閑話 密かに……反省をする
彼女が電話をかけている。話している相手にムカつくが、しばらく彼女に近づけたくないから、ぐっと我慢をする。
彼女は少し邪悪な笑みを口元に浮かべながら、言葉としては殊勝な感じに返信が出来なかったことを謝っている。……どうやらあいつを軽く凹ませることが出来ると、喜んでいるようだ。
俺は平気な顔をして隣に座っていたが……先ほどはやばかったと反省中である。
金曜日は迂闊だった。午後の会議の前に、急遽人と会う用が出来た。なので、11時には役員室に彼女と共に行った。最近はこの部屋に着換えなどを置くようにしている。
これは母の提案だった。本部長の秘書として俺に同行する時は、この部屋で着替えて化粧も変えてみてはどうかと言ったのだ。確かにここで着替えや化粧を変えて出掛ける分には、課のやつらにバレないだろう。俺たちは極力他の人に姿を見られないようにするため、地下駐車場に行くのに、直通の役員用のエレベーターを使っているからだ。もう一人俺付きになった奴が運転手を務めるので、彼女も俺もスモークの張られた後部座席に座っていれば、他の人に見られる心配はもっと少ないだろう。
あの日、彼女は服を着替えてから、友人と昼食を一緒に取る約束をしていたのを思い出した。もう一度着替えるのはなんだろうと、そのまま送り出したのが悪かったのだ。
社外での昼食から戻ってきたところを、あれに見つかったのだ。あれは周りの様子に気がついていないようだったが、彼女に話しかけて人気が無いほうへと連れて行った。それをかなりの人に目撃されていた。
彼女も気がついていないようだったが、彼女は社内では有名人だ。そんな彼女があまり接点のない男と二人で人気が無いほうに行ったのだ。目撃した人たちが噂話を広めたっておかしくないだろう。
そんなに経たないうちに彼女はエレベーターホールへと来た。そのままエレベーターに乗っていってしまった。
置いて行かれた男は……嫌な笑いを口元に浮かべていたのだった。