80 私に疑惑?
私は困惑の表情を浮かべて富永氏のことを見た。
「結局、俺が動いたんで、親父たちは静観の構えになったようだけど、その後もおかしいんだよ。大石を口説けと言ったかと思うと、手を出すなと釘を刺してくる。今日だって万全の態勢で送り出しただろ。いくら大石のことを母が気に入っていても、基本は会社と関係ない人間なんだ。そんな人物を社内に入れるか?」
「そう言われると、疑問はでてきますね」
うーむと考えこんだら、富永氏の目が細まった。
「そうなると、出てくる結論は、大石が会社にとっての重要人物になるんだ」
「私、ですか? やめてくださいよ。私は普通の家に生まれています。父も会社員でしたし」
と、言いながらも、思い当たる節が一つある。……まさかね。
「だけど、おかしいと言えばおかしいよな。大石が秘書課に引き抜かれたのは数か国語を話せるからだ。経歴には海外渡航歴はないし、資格として習ったわけでもないんだよな」
「あー、それはですね、私の父は親について幼少期を海外で育った人なんです。なので外国に友人が多くて、よくうちにも来ていたので、自然と耳になじんだんです。母も英語が得意な人でした。ああ、あと、やはりアレクの存在が大きかったですね」
私は小さな頃を思い出した。懐かしい顔が頭の中に浮かんできて小さく笑った
「アレク?」
「はい。父の友人で、すんごく意地悪な人だったんですよ。信じられます? 5歳の子供に英語で話しかけてきたんですよ。この時に話せなかったのが悔しくて、父と母に習って話せるようになりました。そうしたら、次はフランス語で話してきたんです。それが7歳の時でしたね。その次はドイツ語で9歳。イタリア語は12歳、スペイン語は15歳の時でしたよ。私が話せるようになると次々と変えてきたんですよ。ポルトガル語は気がついたら、なんとなくわかるようになっていました」
「なんとなくでわかるなよ。それで、アレクに告白したのか」
「告白?」
何を言い出すのでしょうね、富永氏は。
「好きな相手だったんだろ」
「違いますよ。どちらかというと憎らしい、見返したい相手でした。いつも子ども扱いする癖に、言葉がわからなくて泣いても日本語で話してくれない人でしたもの」
「見返したいくらい好きだった人ではなくて?」
「だから、私にとっては憎たらしいおじいちゃんでした」