76 まるで映画のワンシーンのような……? -奪い去り-
「俺は別れるとは言ってない!」
彼が足掻くように叫びました。
「君の意志は関係ないよ。茉莉くんが、君と別れると決めたのだからね。大体今まで、茉莉くんの彼氏を名乗っていたこと自体が図々しいだろ。告白したのは君からなのに、5か月付き合ってデートは会社帰りの食事を4回だけ。休日の予定なんて、聞かれたことはなかったと聞いている。君のことは少し調べさせてもらったよ。といっても、同じ会社だし何か噂がないかと、2課の人に訊いてみただけだ。そうしたら、何人かの女の子と親しくしていると教えてくれたよ」
富永氏が黙ったら「うわ~、最低」「やだー」「えー、何か別の魂胆があるんじゃないの」という、ヒソヒソ声が聞こえてきた。彼が口を「ちが……」と、開いたタイミングで、言葉を被せるようにまた話しだした富永氏。
「それが俺付きになって綺麗になっていく茉莉くんを見て、急に惜しくなったんだろう。彼女は今までは仕事上、出しゃばり過ぎないように化粧や服装を控えめにしていただけだ。装えばこのように宝石のような女性に変わるのだ。それに気がつかなかったのは、自分が愚かだったと自覚するんだな」
富永氏は私を促して、一歩離れるように踏み出した。けど、そこで止まりもう一言、言ったのよ。
「ああ、そうだ。これ以上茉莉くんに付きまとうなよ。過剰にメッセージを送りつけたり、あとをつけ回すようなことをすれば、……言わなくてもわかるだろう。俺もうちの社員が警察のお世話になるような奴だとは思いたくないからな」
再度促されて歩き出したけど、今度は私のほうが足を止めました。振り返って彼に言ったの。
「今までありがとう。早くいい人を見つけてくださいね、小高さん」
そう言ったら、なぜか富永氏が「クッ」と、小さく笑いました。でも、何事もなかったように促されて、お店の外に出ます。……の前に、いつの間にか伝票を持っていた富永氏は、レジのところで「ご迷惑をおかけしたので」と、お札を差し出してお釣りを受け取らずにお店の外に出たのよ。
扉が閉まる時に、わっとお店の中が沸いたような、気がするけど……何かあったのかしら?
そして、待たせていた車に乗り込むと、すぐに発進したのよね。……で、ひと信号過ぎたところで、富永氏は盛大に笑いだしたのでした。
あれ?