60 そして……プロローグの事態となる
私は富永氏の行動に驚きながらも、流石にこれはないだろうと思い、富永氏のことを押しのけようとした。
なのに、逆にその手を掴まれて、床に縫い留められるように抑えつけられてしまった。
「冗談はやめてください、課長」
「お前は、俺が冗談でこんなことをすると思うのか」
「だって……課長は紳士じゃないですか」
私の言葉に富永氏の口の端がクッと上がった。
「紳士の皮を被った狼とは考えないんだな」
見下ろす富永氏の目には、今までに見たことがない獰猛な光が見えた。彼の薄い唇が開き、舌が唇を舐めるように、左から右へと動いていった。
舌なめずりって、こういう感じなのね。……ではなくて、本気で舌なめずりをするなー。
「やめてください、課長。それ以上何かをするのでしたら、訴えますよ」
「そんな言葉で男が止まるとでも思っているのなら、甘いな。訴えるというのなら、尚更楽しませてもらうことにしよう。そうだな、訴えられないくらいに気持ちよくして、快楽に落とすのもありか」
怖いことを言わないでください!
今の言葉をいい考えだと思ったのか、富永氏の顔に笑みが浮かんだ。
嬉しそうな楽しそうな顔で、私を見下ろすなー!
私は獲物じゃないぞー!
食べたっておいしくないぞー!
いや、多分……。
こんなところで一人ツッコミをしている場合ではないと思う。なのに何とか説得の言葉を考えようとしたけど、何も思い浮かばない。語彙がどっかに家出したみたいだ。
そんな馬鹿なことを考えている私に、富永氏の顔が近づいてきた。唯一動ける首を動かして、目一杯右を向いて避けるようにする。
それを咎めるように富永氏の手が顎にかかり上を向かされた。
最後の抵抗とばかりに私は富永氏のことを、涙が滲んできた目で睨みつけた。
怖がっていると思われたくない。まして、富永氏に淡い恋心を感じていただなんて、気づかれたくなかったの。