閑話 釈然としない……
泣き疲れて眠ってしまった彼女を抱きしめたまま、俺は動けずにいた。意識がないのに、放すものかというように俺の服を握りしめている。どれだけの力を込めているのか、俺のシャツを握る指は白くなっていた。
気がつくと俺もひと眠りしたみたいで、時間は2:05と表示されていた。彼女はぐっすりと眠っていた。俺のシャツを握る手は緩んでいる。これならそっと動けば、彼女のことを起こさないですみそうだ。
リビングの灯りは点けっぱなしだし、つまみなどもそのままになっている。冷房で部屋は冷えているだろうけど、夏のこの時期だ、もう食べない方がいいだろう。ベッドを抜け出そうと起き上がって彼女に背を向けた。立ち上がろうとしたら、シャツが何かに引っかかったのか、ツンと引っ張られた。
振り向くと彼女と目が合った。
「どこに行くの?」
震える声で訊いてきた。
「私を置いていくの?」
潤んだ瞳から涙が溢れて流れ落ちた。
「一人にしないで」
小さな子供のような、縋るような言い方に、思わずギュッと彼女を抱きしめなおす。彼女も俺の背中に手を回して抱きついてきた。
「お父さん……お母さん……こうき……りか……」
彼女は小さな声で何度も呟いていた。しばらくしたらまた眠ってしまったようで、体を預けてきた。もう一度彼女を抱きしめたまま、俺は横になった。
やはり彼女には何かがあったようだ。
今日の……いや、もう昨日か。あのパーティーで俺は浮かれていたようだ。奴から彼女が解放されたことが嬉しくて、話さなくていいはずだったのに、略奪劇を話してしまった。
頭が冷えたのは、彼女をさりげなく退室させられて、奴とのやり取りの映像を流された後。戻ってきた彼女が男達に囲まれた時だった。冷静に考えれば、おかしなことだらけだ。綺麗な彼女に興味を持っただけだと思おうとしたが、それなりの家の後継者の独身男だけでなく、ご婦人方にまで気づかわれていた。ただの秘書の彼女に奴らが集まるわけがないし、ご婦人方の意味ありげな言い方も気になった。
少し強引に部屋に連れ帰り、彼女に直接訊いてみたけど、彼女には心当たりがないみたいだった。
それだけ……に、しておけばよかったんだよな。奴から引き離せたことに満足していれば、泣かせることはなかったのだろう。
彼女の辛い記憶を呼び起こすことになったらしい、自分の軽率さを猛省しながら、俺は眠れずに朝を迎えたのだった。