3 最悪な出会い ー壁ドン&顎クイー
「おはようございます。今日からつかせていただきます、大石茉莉と申します」
月曜の朝、始業時間一時間前に部屋にきて、出迎えの準備を済ませた私は、いまかいまかと部屋の主の到着を待っていた。
この部屋は社長室のように、前室はない。なので、部屋の入口のそばに秘書用の机がある。その前に立って、私は待っていた。
部屋の扉が開き私は腰を折って挨拶をした。その私の耳は小さな呟きを拾った。
「なんだ、女か」
いつものタイミングで顔をあげながら、この人は男性秘書を望んでいたのだと知った。顔をあげて目の前に立つ男の姿に、私は知らずに一歩下がっていた。
なんというか……圧倒的な存在感に気圧された、とでもいうのが正しいのだろう。男から溢れる自信に満ちた態度とか、私のことを見定めようとする鋭い眼差しとか。
「おはよう。富永克明だ。これからよろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします」
私はもう一度お辞儀をしてから、机の上に置いてある今日と今週のスケジュールが書かれた紙を取ろうと向きを変えようとした。それを……。
腕を引かれたと思ったら、壁に体を押し付けられてしまった。
「はっ?」
目をぱちくりと瞬いたら、男の左手が壁についた。そのまま右手が顎にかかりクイッと持ち上げられた。
「顔立ちは悪くない。だけど、地味だな。せめてまとめ髪はやめたらどうだ」
そう言うと手が伸びてバレッタを外されてしまった。広がった髪が頬に触った。
「うん、この方がいいな」
そう言って、男は私から離れて行ったのだった。