６１ 肩透かし？ －鼻チュウ－
チュッ
リップ音がして、富永氏の顔は私から離れて行った。
「鼻？」
茫然と呟いたら、富永氏が「クックッ」と笑いだした。目じりに笑いじわが出来ているから、襲うのはふりだったようだ。
背中に手を当てられて、抱え起こされた。その拍子に、目から涙が一筋流れていった。それを見て、真顔に戻った富永氏は大きな手を私の頬にあてて、涙をぬぐうように払った。
「悪かったよ。大石があまりに警戒心がなさ過ぎて、警告するつもりがやり過ぎた」
そっと頭を抱え込むように抱きしめられる。宥めるように手が背中や髪を撫でていく。今更ながらに体が震えてきた。
「怖がらせるつもりはなかったんだ。もう、何もしないから……だから、泣くな」
耳元で囁かれて、自分が涙を流していることに気がついた。あやすように囁きながら、額やこめかみにキスを落とされる。……まるで小さい子供にするようだと、ぼんやりと思った。
そうか。私は富永氏にとって、手のかかる子供と同じなんだ。あまりに恋愛ごとに疎すぎて、見ていられなかったのね。気にかけてくれるのも、部下だから。一応出来る部下と思ってくれているみたいだから、それがこんなお子ちゃまで放っておけないだけなんだ。
女としては見られてないんだ。
……いやだわ。何でそんなことを思うんだろう。確かに富永氏はハンサムで、格好良くて、イケメンで、男からも憧れられる存在だ。そんな人に認められているだけでも、すごいじゃない。
支離滅裂なことを考えながら、私は富永氏の胸に顔を埋めるようにして目を閉じた。温もりと心臓の鼓動が安心感を与えてくれる。
クスッと、口元だけ少し上げて笑う。怖がらせた人の心臓の音を聞いて安心するなんてね。宥める言葉が恋人に言うような甘い囁きだなと、変なことを考えながら……いつしか意識は闇の中へと、落ちていったのでした。
