78 酔っているのではなくて……本気ですか?
「……はえっ?」
富永氏が言った言葉に、また反応が遅れた。今なんと言いまして? それなのに富永氏は「はえっ、だって」と、また笑いだした。
うん。これはあれね。酔っているのね。
「富永氏はそんなに飲んでいるように見えなかったのですけど、酔っていますよね。そんなにお酒に弱かったんですか」
「馬鹿言え。こんぐらいで酔うか」
「いや、十分酔っていますよ。私を口説こうだなんて、どこのもの好きですか」
「もの好きはひどいだろ。ずっとお前のことを想ってきたのに」
「どこがですか。最初は私のことを追い出そうとしていたくせに」
そう言ったら富永氏は真顔になった。床に直に座り、ソファーに背をもたれかかっていたのを、背筋を伸ばして座り直した。
「なんだ、気がついていたのか」
「……ええっと、まあ」
なんとなく気まずくて富永氏から視線を逸らしました。
「それじゃあ、壁ドンや顎クイを知らなかったのは嘘か」
「嘘ではないです。本当に知りませんでした。ただ、毎日されていたので、嫌がらせだと思っていましたけど。でもあれって、私の健康状態をチェックしていたんですよね」
そう言って富永氏のことを見たら、彼の口元に苦笑が浮かんだ。
「まあ、途中からな。言い訳にしかならないけど、こっちに戻るまで親父たちから『いい娘がいる』と散々言われていたんだ。戻ってきたら俺付きとして大石を寄越されたからな。それならお前がその相手だと思うだろう」
「えーと、それじゃあ、室長……だけでなく、社長や上の方たちは、私を富永氏の嫁候補に考えているってことですか」
それに微妙な表情を浮かべる富永氏。肯定でもあり否定でもあるみたいだ。
「だと、思ったんだ。いくら俺が日本の現場が見れるところに行きたいと言って二足のわらじ状態になるからって、本来は本部長に秘書はつかないだろ。うちの会社で秘書がつくのは常務以上だ。それを特例でつけるから、親父たちがそう望んでいると思ってもおかしくないだろう。だから親父たちの思惑に乗りたくなくて、最初は大石から本部長付きを辞めたいと言わせようと思ったんだ」
ここで息を吐き出す富永氏。
「なのに、大石があまりに優秀過ぎて、手放せなくなったんだよな」
もう一度深々と息を吐き出す富永氏です。