69 振る話のはずなのに……
富永氏は私の顎から手を離し、その手を私の頭の上にポンと置いた。
「チョロいだなんて思っていないぞ。普段の大石を見ていると、男慣れしていないということを、つい忘れてしまうだけだ」
軽く撫でられて、なぜかホッとした。視線をあげて富永氏を見ると、何かを考えているみたいで、私の頭から離した手を顎にあてている。
「そうだな、……もう終わらせてしまった方がいいかもしれないな」
呟くように言ったけど……それって、彼に別れを告げていいってことですよね。
「いいんですか」
「何がだ?」
鋭い眼差しで見られて、私はビクッと体を震わせた。
「もう、彼に別れを切り出していいんですか?」
「ああ。これから忙しくなるのに、そんな些末なことに、付き合ってられるか」
「些末……」
富永氏の言葉に私の口の端が持ち上がった。確かに会社の一大イベントの前では、些末でしかないわね。だけど、富永氏は目をきらめかせて言葉を続けたのよ。
「どうせなら、やつの望み道理にして、振ってやろう」
「彼の望み通り?」
軽く首を傾げたら、富永氏は片方の口の端を持ち上げて、凄みのある笑みを浮かべたのよ。
「やつはお前が『やつを捨てて俺に乗り換える気か』といったよな。その言葉通りにしてやろうじゃないか」
「それって私と富永氏が付き合っていると思わせるということですか」
ニヤッと悪い笑みを浮かべる、富永氏。えーと、ヒーローより悪役めいた表情ですけど……。
「ただ『別れてください』というより、やつより格段上の新恋人が出来たと思わせたほうが、もっと凹ませやすいだろ」
「自分で格段上って言っちゃいます?」
呆れ口調で言ったけど、私も笑顔で言っているから、富永氏とどっこいどっこいなのだろう。