閑話 眠ってしまった彼女 -頬&額に口づけ-
よっぽど疲れたのか、タクシーに乗っていくらも行かないうちに、彼女は俺に寄りかかるようにして眠ってしまった。
行き先を俺のマンションにしておいて良かったと思う。それに勘が告げたのか、昼間に父の車を借りて昨日着ていた服などを、俺のマンションに置いてきた。
あれだけ飄々として見える彼女でも、母たちと出掛けたのは緊張を強いられたのだろう。もしかして同性だから尚更緊張をしたのだろうか。
彼女のおかげで、自動車教習所には2日通うだけで済んだ。1日目は教習所内を走り、2日目は公道を走ったんだ。つい意識が右車線に行きそうになるけど、そこに気をつけるようにした。彼女の友人だという国松君が俺の担当をしてくれた。
おかげで、彼女の大学時代の話を少し聞くことが出来た。彼の妻とは特に仲が良くて、彼と妻との橋渡しをしたのが彼女らしい。というよりも、彼女のあぶなかっしさを彼と妻がフォローをしているうちに、二人が良い仲になったということだった。でも、彼女がいなければ、話も出来なかったからと、彼は照れながら言っていた。
俺のマンションに着いたのに、起きる気配がない彼女。抱き上げて部屋へと連れていく。ベッドに寝かせて……さすがに上着くらいはと、脱がせた。
学生の時に演劇に誘ってきた友人に教わったように、クレンジングで彼女の化粧を落とす。素顔になった彼女は、少し幼く見える。というか、そのフニャとした笑いは止めてほしい。
安心して眠る姿に魔が差した。滑らかな頬に手を当て、滑らせるように撫ぜる。顎に手を当て、少し上を向かせて、唇を寄せていく。触れる寸前に我に返った。
キスをするのなら、彼女が目を覚ましている時がいい。唇を触れ合わせた瞬間の彼女の表情が見たい。驚きに目を見開くのか、それとも恥じらって目を逸らすのか。
「好きだよ、茉莉」
そっと囁いて、彼女の頬と額に口づけを落とす。名残惜しいが、心を手に入れるまで手を出さないと決めたから、そっと部屋を出て行ったのだった。