82 気づいた気持ちと……受け入れられない理由
その後にも富永氏は何かを言っていたけど、私の耳は言葉として認識できなかった。……というよりも、他のことを考えて聞こえていなかったのだ。
というよりも、私はパニックを起こしかけていた。
富永氏の告白に、私も好きだと自覚をした。両想いなんだし、このまま流れのままに身を任せるのもいいかと思ってしまった。……問題は、初めてだということをいつ言うか、だと思ったの。
だから『一緒に暮らそう』と言われて、先がある事に気づかされた。『一緒に暮らそう』がどういう意味かわからないわけじゃない。彼が家族になろうと言っていると分かっている。
家族になるということは、彼は私の『大切な人』になる。『大切な人』になるということは、別れが待っているということで……。
もし、彼がそういう存在になって別れることになったら、私はこの先、生きていけるのだろうか?
それは無理だ。臆病と言われようと、無理なものは無理だ。今ならまだ間に合う。富永氏に好きではないと言おう。
「富……んぅ」
口を開いたところを、またキスで封じられてしまった。富永氏と目があった。官能を引き出すようなキスに思考を持っていかれそうになる。
それに私が自失している間に部屋を移動したようだ。彼越しに見える部屋の様子は、いつもの客間ではない様子。……ということは、ここは富永氏の部屋で、富永氏のベッドの上に仰向けに寝かされている、と。……で、富永氏はことに及ぶ気満々で、私を組み敷くようにキスをしている状況、ね。
って、冷静に分析している場合ではなかった。富永氏は唇を離すと、今度は耳朶を噛みながら「茉莉、愛しているよ」と、言ってきたのだから。
私は富永氏の胸に両手を置くと、力を入れてつき飛ばそうとした。
「やめてください」
毅然と言ったつもりが、震えたか細い声が出た。それと共に涙が溢れてきた。
『愛している』なんて言われたら、もう駄目だ。『私も』と答えたい気持ちと、両親たちのように急に失うかもしれないという恐怖がない混ぜになって、本格的に泣きだしてしまった。
富永氏はしばらく茫然とした後、「嫌だったのか」と呟いた。
私はしゃっくりあげて泣いているので、なにかを言うことはできなかった。けど、首を振って否定した。そして、また縋りつくよう彼に抱きついて、その胸に顔を埋めたのでした。