54 駄々っ子になってもいいですか?
春菜さんと共に、滝浪邸に戻ったのは夜でした。本当に疲れたよ~。
「大丈夫か、大石」
出迎えた富永氏が心配そうに覗き込むように見てきました。思わず、富永氏のシャツの胸元を、ガシッと掴んだ私は悪くないよね。
「課長~。世界が違い過ぎて、もうやだ~」
バイ、心からの叫び(やけくそ!)
よしよしというように、富永氏は私の頭を撫でてきました。
「大石がこう言うということは、何をしたんだ、母さん」
「私だけのせいにしないで頂戴。凛香さんが張り切ってシンデレラ気分を味あわせてあげると言ったのよ」
この言葉で察したのか、やれやれとため息を吐き出す富永氏。私に上がろうと促すけど、私はもういっぱいいっぱいになっていた。
「課長、帰ったら駄目ですか」
「ま、待って。ねえ、そんなこと言わないで茉莉さん。疲れたのでしょう。家で休んで言って」
私の言葉に慌てだす春菜さん。申し訳ないけど、春菜さんのことは無視させてもらう。
「課長~、家に帰りたいです~」
あっ、やばい。涙が滲んできた。
私の顔を見た富永氏は、ふう~と息を吐き出すと言ってくれた。
「わかった。帰ろうな。今、タクシーを呼ぶから」
そう言って離れて行こうとするので、私はシャツの端を掴み直してしまった。足止めをされて困ったように見てくる富永氏。奥から室長が姿を現して言ったのよ。
「タクシーは頼んだから。茉莉さん、もう少しここで待っていなさい」
室長に言われて、私は富永氏のシャツから手を離した。富永氏は私の頭をもう一度撫でると、奥へと姿を消した。すぐに戻ってきて、私を支えるようにしてくれた。玄関を出ようとしたら、春菜さんの声が聞こえてきた。
「ごめんなさい、茉莉さん」
「いえ。私こそすみません。おやすみなさい」
それだけ言うのが精いっぱいだった。タクシーに乗り込むと富永氏が寄りかからせてくれた。やっと緊張から解放されて力を抜いたのでした。