閑話 上流階級の人たちの楽しみ……
親父たちは何を笑っているのかと聞かれて、彼女が奴の名前を言い間違えたことを教えていた。そこで、もう一度映像を流すことになった。
おかげで2回、彼女が名前を言い間違えたところで笑いが起きた。
再度の上映が終ったところで、俺はまた人々に取り囲まれてしまった。というか、ご婦人方なのだけど……。口々に俺と彼女はどうなっているんだと聞いてくる。今回のためにお芝居だといっても、通じなかった。
「彼女は克明さんのことを、それほど思っていなさそうよね」
「ええ。逆に困惑していそうね」
「そうかしら。信頼はなさっていると思うわ」
「まあ、あの男に比べれば、各段に克明さんのほうが上ですわ」
「でも、信頼と愛情は別ですわよ」
「そうですわ。ここから克明さんが頑張るのでしょう」
ご婦人方は一斉に俺のことを見た。そして「楽しみですこと!」と、声を揃えておっしゃったのだった。……頼むから人の恋愛で、楽しもうとしないでほしい。
彼女が戻ってきたら独身の野郎共が、彼女のことを取り囲んだ。彼女は笑顔で応対をしているけど、視線は何かを探すように会場を彷徨っているように見えた。彼女と視線が合った。彼女は俺を見つけて、ホッとしたように見えた。
……いや、俺の願望ではないぞ。周りにいたご婦人方が、俺のほうを見てきて言ったからだ。
「あら、そうでもないみたいね。さあ、ナイトとして助けに行っていらっしゃい」
体格のいい某社長夫人に背中を叩かれて、俺は彼女のほうへと送り出された。近づいていくと、彼女は笑顔を俺に向けてくれた。
「富永さん、すみません。すぐに戻らなくて」
「あっ、いいのいいの。こいつはご婦人方の相手で忙しんだから」
遊び人と噂のある某社長令息が俺に向かって、あっちに行けというように手を振りながら言った。
「克明、お前はまだご婦人方の相手をしていろよ」
「そうだぞ。ご婦人方を怒らすと、あとが怖いからな」
「そのご婦人方から、ナイトとして彼女についていろと言われたんだよ」
そう言いながら彼女の右手を取って、俺の左腕にかけさせる。ご婦人方のほうを見ると、俺に向かってにこやかに頷いてくれた。野郎共は舌打ちをしそうな顔をしてから、彼女のそばから離れて行った。
「来てくださってうれしいです」
そんなことを言われて、期待を込めて彼女のことを見たら、彼女は安堵の笑みを浮かべていたのだった。