた。
「夕夏大丈夫?」
「大丈夫だって。心配ならななみが後ろで支えててよ」
「分かった」
ななみがタケル君から水風船を一旦預かり、私の首の後ろに座らせた。それを一気に持ち上げる。側で寄り添ってくれるななみを見て胸中で独りごちた。
(……なんかこういうの家族みたいでいいかも)
一緒に子育てをする私とななみを想像するだけでにやにやが止まらない。恋人にすらなっていないのに家族なんて気が早いどころじゃないが。
(おっと、変なこと考えてる場合じゃなかった。ちゃんとタケル君の足をしっかり持ってないと)
菊に牡丹に柳、大小様々色鮮やかな花火が夜空に咲き乱れる。
二人きりのロマンチックな花火という当初の目的は果たせなかったけど、一人の男の子の笑顔を取り戻したと考えればまぁ良かったのではないだろうか。。
ひとつだけ不満があるとすれば、今この瞬間、ななみと手を繋げないことくらい。
◆ ◆
その後花火を見ている最中にタケル君のお母さんがやってきて、無事親子の再会を果たせた。
小さな息子を抱き締めるお母さんの光景を目の前で見て、本当に良かったと思った。ほとんど夕夏のお陰だったけどそれを少しでも手伝えた自分が誇らしい。
タケル君とお母さん、実行委員のおじさんと別れ、夕夏と二人取り残された私は大きく腕を伸ばした。
「これからどうしようか。多分花火はもうちょっとで終わると思うけど」
「だったら移動するのも面倒だし、ここで最後まで見るでいいんじゃない?」
境内の端は暗く、花火が見えづらいこともあってかあまり人気がなかった。遠い夜空に上がる花火を見ながらふと考える。
(……これ、告白するチャンス、なのかな)
予定していた場所ではないけど二人きりで花火を見るというシチュエーションは変わらない。周囲に人がいないというのも好都合。
(こ、こ、告白……)
覚悟は決めてきたはずなのにいざ告白をしようとすると口がまったく動こうとしなかった。それどころか全身が固まって指先を曲げることさえ出来ない。
最後の最後で怖じけづいてしまう自分の心に嫌気がさす。たった二文字相手に伝えるだけでいいのに何故それが出来ないのか。
ここで告白できなかったら今後も絶対できないぞと私の脳が警鐘を鳴らす。一度先送りにしてしまったら何度も同じことを繰り返すだろう。
(そうしてる間に夕夏に恋人ができちゃったら……)
やらずに後悔するよりもやって後悔をした方がいい。それは自分でやろうと思ってやれる人の言い分だ。やれない人はどう頑張ってもやれないからこそ他の人よりも後悔してしまう。
(お願い、声出て――ちょっとだけ、ほんの少しだけ出てくれればいいから――)
強く握りしめた私の手が、不意に夕夏の手に包まれる。
「ななみって花火好き?」
「あ、え……」
口が動く。声が出る。背中ににじむ汗を感じながら私は答えた。
「好き、だと思う」
「私も。風情があるし綺麗だし」
固く閉じていた拳を開くと夕夏が手を繋いできた。その行為に私は戸惑う。なんで急に手を握ってくれたのだろう。私の挙動が変だったから気を遣ってくれているのか。
「外国だと高層ビルから数千発の花火をあげるとこがあったりして、もうすごいんだって」
「ビルから? それすごいね」
「でしょ? いつかななみと二人でそこに行けたらって思ってるんだけど」
「――あ、わ、私も行きたい! 絶対!」
まさか外国への旅行を誘ってくれるなんて思わなかった。海外旅行に行くとなったら準備は大変だろうけど、夕夏と一緒に行けるならその準備だって楽しめる。
(今なら、告白できる――?)
手を繋いで花火を見ながら、将来二人で旅行に出掛ける話をする。今以上のシチュエーションがあるだろうか。
言え。言うんだ。口が動くうちに、勢いに任せて言ってしまえ――。
「わ、私、夕夏に話があって」
「わ、私さ、ななみに話したいことが」
喋ったのは同時だった。私はすぐさま夕夏に先を促す。
「い、いいよ、夕夏が先に話して」
「わ、私は後でいいから先ななみが言いなよ」
「私のはたいしたことじゃないから」
「私だってそこまで重要なことじゃないし」
土壇場に来てヘタレる。たいしたことじゃないなんて大ウソ。今後の人生を決めうる重大なことじゃないか。
互いに顔を合わせたまま一歩も譲らず、ややあって夕夏が提案した。
「……じゃあ同時に言う?」
「ど、同時?」
「お互いにたいしたことないんだったら別にせーので言い合ってもいいんじゃない? 聞こえなくても問題ないんでしょ?」
聞こえないと困る。けど今更とても大事な話ですとは言い出せない。
「い、いいよ」
「それじゃあ『せーの』って言ったら同時に言うよ」
「わかった」
ここまで来たらもうなるようになれだ。
「『せーの』」
「私、夕夏のこと――」
「私、ななみのこと――」
ドォン!
