38 親子喧嘩……なのだろうか?
富永氏が「ちょっと待て」と言いました。
「親父、大石に何をやらせているんだ」
私の言葉に何か言うのかと身構えたのに、富永氏は室長に食って掛かりました。
「何って、お前の我が儘につき合わせるついでに、人事課長から頼まれた、女性社員の実態調査に協力してもらっているだけだけど」
我が儘と言われて、富永氏は半眼で室長のことを睨みました。
「俺の要求は真っ当だと思うけど」
「それならもっと早くこちらに帰ってくればよかっただろう。そうすれば大石さんに苦労を掛けることはなかったんだよ」
「俺のせいかよ」
室長の言葉にムッとした顔をする富永氏。……やはり親の前だと子供っぽい態度が出てくるのね。室長もなんか楽しそうだ。
私は浮かんできた感情を悟られないようにするために、視線を下に向けた。……うらやましいだなんて思っちゃ駄目なのに。
その間にも二人の言い合いは続いた。……けど、富永氏のほうがいい負けているわね。
中々終わらない言い合いに呆れた視線を向けていたら、春菜さんと目が合った。そっと手招きをするので、春菜さんについて廊下に出た。
「ごめんなさいね、茉莉さん。あの様子じゃ、当分終わりそうにないわ。遅くなってしまったし、よかったら泊まっていって」
「いいえ。ご迷惑をおかけするわけにはいかないので帰ります」
少し痛いけど、タクシーで帰ればいいだろう。……と思ったのに、家に帰れないことに気がついた。家の鍵を富永氏の家に置いてきたバッグの中に入れたことを思いだしたから。
「迷惑じゃないわ。どちらかというと、夫と息子が茉莉さんに迷惑をかけているのでしょう。本当に申し訳ないわ」
春菜さんは頬に手を当てて、困ったように笑った。
「いえ、お二人にはとてもよくしてもらっています」
うん。嘘はいってないわよね。富永氏には昨日お世話になったもの。