一際大きな重低音と共に周囲の人達から歓声が沸き起こる。夜空には見事な大輪の花火が咲いて、散っていった。今のが最後の一発だったようで、あたりから拍手が聞こえてきた。
「…………」
「…………」
確かに私は告白した。しかしその言葉は花火の音と喧噪でかき消されてしまった。だけど。
「……ななみ、私の声聞こえた?」
「……うぅん、夕夏は?」
「私も聞こえなかった……けど」
夕夏が私をまっすぐに見つめている。境内の薄暗い明かりのなかだというのに夕夏の頬が色づいているのが分かった。
「私の思い違いかもしれないけど、ななみが言った言葉と私が言った言葉、同じだったんじゃないかな……?」
私も夕夏とまったく同じことを思っていた。夕夏の態度や聞こえた部分の言い回し、そして最後の口の動き。もしかしたらそうあってほしいという私の願望なのかもしれない。けれどその願望が現実になったら――。
私はおそるおそる夕夏に伺う。
「それって二文字の言葉だったり、する?」
「……私は『す』から始まってる」
「私は、『き』で終わってる」
「…………」
「…………」
また無言で見つめ合ったあと、「ぷ――」と二人で吹き出した。
「なにそれななみ、結局全部言っちゃってるじゃん」
「全部言ってないよ。私は一文字しか言ってない」
「私もだよ。――じゃあさ、二文字続けて言ってよ。私も言うからさ」
「……うん」
お互いが相手の耳元に口を近づけた。周囲の物音に邪魔をされない為に。その言葉を確実に相手に伝える為に。
「じゃあまた『せーの』で言うよ――せーの」
私が囁いた言葉と囁かれた言葉はまったく同じもので、たったその二文字のその言葉は私の心をあたたかく満たし、花火よりも大きな花を咲かせてくれた。
今日は私が最高の告白をした日で、最高の告白をされた日だ。
さっきまで友人だった女の子の手を握り、これからの恋人になる女の子と照れながら笑い合って、私は最高の夏祭りを終えた。
〈おまけ 幸せの帰り道〉
夏祭りが終わった帰り道、まだ付き合い始めたことでの照れがお互いにあって会話もどこかぎこちない。けれどしっかりと繋いだ手の感触が恋人の存在を私に実感させてくれる。
「ゆ、夕夏、明日から、どうする?」
どうする、というのは恋人になったんだけど今までと同じような付き合い方でいいの? という意味だ。
「えぇっと、ま、まぁ普通でいいんじゃない? そ、そういえば夏休みの宿題一緒にやるって約束してたし先に全部済ませてから何をするか考えても――」
「宿題って私の部屋でやる、んだよね」
「…………」
「…………」
片思いのときはそこまで気にしていなかったのに、いざ恋人になると自分の部屋で二人っきりというのは特別な何かを感じてしまう。
私は胸中で頭をぶんぶんと振り雑念を追い払う。
「し、宿題するのは高校生として当たり前だもんね」
「そ、そうそう、宿題やらないと怒られるから」
「夕夏はどこか行きたいところとかある? 遊園地とか、買い物とかでもいいんだけど」
「んー、プールには行きたいかな」
「ぷ、プールってことは、水着、だよね」
「あ、ち、ちが、ななみの水着が見たいとかそういう意味じゃ、いや、見たいのは見たいけど別にいやらしい意味じゃなくて――」
「私は、夕夏の水着姿見たい、よ」
「う、うん、そりゃもちろん、全然……」
「だ、だから夕夏も遠慮せず私にリクエストしていいんだよ。こ、恋人、なんだし……」
「う、うん……」
顔を赤くして頷く夕夏。私の顔も火が出そうなくらい熱い。友達としてこれまで当たり前にしていたことが、恋人になっただけでこんなにも胸の鼓動を激しくする。でもそういった変化のひとつひとつが幸せの証しなのかもしれない。きっとこれからも様々な変化が私達に起こり、そのたびに幸せを噛み締めるのだろう。
夕夏が真っ赤な顔を私に向けた。
「じ、じゃあさ、浴衣デートしない? 今度はお昼から適当に街を歩いて喫茶店いったりしてさ」
「浴衣?」
「……えっと、暗いところじゃなくて明るいところでななみの浴衣姿をじっくり見たいから」
「――――」
ただ、今の私にはまだこの変化に慣れそうもない。それはとても喜ばしいことに。
私の家の前に着いた。別れるタイミングをはかりかねてしばらく門の前で二人して佇む。
「き、今日はありがとう、夕夏」
何に対してのありがとうなのかは自分でも分からない。遊んでくれてありがとうでも付き合ってくれてありがとうでもおかしい。
「わ、私の方もその、ありがとうね」
「う、うん……」
…………。
しばしの静寂の後、私は呟いた。
「今日のこと、一生忘れない、と思う」
「……私も」
「…………」
「…………」
「じ、じゃあそろそろ私なかに入るね」
「……ななみ」
「なに?」
「一生忘れない想い出、もういっこ追加してもいい?」
「………………うん」
その日初めて告白をした私達は、初めてのキスをした。
リビングを通りがかったときお母さんに「ななみ、口に紅生姜ついてるわよ」と言われ本気で焦ったのは内緒の話。
終




